第21話 女格好推奨

 久しぶりに歩く昼の街だ。

 夜の街は不良狩りで少々彷徨ったこともあったが、太陽の出ている時間は界理とマンションにいたためである。

 まあそれ以前に、私は昼間に出歩くことは滅多にないのだが。

 昼間は人目が多い。つまりは視線を受けやすくなる。そうなると私が観察される。観察されれば、私の殺し方を計られるかもしれない。

 人だけではない。行き交う車、果ては太陽にさえも、私は寒さを感じてしまう。

 物理的熱エネルギーに左右されない、死が私を見つめることによる“寒さ”。際限なく増えていくその感覚は、私の神経をどこまでも苛立たせる。

 いつもの私ならば、全方位に殺意を振りまいていただろう。


「うぅ……」


 だが今は、平気な顔で往来を歩けている。

 咄嗟に顔を顰めることは堪えられないが、逆に言えばその程度で済んでいるのだ。頭の中が殺害方法で埋め尽くされない時点で、これは奇跡みたいなものと言えるだろう。

 それも全部、隣にいるこいつのおかげだな。


「うぅ……なんでこんな」

「しゃっきりしろ界理。似合ってるぞ」


 一瞬キッと私を睨んだ界理だったが、すぐに顔を隠してしまう。

 小さくてほっそい手が、私の腕をギュッと掴む。人が前から来る毎に、私の背中側へ移動しようとする。

 小動物じみたその仕草が、庇護欲を刺激した。

 その行動は、逃亡生活で染みついた疑心暗鬼も理由だろう。

 しかし何より、身に着ける衣装の恥ずかしさが、界理を縮こまらせていた。


「変じゃないよね?」

「もう八回目だぞ。全く違和感ないな。むしろ完璧だ」


 立ち並ぶ店のガラスに目を向ければ、界理の姿が良く映っていた。

 上着と膝下までのスカートが一体化した、ワンピースらしきもの。ワインレッドを基調にして、大きめの襟と袖はベージュ。胸元にはダークブラウンのリボンが結ばれている。

 直感でポチった服だが、それが『セーラーワンピース』と呼ばれるものであることは後で知った。

 そして界理の為ならば、私が細部に手を抜くはずがない。

 淑女は生足を晒さない。というわけでタイツは完備。その下では黒のローファーが、界理の小さな足を包んでいる。

 小物も大切、さりげない高級感を漂わせる革製のポシェット。斜めがけされているのがポイント。

 ここまでは、クラシックな落ち着きを持たせたコーディネート。界理の品位を引き立てる、まずまずの服選びだ。

 私としてはもうワンアクセント欲しかった。

 というわけで、界理の頭を隠す真っ白なつば広帽子キャペリン。リボン付き。

 そこには、完全無欠の病弱淑女のお姿が……っ!


「完璧……なんか釈然としない」

「私が三週間かけて選んだ服だぞ。完璧じゃないわけないだろ」

「え、う、それは、そうだけど」


 我ながら、今の界理の衣装は完璧だと思う。

 クラシックな落ち着きと、白の帽子による伝統を崩さない程度の幼さの表現。幼い淑女が身に着けるべき要素が、見事に網羅されているではないか。

 界理は淑女じゃない? 知るかよそんなこと。

 うん可愛い。はい可愛い。可愛過ぎるぞコノヤローっ!

 ファッションの『ファ』の字も知らない私が、三週間でよくここまで辿り着けたものだ。界理限定ではあるが。

 準備していてよかった。まさに幸福至福の具現。この界理と並んで歩けるだけで、もう寒さに負けない温かさを感じるほどだ。


(今回は大成功だ。次のコーディネート考えなくちゃな)


 実は今回使わなかった衣装もまだまだあるので、いつか着せたいものである。

 男女どちら用かは……まあ、可愛い方だ。


「てか、お前だって女装したことあるんじゃないのか?」

「え」


 私の問いに、界理は変な声を漏らした。

 そこまでおかしな質問じゃないと思うんだがな。むしろ、妥当な方向性の疑問なんだが。

 界理は女物の服を着る時、嫌がる割には手早く着替えていた。着慣れない服は着るのに時間がかかるのが普通だから、界理は何処かで女物の服を着たことがあるようだ。少なくとも『着る』ことに対して、心理的ハードルはそこまで高くない。

 何故恥ずかしがっているのかはわからないな。『男のプライド……遥にアピール……今は雌伏……』とかぶつぶつ言っていた界理だが、私にはよくわからなかった。

 まあ話を戻せば、界理は女装に慣れているような節が見られるのだ。


「……こんな本格的じゃないし、女装って呼べるものでもないよ。パーカーに短パン合わせただけ」

「なるほど……クソッ、そっち方面もアリだったか……っ!」

「何がっ!?」


 大きめのパーカーに、丈の短い短パン。たった二つだけの組み合わせでも、界理が着れば天使の衣装に早替わりだ。

 想像してみる…………割と最高だろ。

 性差を感じさせないユニセックス的組み合わせに、界理の繊細な風貌が合わされば——


「……なあ界理」

「ん、なに?」

「その服装の時、声掛けてきたの男だったか?」

「そうだけど……」


 男か。ふーん。男、ね。


「そいつぶち殺すか」

「なんで!?」


 なんでも何も、そんな格好の界理に近づくのは不埒極まりない。どうせ碌でもない願望を抱いたに違いないのだ。

 一緒に寝たいとか、お風呂に入りたいとか、撫でたいとか、抱きしめたいとか——

 全くもって、許し難い。

 私が全部当てはまろうといいんだよ。私はほら、界理に許可をもらって……うん、絶対もらっている。

 界理の中性的服装を初めて見たのが私でないだけで、なんか胸がむやむやしてくるんだよな。本当に、うらやまけしからん。

 私が追加で買うべき衣服の方向性が、たった今決定した。


「安心しろ界理。(半分)冗談だからな」

「ボソって呟かなかった?」

「気のせいだ」


 と、そんなことを話している内に、人通りも少なくなってきたな。

 界理も人目が減って余裕が出てきたのか、周りをキョロキョロ見回していた。

 好奇心の強い界理だ。こっちが本来の性質と言える。

 まあ、まだ私の腕は離していないんだが。こいつ可愛いの権化だよなぁ。


「遥、どこに向かってるの?」

「ちょっと、お礼を言いにきたんだ。お前を探す時に助けられたからな。ほら、もうすぐ——」


 目的の店を目にしたと同時に、猫の鳴き声が目的方向から響く。

 店の横にある裏路地から、一匹の猫が顔を出していた。


「わっ! 猫ちゃんだ!」

「猫が好きなのか? ならいい、あいつも礼を言う一匹だ」

「それって……?」


 不思議そうな界理を連れて、店に近づく。

 猫は裏路地からするりと抜け出すと、路地隣にある店の扉を引っ掻いた。


「よお、トレミー。久しぶりだな」

「ミャー」


 以前と同じように、扉を開く。

 昼間にも関わらず、店の中は薄暗い。そういうコンセプトの店なんだろう。

 事前に連絡していたため、他の客はいない。

 

「いらっしゃい、待ってたわよ。想い人は見つかったかしら?」

「ああ、こいつだよ」


 カウンターの奥に立つ店主は、あの夜と同じ優しげな笑みを浮かべていた。


「礼を言いに来たぞ、アリア」

「沢山注文していってね、遥」


 界理を探した夜に、私が気付きをもらった店。

 『タナトス・イリニ』に、私は再び足を踏み入れた。

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