異世界転移帰還! 帰還したけど人生オワタな件
アンゴル200帯
ただいま日本
漆黒の闇を突き破り、意識が蘇る。忘れかけていた久々の眠りと覚醒。
その後に思ったことは、長い夢を見終えた。そんな感覚だった。
見慣れない天井に向かって手をかざす。真っ暗な部屋に微かに動く拳。ちゃんと動くな。
埃だらけの部屋。最後にいたところとは違う。確かにちゃんと来れたみたいだ。
どうであれ僕の長い長い責務は終わった。殉じれない悔しさだけが心を満たす。
不意に目から溢れる雫が垂れていた。帰ってきたはずなのに、どこにも喜びなんてない。
僕は泣き止むのをただひたすら待つことにした。
一時間ぐらい経って。ぐしゃぐしゃになった顔のことを気にし始めるようになった。
そういえば、ここはかつて自分が住んでいた一室だったような。
あれ、どういうことだ。
疑念が頭の中に湧き上がる中、居ても立っても居られない気持ちが沸き上がる。
自分の手や顔の造形がすこし柔らかいのもそうだが、各所にあったはずの傷跡もない。
洗面所に向かい、鏡に映る自分の顔を見る。ひょろっとした体格、ボサボサの髪、そして幼い顔つき。刻み込まれた皺、隈、すさんだ眼光もなく、かつての精悍な面影はどこにもない。
いや…戻ったと言った方が良いんだろう。
その前にここまで不潔とは思いもしなかった。
あそこでは身体的変化が二十後半で止まってしまっていたとはいえ、なんというかもっと。
鏡に映る自分の姿に、ふと疑問が浮かぶ。なぜ自分は若返っているのか?
もしや何一つ解決してないんじゃないか。だとすると、これからどうすればいいのか?
……やっぱり落ち着かない。鏡の前で手を動かし続けても違和感が残る。
ここはちょっと水を飲んだ方が良い。必要がない儀式的動作としても人間である証拠は捨ててはならない。
洗面所にあったマグカップに向かって僕は詠唱を行った。
何も起こらないぞ?ありゃ?
どうしてだ。相方さんの調子悪いのかな。これは一体どうなってるんだろ。
んー…しゃあないなぁ…あんまり使いたくないけど魂に呼びかけて生成するか。
「出ろ」
あ、ちょっと湧いて出来てきた。ほんのちょびっとだ。
あ、でも…すっげえ悪寒がする。このまま万杯になるまで使い続けたらやばくなるのが感覚的に理解できる。
鏡見たら目と鼻から血が出てる。
水一杯のためになんたる労力と犠牲だ。
こっちの方は健在だけど、余程のことがない限り使わないのに越したことはない。
それに余程といってもだ…世界を滅ぼせるものは安易に使っちゃダメだ。
…耳をすましても相方の声も聞こえやしない。魂が分離が成功したから喜ぶべきなんだろうけど。
まずいなぁーこれは大変なことになった。
やばいやばい。どうしよどうしよ!
僕これからどうやって生活してけばいいんだよ!外は危険いっぱい夢いっぱいに追い剥ぎだらけ。
いつ襲ってくるかも分からない隣人をどうやって武力制圧すればいいんだ!!
やべえ…ここでどうやって生きるか考えねえと。
「そっか。ここじゃ魔法使えないんだ。」
自分で事実の再認識をして急に力が抜けて床に座り込んでしまう。あぁ、そっか。
科学技術を中心としてるこの世界だったのを何もかも忘れていた。
何を原理動作としてオートマチックに演算されて動くのかが違うだけで。
ここでは、一人の突発した才を持つものに特別な価値はない。
だったというのは、もう本当に忘れてしまっていたからだ。
立ち上がると発狂寸前の顔が鏡の前にあった。驚愕して頬を両手で押さえているのは僕自身だ。でも、妙にふらつくし違和感はある。
科学技術ってすげえんだな。
黙々と蛇口を捻りマグカップに水を入れていく。
暗い中でも透き通った色だ。
飲んでみて…久々に水が美味いと思った。味覚が戻った?前からこんな感じだったか?
たったコップ一杯の水。それだけで僕は自分の価値観を揺らがせていた。
もしかしてだが。いや、そのまさかだが。
試しに石鹸を嗅ぐと淡い匂いを感じ取れた。
うん?
嗅覚が戻ってるだと!?
なるほど。とするとだ…味覚も戻ってることになる。
ん? あれは? もしや。
おー。なんてことだ、ずっとモノトーンな毎日だったけど色彩認識もできるのか。
目に焼き付けのは部屋の隅にある青色の道着だ。
自分自身のルーツなど忘れるわけもない。
「待て待て…?どうしてこんなに劣化してないんだ……」
軽くボロボロになるぐらいにはあそこにはいたのだ。それこそ三十年六十年は超えてる。
こんな綺麗を保持できるほどこの世界は進んではいない。
部屋に飾ってあったカレンダーを見たが、すべてバッテンされていた。
うーむ…これだけじゃ何も理解できん。
そうだそうだ。そういえばだ。
まだ剣の道を踏み外していないのは丁度異世界でサバイバルを始める前の時期だった。
ということはだな。
僕のこの身体といい、言えることはただ一つ。
ふぅーっと大きくため息をついて、結論を出した。
「僕高校生じゃん。まじか。」
本当の感動ってやつを久々に味わった。
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