異世界最強男の娘は普通になりたい『俺は男だって言ってんだろーが!』

十二田 明日

第1話

 帝国の街外れで栗毛の少女が数人の男に絡まれていた。

 栗毛の少女──フィオナはフリルや刺繡のあしらわれた上等な服を着ており、見るからに身なりが良かった。目鼻立ちも整っており、特に好奇心旺盛な猫を思わせるつぶらな瞳が印象的だ。


 貴族かどこぞの金持ちのご令嬢といった風である。

 それが大通りから離れたこんな街外れに来るのだから、この辺りにたむろするゴロツキからすれば、鴨が葱を背負って来るようなものだった。


 人相の悪い男たちが馴れ馴れしくフィオナに近付き、逃げ出すフィオナの腕を掴む。


「ようお嬢ちゃん、どこに行くんだい?」

「は、離して!」

「おいおいつれない事言うなよ。俺たちと遊んでいこうぜ」


 フィオナは掴まれた腕を振りほどこうと暴れるが、男の手は外れない。


「見た限りいいとこのお嬢ちゃんらしい。上手い事家を強請れば、金になるかもしれねぇなあ」

「そうだな。それがいい」


 男たちは下卑た顔で笑う。


「でもその前に、少しくらい遊んでもいいだろ?」

「いいんじゃねーか? 味見くらいは」

「それじゃ遠慮なく」


 男たちは一層下卑た笑みを浮かべると、残飯に群がる野良犬のようにフィオナに群がる。


「だ、誰か!」

「声を出しても無駄だぜ。ここにはアンタを助ける奴なんかいな──」

「────やかましいィイイイイイイイイイイイイィイイイイイイイイイイイィィィ‼」

「ッ⁉」


 突如として起きた第三者の怒鳴り声に、男たちは固まる。


「人が寝てたらその脇で何やらおっぱじめやがって、眠れやしねぇじゃねーか!」

 道端に落ちていたズダ袋が捲れ上がる。どうやらゴミではなく、中にくるまって人が寝ていたらしい。


「どうしてくれんだ、アァ?」 


 ズダ袋から出てきた人物が凄むが、


「──ぎゃははははは!」


 男たちは大声で笑いだす。


「何が出てくるかと思えば、こいつは傑作だ!」


 まったく懲りた様子を見せない。

 それもそのはず、ズダ袋にくるまって寝ていた人物は、まるで天使のような美貌をしていたのだから。

 思わずフィオナも見惚れてしまう。


 キラキラと輝く艶やかな金糸の髪。宝石のような瞳。擦り切れた衣服も、まとっているボロ布もその美しさを損なわせてはいない。体つきこそ細いものの、まるで一流の芸術家の絵画から飛び出してきたかのような、絶世の美少女がそこにいた。


