店長に押し入る無法者
ふいー。やーっと着きましたよ。
完全に重役出勤ですな。雨が降りやまないとこれだけ足が重くなるのね。
運が良いのか、悪いのかなんとも言い難いが、環に現住所を渡せて良しだ。
ほんとにいやいや言いまくってて大変だった。
ま、どうにかなるだろう。最悪また一からスタートを切るしかない。仕事は幾らで もある。
人生いつだってその瞬間だ。僕いいこと言うなぁ~。
by ユウト
ま、これが最後の役目か。もっとゆっくりしたかったんだけどな。
さて、ふざけるのはこれぐらいにしとこう……分かったことがある。
戻った当初から肌感覚で理解していたんだが。一連の流れで確信に変わった。
環や轢かれる子供を助ける際、魂令術と呼ばれる魂を原資とした奇跡を起こさせてしまった。
さて、どういうことか。僕の魂そのものは何一つ変質していない。そこらの人とは比較にならないほど摩耗している。
時間そのものはしっかりと刷り込まれていたのだ。身体が先に壊れるのか、自我を失って形を保てなくなり亡くなるか。二つに一つだ。
神秘的な奇跡にご都合主義はない。
あー…今すぐ家に帰りたい。
まぁ、不滅の魂がない現状そんなことはできんのですが。
いや〜…だいぶブルーな気持ちだ。
環にはなんと申し開きすればいいんだろうか。本当に貧乏暇なしであれこれとやらないといけないのが多い。
ほんま…どうしよ。
「あっ。そっか」
不意に僕の口から言葉が漏れた。
スーパーウルトラスペシャルな計画がたった。
奇跡とは元々人々の願った希望から来ており、強い思いを抱いた者にのみそれは発現される。
そして、僕自身への負担を減らすために…遠隔操作で少しばかり彼らの魂も使わしてもらった。
使えるとは思わなかったが、彼等の中にまだ僕のものが入っていたからできてしまった。
彼らには僕が今どこにいるか割れてしまったので、がん詰めされて袋叩きにされる未来は間違いないだろう。でも、出来てしまったのは幸いというやつかな。
とりあえず当面の生活費を彼等から工面してもらおう。そして、可能なら働かないヒモ生活が出来るか打診や。
京は実家が太いから大丈夫なはず。
さて、そんな思いはしまい込むとしよう。顔を叩いてドン・ルベールの扉を開ける。
カランカランと店前のベルが鳴る。
「おはようございます!」
入店すると、桜井さんは疲れ顔でオーブンからパンを取り出していた。ちょっとしたお昼だから捌くのが辛いんだろう。店にも何人かお客さんがいて、ワンオペで対応している。
挨拶の主たる僕を見るや訝しんだ顔から驚愕の表情へと変化する。
「うぇっ!?どどどどうしちゃったの!?」
「どうもこうもです。すいません、初日なのに遅れてしまい…今日はとてもお日柄がとても良いとは言えず…まぁ、なんと申し上げたら…」
うーん、さてさて。どうやったら遅刻した責任を回避し、なんなら桜井さんに押し付けられるか。
「これ血!?ほんとどうしたの!」
言い訳をその場でなんか言おうとしたら遮られてしまった。
あ、そうだった。状態異常怪我で包帯を頭に巻いてるんだったか。いっけね。
どう…これを当たり前ではないという感覚を持てるんだ…。
「いやいや少し怪我をしてしまいまして、まあね…そんだけです」
「…返答に困るんだけど」
桜井さんは困った顔をして僕の格好を下から上を入念に見てくる。
「その…怪我はどんな状態なの?」
「ええ。この通りです」
ほどいて縫った箇所を見せた。桜井さんは「うっ…」と声を漏らす。それを直視しないよう目を泳がせる彼女は言葉を失う。
「軽傷なので業務に差し支えありません、それに御覧の通り軽く処置は済ませているので」
周りのお客さんもなんだなんだと僕を見始める。桜井さんはその視線に気づき慌てて話を切り替えた。
「悪いけど…今日は帰ってもらえないかしら」
「そうですか…すいません」
あ…僕は解雇かな。仕方ない。切り替えるしかないか。
