重債務系勇者爆誕


 ガラス、ガラスはどこだ。

 ガラス瓶とチューブはどこだぁ…注射針も欲しい。

 手を掻き分けると整列した食器類がぶつかり合い憂鬱さが増す。ごちゃごちゃしたキッチンの出来上がりだ。


 あのさぁ〜もうちょっとさぁ…直近で自殺予定ならそんぐらい揃えてても良くない?

 世に絶望ってなんですかお前。片腹痛いわ、笑わせんなよ。ヤクブーツやってても良いと思うんだけどさぁ。そっから底辺ロードが始まるってのにヨォ。

 ほんっと、僕ってバカ。

 セルフツッコミは余計にみじめになる。


 結局、自宅で欲しいモノリストはないのでプラン変更をする他ない。点滴を作るのは無理だ。


 お手上げ〜…どうしたものかと面倒な現実を見た。

 身体をくすぐったり、臭いからと風呂にぶち込んだり、ジャイアントスイングをしてもダメだった。


 触れてみてなんでかは分かった。何も支障が無ければ魂は灯火のように揺らめくのだが、この少女はノイズが入り混じり次元の歪みを生じさせている。


 僕らにもこの経験はあるから命に別状がないのは理解している。

 世界と世界の狭間にいた魂がいきなりこちらへやってきたため、順応するのに少し時間がかかっているだけだ。通常は放置で問題ない。

が、それは健康ならのお話。お先に彼女の身体がダメになる未来しか見えん。


 追い出そうにもどうしようもない。

 もうため息しか出てこないや、あっはっは…


 結局、僕は大家さんに電話を貸してもらい救急隊を呼んでもらった。説明と保険証の提出を求められ…まぁすごく面倒だった。

 栄養剤とその他の点滴を打ってもらって、まぁまぁの顔色にはなった。ひずみも小さくなり意識も少しずつ戻っている。


 で…だ。それだけなら良かったんだけどね。人助けなんてするもんじゃないわ。

 請求額が来てしまったのだ。とんでもないわ。

 こいつには勿論保険証なんてないから一旦僕が肩代わりしたのだが…その額が額で顔が無くなる。

 どれぐらいの額かって?暑くもないのに未来を想像しただけで汗が止まらないぐらいだ。それほどにこの小娘は疫病神ではある。


 天啓の思し召しは、元から貧乏なのにさらに貧乏になれと言ってるかのようだった。

 まじで貯金がねぇ。家賃の返済も遅れるだろう。お先真っ暗だ。

 くはぁ…。


 

 翌々日経った。今日はバイトか…。はぁ……。

 もはや何もかも考えるのを辞めたさすぎて朝っぱらから煙草を吹かしている。

 コンビニの簡易喫煙所で、通勤通学している人々を死んだ目で眺める。社会の働きアリは大変だね。へへ…

 流石に自分でも金がないのに吸うのは良くないとは思ってはいるが。あぁ、どうすっぺかなぁ。やべえ…やべえってばよ。


 フゥ〜……と紫煙を吐き出して、また吸い込む。マジで何も考えていたくはない。


 そんぐらいに僕のメンタルはズタボロで死にそう。


 

 「悠人君……だよね?」


 いや、まじで桜井さんの店だけじゃやべえぞ。ああ…こんなことならもっと割のいい仕事すればよかった。今日、夜逃げでも……するか?


「さっきから、ああああってずっと壊れたラジオやゾンビみたいに言ってるけど……だ、大丈夫?白目向いてるけど…」


 や、やべえ…手が震える。もうちょっと煙草吸わないと……。肺全体に紫煙がぶち込まれてくる。これだわぁ。君だけが僕の味方だよ。


「ケホケホ…もうしっかりしてよっ!」


「うぉっ!」


 おっと。刺激を認知して思わず仰け反った。いかんいかん。

 肩に手が置かれていてやっと目の前に人がいるのを認識する。あれ?……誰だ?どっかで会ったかなぁ。覚えてねえや。


「悠人君。なんかすごく大変そうだね。大丈夫?」


 学生さんらしき女性がどうやら用があるみたいだ。まぁそこそこなお洒落で、ピアスが見受けられる。地毛ではない栗色の髪の毛。パーマっていうんだろうな。

 小顔なのは確かだが、彫りが深くないから幼く見えてしまう。うーん?


「どのゆうとさんなのかは知りませぬが、まぁはい。毎日幸せなんで大丈夫です」


「え、全然そうは見えないけど。煙草吸ってるよね?」


「まぁ、色々ありまして。それで何の御用で?」


「この前は話せなくて…でも、ずっと気になってたんだ。学校にも来てなくてどうしてたのかなって。それで……」


 学校ってなんだっけ。あれぇ?あっ、そうかそうか。僕って学生か。

 すっかり忘れて無職なのだと思ってた。で、この人は同級生だったりするな?

 まあ…今更学校行ってどうするよって感じだし。別にいいかな。

 かつてのだった記憶は希薄しほぼ忘却に近い。


「どうしたもこうしたも見ての通りですが。今目の前の姿、これが全てですよ。ご理解いただけたかな?」


「あ、うん。その……大丈夫?川で何かをしているのを見てはいたけど。学校には来る気はない…?ずっと悠人君が心配で」


 ここの煙草って変に癖がないから良いよね。不純物がないからすごく喉ごしが良いというか。

 おかげで、耳から全て聞き流してしまう。僕が全く聞く素振りを持たないってのに、この少女は続けざまに物々しく言ってきた。


「ね?せめて一度顔見せて欲しいなって。クラスのみんなも待ってるよ。剣道部の瑞希ちゃんもわざわざクラスに来てまで、悠人さんはまだですかっ!って毎日毎日言ってくれるし。学校での噂なんて大して気にすることなんてないよ。だって、あんなのどう考えたって悠人君が悪いわけじゃ……」


 なんか…これ以上無視しても延々と続く気配しかない。

 どこまで頑張ったらお気持ち構文が出てくるんですかねえ。今は手いっぱいでとにかく面倒が勝ってしまった。


「どうしたもこうしたも…かんけーねーでしょう。てか、オタク誰ですかね?今この瞬間に頼み事や要望があるなら聞きますが、要点かいつまんで言ってね。生憎、余裕がみじんもねえんで」


 おっと、少し語気が強くなっちまった。彼女は一瞬身をビクつかせると目を右往左往させたのちに顔を俯かせた。 

 そのですね、別に何か怒ってるわけではないんですけどねぇ。ほんとですよ?


「あ…いや…その…」


「ないんですね?」

 

 すっかり不味くなった煙草を吸いこむ。不味くなったのはフィルターまで燃やしてたからだ。はぁ…。


「…ごめんなさい。そ、そうだよね…そうだよね」


 え?雫が垂れてるなって思ったら、涙が垂れてる。なんだよおいおい、なんで僕が泣かす結果になってるのよ。


「ごめんなさい。私が馬鹿で」


 彼女はそのまま足早に去ってしまった。残ったのは唖然とした僕だ。


「はぁ〜……いや、馬鹿僕だわ。クソが」


 煙草の吸い殻をゴミ箱に投げ捨てる。女の涙でもう一本吸う気にもなれなくなった。


 温かくなった風が伝わる。分かったよ。分かりましたよ。

 …学校か、まぁ行ってみるか。退学手続きもしなきゃならんし。


 なかなかにハプニングでなうだな。

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