第11話

「状況を整理するぞ」


 宿屋の部屋に戻り、メルとナッシュは顔を突き合わせて作戦を練る。


「フィオナはダニアンに捕まって、人質にされている。俺らの手元には霊薬があって、これとの交換が向こうの要求だ」

「まさか工房からここまで跡をつけていたとは……」


 ナッシュは沈鬱な顔で呟く。


「いささか油断していたようだ──不覚」

「そうだな。油断しねぇで帝都に向かっていたら、フィオナも攫われずに済んだかもな」

「……」

「なんだよ?」


 ジト目でメルを睨むナッシュ。


「お前なぁ……私が殊勝なことを言ってるんだから、少しはフォローするのがお約束だろう。追い打ちをかけるな」

「知るか! ──ていうかお前と漫才やってる場合じゃねぇんだ、話を進めるぞ!」


 苛立たし気にメルが地図を広げる。


「ダニアンが取引場所に指定したのは、ルミナスの滝。ここから少し離れた滝で、街の近くまで流れる川の源泉らしい。水場だけあって霧や靄が出やすいし、下草も伸び放題で隠れる場所に事欠かない……まず間違いなく罠だろうな。さて、どうやってフィオナを奪還するか……」

「素直に奴らが取引に応じるとも限らんし、今この瞬間にもフィオナ嬢に危機が迫っているかもしれん。明日の正午を待たずに、奴らの拠点を探して奇襲をかけた方が良いのではないか?」

「無理だな。俺たち二人じゃいくら何でも手が足りない。奴らの拠点を探し当てる前に、明日の正午になっちまう。言っとくが衛兵隊に話して助けて貰うってのもなしだぜ、大勢で動いているのを感づかれたらその時点でダニアンは取引に現れないだろうからな」

「……大人しく取引に応じて、霊薬は諦めてフィオナ嬢だけは助けるしか」

「ダメだ」


 気弱になったナッシュに、メルは毅然とした声で否定する。

「メル、貴様……まさか霊薬惜しさにフィオナ嬢を見捨てるつもりではないだろうな!」

「違げぇよ落ち着け」


 ナッシュの怒声をメルは軽く受け流す。


「相手は盗賊だぞ? 大人しく霊薬を差し出して、フィオナを解放すると思うか?」

「それは……」

「十中八九、霊薬もフィオナも持ってかれるのがオチだ──いいか? あいつらの狙いは、あくまでも霊薬だ。そして霊薬はこっちにある。状況はギリギリで五分五分フィフティ・フィフティなんだ。こっちから主導権を渡せば、向こうに付け込まれるぞ」


 思いのほか理路整然としたメルの言い分に、ナッシュは目を剥く。


「驚いたな……お前からそんな意見が出るとは」

「お前は俺のことをなんだと思ってんだ」

「性別不詳、男だか女だか分からん変な奴だと思ってる」

「今だから言うが、実は俺もお前のこと、気障で女好きのいけ好かねぇ変な奴だと思ってる」


 しばし二人の間で火花が散る。

 今すぐにでも殴り合いを始めたいところだが、お互いにグッと我慢した。


「……とにかくだ。霊薬を渡す訳にはいかねぇし、フィオナを見捨てるつもりもねぇ。どっちも渡す訳にはいかねぇんだ」

「だが、言うは易し行うは難しだぞ?」


 メルは腕組みをして頭を捻る。


「服屋と材木屋はまだ開いてるかな」

「服屋と材木? 一体何をするつもりだ?」

「ちょいとカカシを作ろうと」

「は?」


 メルは思いついた策を、地図を指し示しながらナッシュに説明し始めた。




 メルとナッシュが宿屋で作戦会議を開いていたのと同時刻。

 都市部から離れ、街道からも外れた一角に盗賊ギルドの拠点は築かれていた。簡易式の天幕を複数張り、中央で焚火を囲んでいる。


 中でもひと際大きい天幕の前で、フィオナは後ろ手に縛られており、すぐそばにダニアンが酒を飲みながら見張っていた。


「ったく、手間かけさせてくれるぜ。えぇ? お嬢ちゃんよ」

「……」


 話しかけるダニアンに対して、フィオナは無言を貫く。

 下手に怖がって見せたりすると、余計に相手の嗜虐心しぎゃくしんをくすぐり、何をされるか分からない。なので黙秘を続けているのだ。


(随分と肝の座った小娘だぜ)


 ダニアンは品定めするようにフィオナを見据える。


「お頭」

「なんだ」

「その娘っ子なんですがね、俺たちに味見させてくださいよ」

「馬鹿野郎!」


 手下の一人が嫌らしい顔で揉み手をしながらすり寄ってくるが、ダニアンはそれを一喝した。


「この小娘はまだ使い道があんだ。手ぇ出したら、そいつを叩っ切るぞ!」

「明日の取引の事ですかい? どうせこの小娘を餌にして、アイツらが来たらまとめてぶっ殺すんでしょう? 別にちょっと味見するくらいなら、問題ないじゃねぇですか」

「馬鹿だなてめぇは。明日の餌だけで、終わらせるわけがねぇだろ?」


 何処までも強欲な笑みをダニアンは浮かべる。


「聞いた限りじゃ、コイツはあのエトワール家のご令嬢らしい」

「ホントですかい⁉」


 手下たちは目を剥く。


「ああ。てぇ事は──この小娘はエトワール家に身代金を要求する駒にも使える。そうだろう?」


 ダニアンはメルたちから霊薬を奪い、殺すだけでは飽き足らず、さらにエトワール家からも金をせしめようというのだ。


「だがいきなりエトワール家に身代金を寄こせと言っても相手にされねぇ。縛り上げたコイツをエトワール家の人間に見せつけて、ようやく交渉のテーブルに付ける。そん時だ──コイツが見るも無残な格好だったらどうなる?」

「どうなるんですかい?」

「エトワール家が怒り狂って、交渉にならねぇかもしないわけだ」 


 だが、フィオナが無事なら。


「無傷のまま助け出そうと慎重になる──そこに付け入る隙があるって訳だ」


 どこまでも強欲で狡猾で、本当に蛇のような男だ。 

 それでもまだ口惜しそうにフィオナを見やる手下たちに、ダニアンは


「エトワール家から金を踏んだくれたら、そん時はお前たちで好きなだけ使っていいぞ」


 と宥める。

 フィオナは極力反応しないようにしていたが、ゾワリと悪寒が走り、思わず肩を震わせた。

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