「いや、それよりもどうしてそんな傷を…」
「お恥ずかしいことに通勤中に川へすっ転んでしまい…それで」
「川って……なんでそんなとこに。というより明らかに転んだだけじゃないんだけど」
桜井さんは呆れて言葉を失った。僕は頭を下げる。いやよくよく考えたら食品衛生的にも良くないな。
「まぁ…はい。その打っちゃって軽く頭が割れかけました」
「えぇ…ちょっとちょっと…」
桜井さんはこめかみを押さえてばかりで苦慮している。どんなことであれ遅れて規則を破ってしまった事実は変わりない。僕は謝罪を続ける。
「すいません、この場でも度々ご迷惑をおかけしまして」
「本当にいいから……今日は帰って」
当然といえば当然の対応だろう。
「あーその、申し上げにくいのですが。今回はご縁がなかったことで良いですか?すいませんこれだけ確認させてもらえないでしょうか」
彼女は少しの間口を紡ぐ。額をおもむろにこする様子から、苦虫を嚙み潰した気分なんだろう。僕でなくても良いのだが如何せん代わりが簡単に掘れるわけでもない。採用活動は非常に面倒なはずだ。
「いや~…そうねえ。……うーん」
桜井さんは歯切れ悪く言葉を濁らせる。駄目とハッキリ言えない人なのか。なるほど店主やってるのに責任がつくものにはとことん弱いらしい。
なぜワンオペしているのかの一端が垣間見えた。
「いや、本当に……人手は欲しいし。来てくれるのは助かるんだけどね」
「はぁ…じゃあ、今回はご縁がなかったってことで良いですか?」
「え!?いやいや…そうでもなくて」
「そうではないと…このまま継続して働かせてもらえるってことですか?」
僕としては酵母菌が欲しいだけで、ぶっちゃけここじゃなくても良いのだ。ここで下手に出ると一生舐められてしまう。
「えーっとぉ…どうしよっかなぁ…うーん」
「わっかりましたぁー…では、どうするおつもりですか?」
「そ、そうねぇ。どうしたらいいんだろう…」
「え、それ僕に言ってます?」
いてこますぞこいつ、どっちやねん!!客の方見て帰ってくれって視線送るんじゃねえぜ。てめえ責任取る気ないな?
こちとら比較にならんほど貴重な寿命使ってんだぞ。
あーすっげえイライラすっべや。なんでそごな自分で決めなあかんことを他人に委ねるんだ。
「すいませんね。決めてくれるまで僕は絶対帰りませんからね。これは貴方が決めることだ。分かりますか?貴方が責任を持って職務を遂行しなきゃならんのだわ」
「えーっと…えーっと」
「イエスかノーか。僕の意図はそれだけだ。あなたはこの店で意思判断を下す側だ。分かります?」
まくし立ててやると桜井さんはきょどった。明らかにバイトの関係性を超えたやり取りだ。周りのお客さんはすげえ気まずそうな顔をしてレジを待っている。
「そそそそうよね、ごめんなさい」
「はい。それで?」
「申し訳ないけど……その…」
「その…?」
少しばかり目皺を込めて瞳孔を真っすぐ覗いてやる。桜井さんは身を引いている。結果的に睨みが効きすぎてしまった。
「その……ね。あの…」
「はい」
「きょ、今日……は駄目…ね。業務に支障が出るなら尚更だし」
「そうですね。それは先ほど聞きました。で?」
苦し紛れの言い訳に圧迫し続ける。「えーっとえーっと…今日は…ちょっと」とまた連呼したんで、腕を組んで敢えて真顔になる。これやられると何気に怖いのだ。
無言の恐怖を貫くと、とうとう桜井さんの心が折れてしまった。
「分かった…分かりましたよぉ…」
やけくそ気味な魂の叫びだ。それを聞き僕は満面の笑みを浮かべて、深くお辞儀した。
「明日からよろしくお願いします!では、時間は決めた通りで生きますので何卒よろしくお願い申し上げます」
いや~ほんとに。久々に盗賊やってて良かったと思い知らされたよ。
無職からフリーターにジョブチェンジだ。
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