第19.5話 才能信奉者

「才能とは導きだ」


 目の前の男が、何かほざいている。

 正直耳を塞いでしまいたいが、聞かないことを選択しても利益はない。ならば、僅かなりとも有益な情報はあることを祈り、耳を傾ける方が賢明だろう。


「おっしゃる通りです、龍善様」


 反吐が出るような媚びを売る。龍善は鷹揚に頷いた。


久遠くおん君は、納得していないみたいだけどね。別に、僕に合わせる必要はないよ」

「俺の主人は貴方だ。貴方の言葉を否定する要素はない」

「でも疑問は覚える、かい?」


 くつくつ笑う龍善に、俺は殺したくなる衝動を覚えた。

 温和な言葉。優しげな笑み。仕草から見て取れる気遣い。

 ああほんと——クソ野郎だ。

 どうせ全部偽物に過ぎないと知っている身からすれば、龍善が表に出す全てはゴミ以下の価値もない。

 そして俺の思想を知っているから、龍善は鋭い言葉を混ぜてくる。


「話を戻そうか。才能とは導きであり、天才とは神の御使いだ。天才と僕達凡人とには、大きな差が広がっている。進化と停滞。現生人類と猿人。神と人……」


 椅子に座った龍善が、俺に向ける笑みを弱めた。


「ああだが、我々はとある不幸を知ってしまった。崇める存在から価値が消えるという、天使から翼を奪うが如き冒涜。……何かわかるかな、久遠君?」


 心から悲しそうな龍善に、俺は唾を吐きたくなるのを我慢する。

 嫌悪感を飲み込んだ俺は、龍善が求めている言葉を紡いだ。


「才能が消える。天才が天才ではなくなる……でしょうか」

「まさにその通り。なんて嘆かわしいのだろうね。導きが消えた天使は、もはや堕天し凡人ひとと同じになる」


 饒舌に、龍善は口を動かす。


「絵を描く才能、体を動かす才能、凄まじい思考速度の才能。僕達は多くの才能と出会い大成を目にしたが、同時に才能の脆さを痛感した」

「だから、遥で証明すると?」


 思わず、俺は喉を震わせていた。飛び出しそうになる憤怒と殺意を抑え、あくまで平静を装いながら。

 龍善の柔和な目が、俺を捉える。

 楽しげに口角を吊り上げた龍善は、「そうだね」と頷いてみせた。


「失われない才能、折れることのない翼。遥君は最もそれに近い。世界を見つめ、世界から恐怖を得る。ありとあらゆる危機を思い描く、生物として圧倒的な生存有利……。それが本当に不滅であるならば、人類にはまだ希望があるとは思わないかい?」


 龍善の楽しげな口調に、俺はうんざりした。

 うんざりして、殺したくなった。

 人類の希望?

 そんなものの為に、


「それを確かめるために、ですか」


 龍善の笑みが、色を変えた。

 温和で優しげな笑みから、奇跡を望む信奉者の笑みに。

 その熱を帯びた瞳に、俺は背筋を震わせる。

 口を開いた龍善は、ゆったりと音を奏でた。


「死の恐怖が遥君の才能。ならば死を感じない人間がそばにいたら、才能はどうなるのか。非常に興味深い。今のところ、才能に変化はないようだ」


 龍善の瞳に見える熱が、徐々に強くなっていく。

 執着はネットりと、好奇心はドロドロと。

 確か遥は、泥みたいと表現していたか。的確だよほんと。

 俺には龍善を止めることはできない。だから、遥を守ことはできない。だからせめて心の中で罵倒するとしよう。

 このイカれ野郎がっ!


「しかし、界理君は実に素晴らしいよ。選ばれたのが彼でよかった」

「……少々、危険が大きいのでは」

「むしろそれでいい。そろそろ次のステップに進みたかったんだ」


 『次のステップ』という言葉に、俺は手を強く握った。

 内容を知っているが故に、俺は自分の矮小さを思い知る。


「遥が……死にますよ」

「死なないよ。天才は神の御使いだ」


 それとも、と龍善が続ける。


「君は恐ろしいのかな? が死ぬかもしれないことが」


 俺が龍善に飛び掛からなかったことは、奇跡に近いのかもしれない。

 思わず一歩出た右足を、すぐに戻す。


「……いいえ」

「そうかい。まあ、君は昔言っていたからね」


 そのときの龍善の顔は、酷く歪んで見えた。

 黒く、醜く、強く、歪んで——


「『人工的に作られたやつなんて妹じゃない』ってね」


 ——悪魔みたいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る