文明に触れる野蛮人


 夜雨で地面はぬかるみ、カラッとした日射光が水溜まりを照らしていた。


 粘り気のある湿気は執拗に首筋に掛かって大変不愉快である。

 まぁ、晴れていることに違いはないが。


 今日は履歴書の作成作業だ。

 昨日突撃して面接を受けようとしたものの、店側にとってはこれが必要不可欠なんだとか。


 まぁ、とにかく腹が減ってはなんとやらだ。面倒なことはエネルギーを多分に使う。


 収穫した大根の葉っぱにはアブラムシが結構ついてたので、そのままごま油でいためて食してやった。カメムシの仲間なのに、味気もないし特別美味しいわけでもない。


 まぁ、虫は貴重なたんぱく源だ。そうやって納得しとこう。


 今まで食べた中でまずかったものは、ダンゴムシとオタマジャクシで、もう二度と食べたいとは思えない。あれは嚙み切れないし腐葉土を食べてる。絶食状態でないなら軽はずみに手を出してはならない。


 あとは、昨日の残りの蛙肉を塩コショウして焼いた。タンポポコーヒーは常飲してるので省く。火を使うと途端に熱くなったので、冷凍庫から凍らせたペットボトルを取り出し、扇風機の前に置くと冷えた風かがなんとも心地よかったりする。


 電気代すらもう払えそうにないためあまり良い手ではないが、ものは使いようだ。

 

 少し思い出したことがある。一人暮らしをしている経緯だ。実家にも頼らずというのは聞こえはいいけど、単なる家庭崩壊だ。


 というのも、両親は僕が医者になり後継者として期待していたのだが、まぁ結果はそうだねだった。僕自身も臭い物に蓋をする体で家から出ていった。

 確か、その後父親は出て行った気がする。

 蒸発ってやつだ。



 酒がないって話なら料理酒使って蒸留酒なら作れるかもな。



 そうだ、話を戻さないと。

 この世に色々と絶望していた矢先に異世界に飛ばされ、世界を救う勇者として誕生し……勇者としてか……盗賊やったり、盗賊追い立てる側になったり、アルバイトで近衛兵やったり……長くなるから一旦やめとこう。


 こちらに戻ってきてぐるぐる巻きにされた練炭が大量にあったのは驚いた。


 貴重な資源を使ってまで部屋でキャンプファイアするわけにはいかなったのですぐ取り外したが。

 なんというか、僕が何に苦しんでいたのか全く未だに興味もないし思い出せない。


 妹がなぜあそこまで嫌悪した顔を見せたのかすらは……ダメだ。人から恨まれる外道なことやりすぎて心当たりしかない。

 まぁでもだ…そこまで惨たらしいことは日本でやってないけどなぁ。


 ふーむ、そんなことで一々悩んでたら天国の息子達にお叱りされちまう。


 そういえば、冷蔵庫から出てきた瓶の中身は何だろう。

 瓶は食糧庫として詰めれる上に真空状態を維持できる便利な道具だ。物が腐りずらいという利点があって数えきれないほどお世話になっていた。

 いつでも使えるように開けときたい。

 食料が入ってないか期待を込めて開けると大量の薬だった。薬かあ……オーバードーズね。


 これ飲んで練炭自殺を図るつもりだったらしい。


 なるほど、中身はゴミ行きだ。今の僕は寧ろ快調すぎて寝付きがいい。


 午前中は、藁帽子や竹でリュックを作ったりなんかで色々忙しかった。竹の備蓄が無いので、今度また鎌倉へ行きたいところ。


 あと、バイトを申し込む前に一度昼寝をきめておこう。携帯はネットに繋がらないから直談判だ。面接をしてもらうようにお願いしないと。刃物と手先の扱いは得意だから肉屋さんとパン屋さんを狙っている。異世界でも経験済み。


 午後は履歴書の作成に着手。

 しかし、一瞬にして断念した。


 日本に長らくいなかったのもあるけど。

 日本語がなかなか分からないのも相まって、とにかく文字が書けなかった。無駄になった用紙を眺めると虚しくなる。


 仕方ない、頭を切り替えよう。本当に住所も色々分からないな僕は。


 あ!? ちょっとまてよ?

 

 ここって賃貸だよね。てことは、僕は相当まずいことしてるじゃないか!




――――――――――――――――――――


 

 僕は急いで大家さんのところに行ってきた。

 引っ越し以来挨拶とか一切行ってなかったらしく、とても訝しんだ顔で迎えてくれた。

 そして、案の定というか家賃の滞納が発覚した。そんなまさかなんて考えもなく、ため息と頬を抓っても現実だ。


 覚えている限りの身の上話を行い、うんうんと難しい顔をされても熱心に就労意欲を伝えると、今は滞納分を待つのでとりあえず早急にお金を用立ててくれとお願いされた。


 大家さんの人柄が良くて本当に良かった。

 適切な金利で金を出してくれる人と貸してくれる人は味方だ。

 つまり、家主は味方と捉えていい。


 皮肉にも思い出したいと願うよりも、生命の危機が目前に迫る時の方が、頭を使い記憶を捻り出す作業は行われてしまう。



 自室に戻ってみるとプレッシャーで脇汗がぐっしょりだった。

 タンポポコーヒーが飲みたくなってきた。


 いけない癖だ。どうしてもやる気が出ないらしい。心が疲れてる。




 このままでは寝てまたいつも通りの日が来てしまうので、500円玉を握り締めて部屋を後にした。

 自転車を走らせ、ショッピングモールへ。


 安さ満点の粗製音楽が流れる店内はそこそこ賑わっており、子供達が狭い通路で冒険をしていた。僕はお目当ての写真機を探す。


 一日中ここにいてもきっと飽きることはないんだろうけど、本当に必要なものはいつだって少なかったりする。


 写真には確か鮮明さと色合いがのバランスが大事だとどこかで聞いた覚えがある。とはいえ、写真なんて何十年振りだから僕には分からない問題だ。カメラの前で笑えば良いのだろうか?それともピースサインすればいいのかな?


 僕は悩みに悩んでボタンを押した。すると、突然、3、2、1と声が聞こえてパシャリと音が鳴った。


 そこに出た顔は、口がへの字に半開きした情けない間抜けな表情。なにかが違う気がする。

 ...もう一枚撮ってみよう。


 今度はちゃんと笑顔だ。我ながら良くできたと自負している。決めポーズもばっちりだ。

 

 出来上がったそれをすぐさまカッターで切り取り、履歴書に張り付けた。自分の顔が幾つもあるのはやっぱり不思議だ。用途が分からない。


 眺めた書類を見て、文筆してもらった大家さんに頭が上がらなすぎて申し訳なくなる。日本に戻ればなんとかなると思ってたけど、どうにもならないんだな。

 

 そういえば付近に目的のパン屋ドン・ルベールがあるんだった。

 ここで帰って何も終えず明日を迎えるには早すぎる。

 さて、攻め入らねば。

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