第9話 何でシャベルを使ってんだろうね

 普段の平原から離れた新天地で、

 ……いや、別に好きで掘っている訳ではない。

 断じてこれが趣味になったとか、土を掘っていないと手が震えるなんて事はないのだと、声を大にして言っておきたい。

 これには、深い深い、俺が今掘っている穴より深い訳があるのだ。


 先日、クエストの報酬として入手したスキル、”ウェポン・アルケミー”。

 ボスを討伐した事によりレベルが30まで上昇した俺は上機嫌で魔力を上げ、その流れでスキルの説明文を読み、早速使おうとした。


 そのスキルの効果とは、”一定量の素材を使用し、武器の複製を作成する”というもので、俺は当然を使ってシャベルの複製を作ろうとし……そこで表示されたメッセージに絶望したのだ。


 ”このスキルを使用するには9999個の土が必要です”


 持っている訳がない。いくら弾薬として土を使うからって、そんな法外な量の土を持っている訳がないんだよ。

 だからといって、折角の新スキルを使わないで眠らせておくのも勿体無い。

 ……という訳があって、今俺は海の見える崖で大穴を掘っているのだ。残念な事に、もう海は見えなくなってしまったが。


 今の俺の能力値では、一回掘るごとに2個の土が手に入る。一回掘るのには大体5秒かかるので、DPSdig Per Secondは0.4。控えめに言ってもクソ雑魚だ。

 腰を据えて掘る分にはともかく、戦闘中に”ウェポン・アルケミー”を使用するのは不可能に近い。

 本音を言うとシャベルではなくショベルカーが使いたいのだが、剣と魔法の世界には存在しないシロモノだろう。


 泣き言を言っても仕方がないと己を律し、地面にシャベルを突き立てた所で、プレイヤーの物と思しき悲鳴が聞こえる。

 

「だっ、誰か!誰か助けてくださいー!それか殴らせてくださーい!」


 殴らせて?救難要請にしてはやけに物騒だが、モンスターに追われているのなら助けたい。

 助けたい、のだが……


 残念な事に、俺は穴から出られない!

 自分で掘った穴が深すぎて出られないとか、本当にあるんだな。

 ファストトラベルがあるから死なないと思って油断していた。すまない、見知らぬプレイヤーの方よ。

 決して見て見ぬふりをしたのではなく、こちらにも事情があったと理解していただければ!


「誰かー……いや、もういいです。もはやこれまで、海に飛び込んで最後のチャンスに賭けるし––––––––穴あああああああ!?」


 あ、落ちてきた。 

 しかも顔面から。痛覚のない世界ではあるが、何というかとても痛そう。


「ええと……大丈夫です……?」

「あ、ご心配いただきありがとうございます。少し落下ダメージはありましたが、全然大丈夫ですので。ところで、貴方もこの落とし穴にハマってしまったクチでしょうか?お互い、災難でしたね」


 司祭服がモチーフの装備……確か、初期装備の内の1つがこれだった筈だ。

 初期装備のままという事は、彼女も俺と同じく初心者なのだろう。

 

 さて、問題は。

 俺もこの穴に落ちてしまった被害者だと思われている点だ。

 そもそもこれは落とし穴ではないし、まさかプレイヤーが落ちて来るとも思っていなかった。

 どうすれば、穏便に誤解を解けるだろうか。


「まあ、袖振り合うも多生の縁と申しますし。時間が経てば誰かが助けに来てくれるかもしれませんので、ここはひとつ、自己紹介でもして暇を潰しませんか?」

「あー……はい、そうですね。ええと……俺はバラン、一応魔法使い?です」

「なるほど、バランさんですね。私はモルモ。ロール役割はヒーラーです。最近始めたばかりなので、まだまだ弱いですけど……回復役がご入用の時は、いつでもお声掛け下さいね」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。……ところで、そのヒーラーが持つにはあまりにも殺意が高い武器は……?」


 彼女……モルモさんの拳には、の様なものが握られている。

 そんな武器もあったのかという衝撃と、数ある武器の中で何故それを選んだのかと言う疑問が半々で脳内に存在している。

 まあ、どちらも俺が言える話じゃないんだが。


「こちらですか?恥ずかしながら、私は最近までこのゲームの仕様を理解していませんでして……この武器を装備した状態でスキルオーブを使ったら、拳用のパッシブスキルが出てしまったんですよ……まあ、楽しいので良いですけど」

「おお、まさか同じ境遇の人がいるとは!実は俺も、最初に貰ったスキルオーブをこのシャベルを持って使ってしまったんですよ!」

「へー!……シャベル、ですか。へー……もしかして……」


 しまった、墓穴を掘った!

 やばい、死ぬ。あのメリケンサックで殴られて死ぬ。

 

「もしかして、この穴の壁を掘って上に行けるのではないでしょうか!ほら、階段みたいに掘ってですね!」

「そうじゃないだろ!?俺が!この穴を!掘ったんだよ!」

「え、ええ!?何の為に!?このゲーム、土を掘っても何もないですよ!?……すみません、熱くなり過ぎました。ですが、折角のフルダイブなのに、何でそんな事をしてるのでしょうか?」

「……それは、スキルの関係で……いやほんと、なんでこんな事をしてるんでしょうね……折角の休日に……」


 駄目だ、ある種深夜テンションの様だった精神状態から、現実に引き戻されてしまった。

 俺は何故土を掘っている?

 そもそも、俺は何故シャベルで––––––––いや、これ以上考えるな。


 縛りプレイに意味を求めるな。

 これは、元より自己満足の為だ。そこに強さも、効率も求めてはいけない。


「えっと……急に黙って、大丈夫ですか?」

「すいません、心配をかけました。己の存在について見つめ直していただけですので、ご心配なく」

「大丈夫じゃないですね!?……ってあれ、何でしょうか、この音は」

「本当ですね。エネミーの鳴き声……と、誰かの悲鳴?」

「……誰か、あのモンスターに追われているのでしょうああああああああああ!?」


 ……なんか、落ちてきた。

 でかいトカゲみたいなのが、騒いでるおじさんを咥えた状態で、しかもモルモさんの上に。


 俺、今からあのトカゲと戦わないといけないのか?

 ……ああ、なんて厄日だ!


 






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