第5話 メンテ明けでもシャベルを握る
本日は土曜日。
仕事も何もない、絶好のVRMMO日和だ。
昨日は緊急メンテナンスによって泣く泣くログアウトする事となったが、今日は大丈夫だろう。
食事は済んだ。
フレンドへの連絡もOK。未読スルーされたが、まあどうせ寝ているのだろう。
さあ、準備は整った。
夢と冒険と豊かな土壌の溢れる世界へ、いざ旅立とうではないか––––––––!
* * *
「アイテム・キャノン!」
慣れた……というより、正直飽きてきた掛け声と共に土を放つ。
昨日の緊急メンテナンスは、朝5時には既に終わっていた様だ。
メンテナンスの内容は、”ダンジョン、及びフィールドに出現するボスモンスターの種類、強さがランダムとなっていた不具合の修正”との事で、あの最強のシャベル使いモグラもバグによって出現していたのだろう。
いわゆる詫び石の様なものとしてスキルオーブが使われたが、折角ならカプリスと共に騒ぎながら使いたい。
新しい場所の探索もカプリスが起きてからやりたいので、今は仕方なくレベリングに勤しんでいるという訳だ。
当初は初期スポーン地点である始まりの村近くの敵を狩っていたが、”アイテム・キャノン”は火力だけなら高いらしく、今は少し遠出してゴブリンと戯れている。
スキルで土の弾丸を放ち、次のゴブリンが近付いて来るまでの間に土を掘って弾薬を補充する。
当初魔術師の予定で始めたこのゲームだが、現在すでに基礎装備がシャベルとなってしまった。ローブを身に纏ってはいるものの、今の俺を見て魔術師だと思う人間は存在しないだろう。
ずっとシャベルを使っていると、他の武器に持ち替える日が本当に来るのか不安になってくるが、まあ進めていけばシャベルで勝てない敵も出てくるだろう。
だが、殴ってよし杖としてもよし、当然土を掘ってもよしの便利性能は素晴らしいもので、使えば使うほど手に馴染んでいく。
……どんどん剣も魔法も遠い存在になっている気がする……
そんなこんなで1時間ほど経ち、レベルも6から10に上がった頃。
手に入れたポイントを全て魔力に振り分け、そろそろ別の事をしようか考えていたところ、軽快な通知音と共にメッセージが届く。
送り主はカプリスだ。
”ここに来て!初期リスポーンから遠くはないし、すぐ着くから!”などど言うメッセージと共に、地図の画像が添付されている。
このゲーム、フレンドとのゲーム内チャットがとんでもなく充実している。
メッセージを送ったり、ボイスチャットを繋げるのは当然のこと、スクリーンショットを送ったり、入手したアイテムの情報を共有する事もできる。
今回の場合、カプリスはスクリーンショットととして保存した地図の画像を送ってきたという訳だ。
……いや、何処だよ!
初期リスポーン地点の近くと言われても、俺はまだそこまで探索していない初心者だぞ!?
地図で示されても、全くピンと来ない。
仕方なく自分でマップを開き、送られてきた画像と見比べる。
カプリスから送られてきたマップのほとんどは森……だろう。
初期リスポーン地点の近くにある森は2ヶ所。
俺の目の前にある”小鬼の森”と、森の中に泉が存在している事が特徴の”妖精の森”だ。
……うん、どちらなのか全く判別がつかないな!
仕方ない。普通にチャットで聞いておくか。
『カプリス、この地図だけじゃ何も分からん。初期リス地点の近くに森は二つあるんだ、せめてどっちの森かは教えてくれ』
ゴブリンの出現する場所から少し離れつつ、メッセージを送る。
––––––––追ってくるゴブリンに土を放っていると、返信が来た。
『あ、ごめん。妖精の森の方ね、地図の場所は。昨日の緊急メンテのタイミングで、クエストが追加されてたみたいだったから。初期リスの近くなら難易度も低い筈だし、面白そうだから一緒にやろうかと思って』
『……クエストって何だ?』
『え?始まりの街の方にもいくつかあったよ?』
『今まで俺の俺がやった事って、土掘ってモグラにワンパンされただけなんだよ。……要するに、クエストなんてただの一度もやってねえ』
『いやー、なんかごめん』
”そうだそうだ!お前のせいでメイン武器がシャベルになったんだぞ!”とでも送ってやろうかと思ったが、シャベルで戦い続けているのはただの趣味なので決して人のせいではない事に気が付いた。
誰が悪いかと問われたら、間違いなく俺が悪い。
まあ、愚痴を言っても意味がない。
「……あ、居た。良くもまあ、こんな分かり辛い場所に地図一枚で辿り着けると思ったな」
「はは、滅相もございませんー。……で、今回の主題はそこの石碑。クエストアイコンが出てるでしょ?私のパーティー申請も送っといたし、適当に承認しておいて!」
「はいはい、了解しましたよ、パーティーリーダー」
チャットで飛んで来たパーティー申請を認証して……ん?
何気ない申請の認証画面の端に書かれた情報に、俺は目を疑う。
確かに、彼女は自分がトップクラスに強いと発言していた。
その事自体を別に疑ってはいなかったが、それでも。
こうも圧倒的な証拠を突き付けられては、畏敬の念を抱かざるを得ないだろう。
––––––––レベル100。
現バージョンにおけるレベルカンストを示す数字が、彼女の名前の側には表示されていた。
「お前、この2ヶ月どんなスケジュールで過ごしてたんだ……」
「……普通だよ?うん、普通。ちょーっと最初の方は睡眠時間も削ったけど、最近はそういうのも減ったし」
「そうか、体は大切にな?睡眠不足は死に直結するから、本当に気を付けろ」
「経験者は語る、って奴ですね」
「……まあ、そういう事だ。それより、さっさと始めよう」
「はーい。じゃ、クエスト追跡っと」
クエスト”錬金術師の工房を発掘せよ!”を追跡します。
表示されたクエスト名に一抹の不安を感じながら、遠くに表示されたクエストマーカーに向かって進むカプリスを追い、俺も走り出す。
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