第13話
ルミナスの滝つぼの下流にある岸辺で、とりあえず野営をしたメルたちは、改めて今後の方針を話し合うことにした。
「さぁて、これから霊薬を取り返すために盗賊ギルドを追いかけるわけだが」
「ちょっと待て」
メルのセリフにナッシュが待ったをかける。
「さも当然のように霊薬を奪い返すというが、アイツらがそれをすぐに飲んでいないという保証はあるのか?」
「百パーセントじゃないが、飲んでる可能性は低いだろうな」
「何故?」
「俺はアイツらからも情報を入れてるからな、『三億ルミーで売れる』ってよ」
そう、盗賊ギルドが狙っているのは霊薬そのものではなく、霊薬を手に入れた対価の三億ルミーである。
「アイツらは霊薬を手に入れても飲もうとはしない──そう考えてもいいはずだ」
「なるほどな」
メルの説明にナッシュも頷く。
「霊薬が無事ならそれに越したことはないが……ではどうやって探す?」
「それにも当てがある」
メルは腕組みをする。
「他の盗賊ギルドにも探りを入れたから分かるが、どうやら霊薬を手に入れたら三億ルミーって依頼は、複数の盗賊ギルドにまたがって出されている。そこで気になってたんだけどさ……お前ら三億ルミーって額をどう思う?」
「どうって……」
「そうですねぇ……」
ナッシュとフィオナはそれぞれに考え込む。
「正直とてつもない大金という感覚しかないな。現実感が薄いというか」
「そうですわね。わたくしもお父様から霊薬の話を聞いていなかったら、眉唾だと思っていたでしょうし」
「それだよ」
「「?」」
メルの発言にナッシュとフィオナは揃って首を傾げる。
「普通ならこんな依頼、誰も信じたりしないんだよ──姿を変える霊薬を手に入れたら、三億ルミーで買い取る。怪しすぎるだろ? そもそも三億ルミーなんて大金、普通の人間には払えない」
「でも盗賊ギルドは動いた……」
という事は──
「盗賊ギルドが三億ルミーを支払ってもおかしくないと思うような、そんな人物が依頼人って事になる」
「確かに筋は通っているな……‼」
ナッシュは内心でメルの推理に舌を巻く。
「さらにアイツらは近日中に金が手に入るとまで言っていたから、依頼主は近くに住んでいる可能性が高い。フィオナ、三億ルミーの支払いが現実的に出来そうで、かつこの近くに住んでいる人物に心当たりはないか。有力な貴族とか」
「それなら該当する人物は一人だけです。バルムント公爵──皇族の遠縁にして、帝国の北東部一帯を治める大貴族です」
「決まりだな──その公爵の屋敷を目指すぞ」
三人は取り急ぎ街道に出ると、街で馬を借りて(フィオナがエトワール家の名前を出して無理やり借りた)北東への道をひた走った。
馬を走らせて公爵の領地に向かう。北東部の一大都市。
灰の公都グリムガルに到着し、そのまま公爵邸へと向かった。
時代を感じさせる古めかしい豪邸が公爵邸だった。
「すげぇなおい。やっぱメチャクチャでけぇ屋敷だぜ」
メルは想像よりもずっと大きく立派な屋敷に舌を巻く。
「勢い込んで来たはいいが、これからどうする?」
「取り敢えず屋敷の前を怪しまれないように見張っていてはどうでしょうか」
三人は屋敷の近くの店に陣取り、公爵邸の入口を見守る。
公爵邸の近くにあるような店なので、高級店ばかりだ。
出された料理はどれも絶品で、ついつい食が進んでしまう。
「美味ぇ、これマジでうめぇ」
「張り込み中だって忘れるなよ?」
などと問答をしている間に、それは来た。
「ん? アレは──」
一人の男が公爵邸に近づいていく。
小汚い格好の男で、とても公爵に用があるような人間には見えない。
「ありゃダニアンの手下の一人だ。見覚えがある」
「本当か⁉」
ナッシュの問いにメルは頷く。
男は公爵邸の門番に何か──小さな紙片を渡すと、すぐに去っていった。門番は胡散臭さそうな顔をしながら、屋敷の中に入っていく。
「どうやらただの呼び出し役みたいだな」
「盗賊ギルドの頭目が公爵邸に立ち入るわけにもいかないから、どこかで密会するようですわね」
しばらく様子を見ていると、公爵邸の門が開き、馬車が出てきた。
しかし人が走るのと変わらない程度の速さでしか走らない。
「どうしたんだ?」
「お忍びで出かけるようですし、目立ちたくないのでしょう。見たところ馬車もあまり派手なものではありませんし」
「こりゃあツイてるな。後を追うぞ」
ゆっくりと走る馬車が向かったのは、公都の歓楽街にある高級志向の賭場兼酒場だった。
「ここで密会をするようですわね」