「こんな上玉が、こんなところにいるなんてな。コイツは拾い物だぜ」

「あぁん?」


 天使の美貌を持つ少女──メルは顔をしかめて凄むが、男たちは笑うばかりだった。

 可憐な少女が凄んだところで、何も怖くない。むしろ滑稽さが先に立つ。

 男の一人が、フィオナからメルに向き合う。


「俺はこっちを貰おうか」

「あっ、お前ズルいぞ」

「うるせぇ。そっちは譲ってやるから、こっちは貰うぜ」


 男は下卑た顔でメルを押し倒そうと手を伸ばす。


「お嬢ちゃんも不用心だなぁ、こんなとこにいなけりゃ、俺らの玩具になる事もなかったのによう」

「誰がお嬢ちゃんだ!」


 言うなりメルの拳が飛んだ。

 金槌のようなパンチが、手を伸ばす男の顔にクリーンヒット。 


「あがっ⁉」


 殴られた男は悲鳴を上げ、泡を拭いてひっくり返る。


「⁉」


 他の男たちは目を剥いた。

 まさかメルがこんなに強いと思っていなかったのだろう。


「このっ!」

「クソアマが!」


 青筋を立てて、メルに襲い掛かる男たち。だが──


「誰がクソアマだぁ!」


 襲い掛かる男たちを、メルは拳で迎え撃つ。

 力任せな大振りのパンチを、メルは思い切り振り回す。メルの細腕から想像できないような威力を誇るそれは、まるで小さな台風だった。


 メルのパンチを喰らった男たちは、まるでピンボールのように弾かれ、ノーバウンドで三メートルは吹き飛んだ。

 鎧袖一触だ。相手にならない。


「完全にむかっ腹が立ったぜオラァ!」


 可愛らしい見た目で、艶のある声をしたメルが、男たちをボコボコにするのは、何とも異様な光景だった。

 あっという間に男たちを全員殴り倒すと、さらに一人の男に馬乗りになり殴る。


「お前だよな? 俺を上玉だとか、クソアマだとか言ったやつ」

「は、はい……!」


 締め上げられた男は情けない声で答える。そしてそこに、メルの鉄拳がぶち込まれる。


「──俺は男だああぁぁぁっ!」


 メルの魂の叫びが辺りにこだまするが、男たちは全員気絶していたので、誰も答えなかった。

 静かになった男から、メルも離れる。


「ったく、失礼な奴らだぜ」


 メルは服についた埃を払い、押し倒されていたフィオナに向き直る。


「アンタも災難だったな。立てるか、お嬢ちゃん」

「はい!」


 差し出された手を取り、フィオナは起き上がる。

 その時、メルの横顔を見ながら、ポーっと頬が赤くなる。


「あ、あの──」

「ん? ああ、礼には及ばないぜお嬢ちゃん。俺はただ眠りを邪魔されたのが、ムカついただけで──」

「──でもありがとうございます、お姉様」

「……んん?」


 フィオナはとろんとした瞳でメルに熱っぽい視線を送るが、メルの方は固まる。


「お嬢ちゃん、聞いてなかったのか? 俺は男だって。断じてお姉様なんかじゃない」

「またまた~。そんな綺麗なお顔をして言っても、説得力がありませんよ。きっと何

かの事情があって、男のフリをしているのですよね」

「いや……あの……」

「一人称が俺なのもその一環ですね? それとも思春期特有の病か何かを引きずっておられるのでしょうか?」

「それは完全に馬鹿にしてんだろ!」


 メルは額に青筋を立てる。


「だ・か・ら! 俺は男だって言ってんだろーが!」

「いえいえ、お美しい女の子にしか見えませんよ。羨ましいくらいです」

「くそー!」


 苛立ったメルは、おもむろに上着をはだけさせた。メルの胸が露になる。


「ほら見ろよ。男だろうが」

「あらあらいけませんよ、こんな往来で服を脱いでは」

「ナチュラルに人の乳首を隠そうとするな!」


 メルの胸に手を当てて乳首を隠しながら、フィオナは首を傾げる。


「たしかに胸は大きくありませんが、細身の女性の胸もこのくらいですし、やはり男のようには見えませんね。わたくしの方が胸が大きくて、ちょっと安心しておりますが」

「俺は女と胸のデカさで勝負してない!」


 なんだその勝負、絶対勝ちたくねーぞ! ──とメルは鼻息を荒くする。


「クソッ! 上を脱いだだけじゃダメか……」


 ならばもう、メルが男であると証明するにはアレしかない。

 メルはズボンのベルトに手を伸ばす。


「ちょっと⁉ 何をしてるんですか⁉」

「最終手段だ。俺が男だって証拠を見せてやる」

「駄目ですよ! さすがに往来で下まで脱ぐのは」

「これしか俺を男だと証明するモノがねーんだよ!」


 ズボンを下ろそうとするメルを、フィオナは必死で止める。

 と、そうこうしているうちに、フィオナの手がメルの股に伸びた。


「あ」

「あっ……」


 二人揃ってアホみたいな声が出た。

 フィオナの手のひらは、ズボンの布越しに、女性なら絶対にないはずの肉の感触を、しっかりと感じ取っていた。


「…………!」


 しばらく衝撃に固まっていたフィオナは、パッと手を離し、メルから身を引いた。

 耳まで真っ赤になり、プルプルと震えている。

 そして、


「キャーーーーーーーーーーーーーー!」

「へぶし⁉」


 フィオナはメルを全力でビンタした。

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