スピーカー


 学生時代にKくんから聞いた話だ。

 Kくんと私は当時から仲が良く、互いの家に遊びに行ったりした。

 だが、ある時から突然、今日はちょっと……といった感じで、Kくんが自分の家に私をあげるのを避けるようになった。

 だからといって、それ以外で付き合いが悪くなった、一緒に遊んでいて態度が悪くなった、ということはない。

 こちらから避けられるようなことをした心当たりも私にはない。

 ただ、Kくんが自分の家にあげることだけはしない。

 そしてよくよく考えると、家に上がらせてもらえないのは私だけではなかった。Kはある時から、誰かを家に呼ぶのを止めたのだ。

 デリケートな理由であることも考えられたが、その時の私は、自分の疑問を解消することしか頭に無かった気がする。

 だから、ストレートにその疑問をぶつけた。

 Kくんはその問いに対して、少し躊躇った後、誰にも言うなよ、と頭に置きながらこう言った。

「……姉さんがさ、なんか、おかしいんだよ」

 Kくんの姉の事は、私も知っている。確か大学生の、優しそうな女性だった。

 お姉さんがどうしたのかと聞くと、Kくんはなんとも困った顔で言った。

「歌うんだよ」

 別に歌うくらい良いだろう、と私が言うと、Kくんはお前が想像してるような感じじゃないんだ、と言った。

 Kくん曰く、姉は普段は普通なのだというただ、一日のある時間……夕方くらいになると、急に歌い始めるのだという。

 その歌い方が、尋常のものではない。

 床に四つん這いになり、天井の方を見ながら、白目をむいて歌っているのだという。

 何を歌っているのかと聞くと、Kくんは首を横に振った。

「正直、分からない。そもそも、何語の歌なのかも分からない。日本語じゃないとは思うんだけど」

 それじゃあ、歌かどうかすらそもそも分からない。ただのうめき声とかじゃないのか。

「それは、分かるんだよ。だって毎回、同じだから。リズムとか音程とか、聞いたこと無い歌だけど、間違いなく歌だって事はわかるんだよ」

 Kくんの姉は家族の誰が止めてもその歌を歌うことは止めないが、歌い終わるとけろりとしてその事に触れない、覚えてすら居ないのだという。

「姉さんはさ、スピーカーになっちゃったんじゃないかな」

 別のなにかに接続されて、歌を歌わされるスピーカーに。

 Kくんの姉は、その後精神病院に入院したと聞いた。

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