賭場のある石造りの建物を見上げ、フィオナは呟く。
「賭場なら大金を持っていても怪しまれないし、ある程度客の素性には目をつむる傾向があるからな。霊薬なんて胡乱な品を取引するには、うってつけかもしれないな」
「だが、どうやって賭場に入る? どうやらここは会員制の賭場で、会員か招待状を持っていないと入れないようだぞ」
ナッシュが憎々し気に呟く。
見れば客は賭場の入口でカードのようなものを取り出し、門番に見せている。
「アレがないと入れないぞ」
「でも待てよ。じゃあアレは何なんだ?」
露出こそ少ないが、体のラインが出る艶やかな衣装をまとった若い女が、カードも見せずに賭場へと入っていく。
「……どうやらあの方たちは、この賭場の従業員みたいですね。おそらくあの恰好が会員証代わりになっているのでしょう……はっ!」
フィオナが何かに気づいたように顔を上げる。
それを見てメルはゾクリと身体を震わせた。
「なぁフィオナ、俺なんかすげぇ嫌な予感がするんだけどさ……」
フィオナはニコニコと笑ったまま答えなかった。
賭場の一番奥。いわゆるVIP席にあたる場所に、バルムントは陣取っていた。
豪奢な服装ではないが、それでも質の高い服を着ていると分かる。小太りな中年だが、しかしその目だけは野心に溢れた若者のようにギラギラと輝いていた。
「おい、酒を」
バルムントは給仕にキープしているボトルを出すように命じる。何かイライラしているようだ。気難しい顔をして、ソファにふんぞり返っている。
「よう旦那」
絡みつく蛇のような粘着質な声がかかる。
蝮のダニアンだ。
高級志向の店に合わせたのか、いつもと違う小綺麗な格好でバルムントに歩み寄る。
「いい店だなぁ、ここには一度寄ってみたいと思っていたんだ、感謝してるぜ」
ダニアンは懐から招待状を取り出し、ひらひらともてあそぶ。
「フンッ」
対するバルムントは鼻を鳴らすだけだった。
「前置きはいい。さっさと霊薬を出せ」
「おいおいそう急かすなよ公爵の旦那」
苛立たし気なバルムントを、ダニアンは飄々と受け流す。
「──というか今、俺霊薬を持ってねぇしな」
「なんだとっ⁉」
バルムントが思わず声を上げる。
「大きな声を出すなよ旦那。目立っちまうぜ?」
「どういうことだ! 霊薬を手に入れたら、ここで交換する事になっていたはずだぞ!」
この店には不正に流したバルムントの資金をプールしてある。
霊薬を手に入れたら、ここでその資金の兌換券と交換するという手筈だったのだが──ダニアンはニタリと笑う。
「気が変わった。報酬を上乗せしてもらおう」
「……!」
「四億だ。報酬は四億ルミーに変更してもらおうか」
「ダニアン、貴様……」
バルムントは青筋を立てる。口調こそ静かに抑えているが、怒り心頭なのは明らかだ。
「欲をかくなよダニアン……私を怒らせたらどうなるか、分からん貴様でもあるまい」
「いいのかい。せっかく手に入れた霊薬を、俺が他所へ売り払っちまっても」
「……ぐ」
バルムントは歯ぎしりをして押し黙る。
その瞬間に両者の力関係、主導権をどちらが握っているかは確定した。
「言っとくが俺たちだって苦労したんだぜ? 他の盗賊ギルドとやりあったり、変なガキ三人に霊薬をかっさらわれたりな。それなりの苦労はしたんだ、報酬の上乗せを要求するのは当たり前だろう」
恩着せがましくのたまうダニアン。
「裏に霊薬の情報をバラまいてまで、霊薬を手に入れようとしたアンタの事だ──どんな額をふっかけられてでも、霊薬を取ると思っていたぜ」
そういうダニアンの顔は、まるで獲物を締め殺そうとする蛇のようだ。
と、そこへ。
「お持ちしました。カペルシャルドーネ877年になります」
給仕の女性が盆にボトルとグラスを乗せて、二人のテーブルに寄ってくる。
「さすが公爵の旦那だ。賭場にキープしてるボトルも、とんでもない高級ワインじゃねぇか」
ダニアンは当然のようにグラスを受け取ると、ワインを飲み干し美味いと独りごちる。
バルムントの方はといえば、忌々し気にダニアンを睨むだけだった。
「……いいだろう。四億ルミーを出してやる」
「いいねぇ! やっぱり旦那は話の分かるお方だ。それじゃ場所は、ミルサントの廃堂。金は現金で頼むぜ──それじゃあな」
それだけ言うと、ダニアンは去って行った。
「小知恵ばかり回る男だ……」
バルムントの忌々し気な声が静かに響く。
それを給仕の女はじっと見ていた。
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