第10話 トカゲとシャベルとメリケンサック

 ああ、なんという事だ。

 9999個の土が必要になっただけで十分すぎる珍事だというのに、こう何人も俺が掘った穴に落ちてくるものか?

 1人で落ちてきてくれた司祭服の女性、モルモさんはまあ良い。適当な場所にファストトラベルしてもらえば済む話だ。……まあ、今生きているのかは不明だが。


 問題はもう1人と1匹の方だ。

 アバターだけはイケオジと言っても差し支えのない出来なのだが、巨大トカゲに下半身を咥えられた状態で騒いでいる絵面があまりにも滑稽すぎる。


「なんで穴がこんな所にあるのだね!?イヤーーー!死にたくないー!……え、人?プレイヤー?……すまない、そこのキミ。……助けてくれ!早急に!私が死ぬ前に!」


 ……助けを乞う前にカッコつける必要、ありました?

 俺の掘った穴に落ちてきた以上、モンスターを倒すのは必須事項だ。……でも、この人が咥えられている様をもう少し眺めていたい気持ちもある。


「どうして眺めているのかね!?そこで、突っ立って!アレだぞ、私が死んだら次はキミが食われる番だからね!?今のうちにコヤツを倒すのが最も賢い選択だと思うなああああああ!?」


 ……トカゲに投げられて、その辺の壁に激突した。

 最後まで見た目とその他全てが一致しなかったけど、いい人だった。多分。


 惜しい人を亡くしたが、ともあれこれで何も気にせず戦える。

 シャベルを構え、巨大トカゲに突撃する––––––––!


「まずは……”アイテム・キャノン”!かーらーの、”スクリュー・ディグ”!」


 ”アイテム・キャノン遠距離攻撃”で牽制しながら、必殺の”スクリュー・ディグドリル”で削り取る。

 まだ使える技の少ない俺にとって、なくてはならない鉄板コンボだ。

 そして、”アイテム・キャノン”の真価はそのにある。


 1秒に1回、ほぼノーコストで撃てるそこそこ強力な遠距離攻撃、というだけで強いのは当たり前。

 その上で、”アイテム・キャノン”は撃てるのだ。

 走っていようが、空中にいようが、他の技を使っている最中だろうが、いつでも。


 つまり、”スクリュー・ディグ”を使っている最中であっても、”アイテム・キャノン”を使うことで、敵に与えるダメージは加速する!


「”アイテム・キャノン”、”アイテム・キャノン”、”アイテム・キャノン”!」


 巨大トカゲの脇腹?を魔力の渦で削りながら、土の弾丸を撃ち込み続ける。


 巨大トカゲは叫び声を上げ、穴の壁を伝って上に逃げようとした……が、未遂に終わってしまった。

 他ならぬ、トカゲに潰されていた自称ヒーラーの手によって。


「モルモさん!?良く生きて……え、何でそんなに跳躍して––––––––!?」

「モンスター風情が、よくも踏み潰してくれましたね!?次は貴方が床を舐める番ですよ!””!」


 トカゲの頭に拳がめり込み、そして地面にもめり込む。

 何がヒーラーだ。殴る事しか考えていない脳筋だろ、その火力。

 ……さすがに、光となって消えていく巨大トカゲへ同情するな、これは。


「はー……良かった、何とか死ぬ前に殺せました。バランさんもご無事なようで何よりです。……ところで、そちらの方は誰でしょうか?」

「へ?」

「何だね、その間抜け面は。まるで死人でも見た様な……さては、この私が笑いを誘う三枚目だと思っていたな?残念、私は歌舞伎なら二枚目、色男にして優男と言う訳だ。最悪の顔合わせだったが、どうか勘違いしないで頂きたい!」

「はあ……」


 顔と声が良いだけに、余計頼りなさと面白さが上乗せされている。

 ただ、悪い人でもなさそうだ。

 あまり関わりたくない人である事にも、全くもって変わりないが。


 モルモさんは……無言。無言の笑顔でじっと目の前の不審者を見つめている。

 笑顔なのが余計に怖い。

 しかし、そんな張り詰めた空気の中でも臆する事なく彼は話を続ける。


「ああ、自己紹介はまだだったな。私はダンプティ、見た通りの高潔な騎士だ!こうして出会ったのも何かの縁、私にできる事なら何でも手伝おう!」

「俺はバラン。シャベルで戦っているが、それ以外は何の変哲もない一般プレイヤーだ。……ぼちぼち頼む、ダンプティさん」

「私はモルモ、ヒーラーです。ところで私、自身の体力回復と検証を兼ねてやりたい事がありまして……ダンプティさん、少しこちらへ来ていただけませんか?」

「お安い御用だ!……立っているだけで良いのか?」

「ええ、大丈夫ですよ。それでは力を抜いて、目を瞑って、耳も塞いで下さいね」


 あー……なんか、嫌な予感がする。

 グッバイ、ダンプティさん。

 あんたの事、夕飯までは忘れないぜ。


「では、失礼します!」


 モルモさんの拳は美しい軌道を描き、ダンプティ氏の顎に直撃する。

 強烈な一撃を貰ったダンプティ氏の体は宙に浮き、背中から地面に落ちた。

 間違いなく一撃KO、もう彼が起き上がる事はないだろう。

 せめて、安らかに眠れます様に––––––––


「––––––––なんで!?何故に私は殴られたのだね!?あと回復ってあれか、お前を殴れば気分も晴れるとか、そういう精神的なものなのかね!?」

「いえいえ、ちゃんと肉体的な、私のスキルによるものですから。プレイヤー相手だと発動しなかったので、実験は失敗ですが」

「だったら、私は殴られ損じゃあないかい!?」

「……このゲームにPKプレイヤー・キルが無くて良かったですね、ダンプティー氏。でもモルモさん、流石に説明なしで殴るのはどうかと思いますよ?」

「いやいや、説明があっても殴られたく無いからね!?」

「世界の進歩に犠牲は付き物ですから。運が悪かった、と納得して頂ければ」


 この人、強さの代わりに道徳心と倫理観を失っているな?


 ––––––––何故こうも落ちてきた人が2人とも関わりたくない、正確には月1以上の頻度で会いたくないタイプなんだ。

 

「……とりあえず、この穴から出ません?」



 


 


 

  

 

 

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