第2話

 手の形に赤くなった頬を押さえながら、メルはむくれる。

 場所は近くの酒場。

 あの後二人は場所を変え、ひとまずこの酒場に入ったのだが──


「申し訳ないモノを触らせたとは思うよ? でも流れの中の不可抗力っていうか、何も全力でビンタかまさなくてもいいじゃねぇの?」

「申し訳ありません、わたくしったらつい気が動転してしまいまして」


 フィオナが対面に座るメルに頭を下げる。

 そしてまじまじとメルの顔を見る。


「……何?」

「いえ、本当に綺麗なお顔だなと」

「ぐ……」

「今でも男性だなんて思えないくらいにお美しいお顔をされていますね。惚れ惚れしてしまいます」

「ぐぐ……」


 うっとりと頬に手を当てて見惚れるフィオナに、メルは歯ぎしりする。


「ぐあーーーっ! 止めろ‼ そんな目で見るな!」

「あらこんな天使と見紛うほどの美少女顔ですのに」

「俺は男だぁぁぁっ‼」


 ダンとテーブルに拳を打ち付けて叫ぶと、メルは自分の顔を隠すように突っ伏す。


「いいか、俺を二度と『美少女』だとか、そういう形容詞で表現するのをやめろ……!」

「気にされていたのですね。申し訳ありません」


 フィオナは謝るが、すぐに首を捻る。


「しかし不細工というのならともかく、顔が美しいというのは、良い事なのでは?」

「良い事なんかねーよ。それは所謂イケメン顔だった時の話で、俺みたいな……女みたいな顔をしてて得な事なんかねーんだよ!」


 そう言って愚痴をこぼすメル。


「こんな顔だからいつも男扱いされないし」

「それはそうでしょうね。どこからどう見ても男には見えませんし」

「お陰でどこ行っても舐められるし」

「メルさん、体型も小柄で細身ですからね」


 先ほど見た限り、155センチあるフィオナより僅かに高いくらいの背丈だろう。おまけに筋肉も余りついてない体型なので、それがよりメルの中性的な雰囲気を強めている。


「おまけに女と勘違いして、よくゴロツキに絡まれるし。男だって言っても、『むしろそれがいい……!』とか言い出す変態に狙われるし」

「それは……大変ですわね……」


 さすがのフィオナも顔を引きつらせる。


「だーーーっ、クソッ‼ なんで俺がこんな面倒な目に合わなきゃならないんだ! 好きでこんな風に生まれた訳じゃねーぞ! チクショウ‼」

「相当溜まっていたようですね……」


 何やら神妙な顔で、フィオナはそれを聞いていた。


「……そう言えば、お嬢ちゃんは何であんな所にいたんだ?」

「私の名前は、フィオナ・エトワールと言います。どうかフィオナとお呼びください」

「んじゃ何でフィオナはあんな所にいたんだよ──って、エトワール?」


 聞き覚えのある名前をメルは聞きとがめる。


「エトワールって、確かにデカい商店の名前じゃ」


 帝都にある大店で、国内各地、さらには国外からも名産品を集め、高値で帝都の市民や貴族に売っている総合商店が、エトワール百貨店だったはずだ。


「はい。そこはわたくしの実家になりますね」

「マジかよ」


 エトワール百貨店のご令嬢といえば、下手をすれば下級貴族の娘よりも良い暮らしをしているだろう。

 帝都の片隅で家もなく徘徊するメルとは、違う世界の住人だ。


「余計に気になるな。何でそんないいとこのお嬢様が、こんな帝都の隅にある治安の悪い街に来たんだよ? 大層な屋敷で、何不自由なく暮らしているんだろ?」

「わたくしの人生を取り戻す為です!」


 今度はフィオナが両拳をテーブルに打ち付ける。


「……どゆこと?」

「先ほど何不自由なく暮らしていると、メルさんはおっしゃいましたが、そんな事はありません。むしろ不自由ばっかりです‼」

「……そうなのか?」

「ええ! 朝から晩まで勉学と社交界での振る舞い方の練習ばかり、おまけに実家の版図を拡大する為に、有力貴族へ嫁に出そうとする始末! わたくしはお父様の駒ではありませんわ‼」


