掌編ホラー2023
下降現状
てるてる坊主
一児の母であるSさんから聞いた話である。
当時Sさんの子供は、自宅から徒歩圏内の幼稚園に通っていて、基本的にはSさんが歩いて送り迎えをしていた。
その日もいつものように、息子のYくんを迎えに行って、歩いて家路についた。長く続いていた雨も前日に止んで、今は雲ひとつない空模様で、歩いていて気分もいい。
そんな帰り道の途中。
「ねぇ、お母さん」
YくんがSさんに向かって言った。
「なぁに?」
「おっきなてるてるぼうず!」
Yくんが上を指差す。その先には、高層マンションがあった。あったけれども。
「うーん、何処の部屋?」
どの部屋にも、てるてるぼうずが吊るされているようには、Sさんには見えなかった。長雨が上がった後ではあるし、てるてるぼうずが吊るされていてもおかしくはないけれども……
そんな風に考えるSさんに向かってYくんが言う。
「ほらあそこ! 一番上の階の、端っこの隣!」
そう言われたので目を凝らして見た。Yくんが示したその部屋にはカーテンが掛かっておらず、てるてるぼうずが吊り下げられていた見えそうなものだけれども、やはりSさんにはてるてるぼうずの姿は見えない。
「うーん、見えないなぁ……」
「えー、あんなに大きいのに?」
変なの、とYくんは笑う。Yくんには見えて自分には見えない、もしかして目が悪くなってきているのかもしれない、とSさんは考えて、その日は帰った。
翌日、同じ帰り道。
「おかあさん、おっきなてるてるぼうず、今日も有るよ!」
Yくんがまた、同じマンションの同じ階を指差す。
おや、おかしい。雨上がりの昨日はともかく、今日も昨日に続いて天気はよく、てるてるぼうずの必要は無さそうだ。
言われてみてみても、Sさんにはやはり、てるてるぼうずは見えない。
「えー、やっぱり見えないなぁ……」
「あんなにおっきいのになぁ」
不思議そうに言うYくん。その言葉が気になって、Sさんは聞いてみた。
「大きいって、どれぐらい大きいてるてるぼうずなの?」
「うーんと、お母さんと同じぐらい」
言われて、Sさんはどきりとした。
そんなに大きいてるてるぼうずが、見えないなんてことが有るだろうか。あの部屋には、カーテンが掛かっていないんだから、遮るものなんてないというのに。
いや、それ以前に、カーテンが掛かっていないということは、あの部屋は空き部屋だということになる。そんな所に、てるてるぼうずなんて吊るされているわけがない。
あのマンションは購入にも抽選が必要なくらい人気があったはずなのに、空き部屋があるのも何か変な話だ。
そもそも、そんな大きなてるてるぼうずなんて……
そう考えて、Sさんは血の気がさっと引いた。
Yくんの手を引いて、その日は早足で家に帰った。
てるてるぼうずが何なのか、その部屋がなんなのか、Sさんには調べる勇気はない。
一つだけ確かなのは、初めてYくんがてるてるぼうずを見つけてから一年経った今も、その部屋は空き部屋のままで、Yくんは帰り道にその部屋に目をやっているということだけである。
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