 一気にまくし立てるフィオナ。 

 どうやらフィオナにも溜め込んだ鬱憤があるらしい。


「ええ、ええ、ええ! こんな事を言うとよく『裕福な家に生まれたんだから、それくらい当然じゃな~い』とか『もっと大変な人がいるんだから、それくらい我慢しなよ』とか言われますが、余計なお世話ですわ‼ わたくし、好きでエトワールの家に生まれた訳じゃありません! なんでたまたまエトワール家に生まれただけでこんな苦労をして、生き方まで決められた挙句、周りからも嫌味を言われなくちゃいけませんの⁉ やってられませんわ‼」

「お、おい……落ち着けって」

「はっ! これは見苦しいところをお見せしました」


 我に返ったフィオナはしゅんと小さくなる。

 何となくだが、メルはフィオナにシンパシーを感じていた。二人は生まれつきの容姿や境遇のせいで、苦しんでいるのだ。

 それらは自分で選択したものではない。理不尽なものだ。しかしその理不尽さを説いても、誰にも分かってもらえない。

 その苦しさは、メルには痛い程よく分かる。


「フィオナも……苦労してきたんだな」

「分かってくれますかメルさん」

「ああ……」


 しみじみと答えるメルに感激するフィオナ。

「しかしそれで家を飛び出してきたのか? 随分と思い切ったことをするな」


「いえ、これは賭けの結果でして」

「賭け?」

「わたくし、お父様と賭けをしていますの」


 そう言ってフィオナは持っていた鞄から、羊皮紙を取り出す。どうやら地図のようだ。


「とある魔術師の作り出した霊薬を手に入れれば、わたくしの人生に今後一切干渉しないと!」

「ほう、それはまた凄い提案だな」

「お父様は無理難題をふっかければわたくしが諦めると考えたのでしょうが、そんな事で諦めるものですか! 言質を取りましたので、わたくし何が何でも霊薬を手に入れて、自由の身になりますわ‼」


 意気込むフィオナを、メルは冷静な目で見る。


「気持ちは買うが、ちょっと無謀なんじゃないか? その工房とやらに辿り着く前に、こんな街で絡まれて身ぐるみ剥がされそうになってたじゃないか」

「ぐうの音も出ません……」


 また小さくなるフィオナだが、すぐに名案を閃いたとばかりに顔を上げる。


「そうだ! メルさん、わたくしの用心棒になってはいただけないかしら?」

「え、嫌だよ」

「即答⁉」

「さっき俺がアンタを助けたのは、人が寝てる横で騒がれるのが嫌だったからで、別に俺は正義の味方でも何でもないしなぁ」

「お給料は出しますよ」

「う……」


 元浮浪児でろくな職に就けなかったメルは、時折日雇いの仕事をして金を稼いでいる。当然蓄えはないに等しい。

 フィオナの提案は魅力的で、メルの心はぐらつく。

 そんなメルを見て、フィオナはニコリと小悪魔的な笑みを浮かべる。


「それとメルさん、ここで耳打ちな情報が」

「な、なんだ?」

「これは他言無用に願いたいのですが……件の霊薬なんですがとても変わった効果のお薬らしいんですよ」 

「変わった効果?」

「なんでも──飲んだ者の姿を思うがままに変えられるとか」

「なんだって‼」


 ガタッとメルは立ち上がった。


「そ、それはつまり──もしそれを俺が飲んだら、もっと男らしい顔や体つきに変身できるという事か⁉」

「ええ、断言は出来ませんが、その可能性は高いかと」


(男らしい姿になれる、男らしい姿になれる、男らしい姿になれる、男らしい姿になれる、男らしい姿になれる、男らしい姿になれる────)


 メルの頭はそれでいっぱいだ。


「わたくしの目的は霊薬を手に入れて賭けに勝つ事なので、賭けに勝った後はその霊薬をメルさんにお譲りしても構いませんよ」


 それが決定打となった。


「やる! 用心棒やらせてくれ‼」

「そう言っていただけると信じておりました」


 オホホと口元を押さえて笑うフィオナ。

 こうしてメルはフィオナと一緒に、霊薬を手に入れる為の旅に出たのである。

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