第3話 シャベルで殴る戦闘術

 暗い洞窟の中を、壁に掛けられた松明の灯りを頼りに進んで行く。

 ––––––––正直な所、かなり怖い。

 

 俺は閉所恐怖症な訳でも、暗所恐怖症な訳でも無いのだが、現実と区別のつかないVRMMOという物が初めてなのも相まって、このジメジメとした洞窟に入ってはや数秒で陰鬱な気持ちになってきた。

 もしや、俺は中々にチキン臆病者だったのか?


「あ、この先の空間にモンスターが居そう。構えて!」

「了解。凄いな、そういうのも分かるのか」

「私の持ってるスキルの……何だっけ。名前は忘れたけど、壁越しに敵が見えるパッシブスキルがあるんだよね。そうそう、私は戦わないから頑張って!」

「ここ、初心者向けのダンジョンだもんな。お前が戦ったら大抵の敵は一撃で終わりそうだ。いやまあ、どんなビルドを使ってるのかは知らないが」

「それは企業秘密ってものですよ。いや、企業じゃないですけど……っと、前、前見て!もう敵来てますよ!」


 カプリスに言われ、急いで前を見る。

 そこに居たのは、洞窟の岩肌をぬめぬめと這うゲル状の物体。

 

 所謂、スライムと呼ばれる魔物だろう。

 数は2体。動きが遅いので、的こそ小さいが俺でも魔法を当てられる筈だ。

 少し後退りながら杖を構え、スキルを使う。


「”アイテム・キャノン”!」


 放たれた土の弾丸は勢いよく飛び、スライムに命中する。

 ––––––––食らったスライムは破裂し、光の塵となって消えていく。

 

 あと1体。落ち着いて杖を向け、スキルを放った––––––––瞬間、スライムは高速で俺に向かって突進してくる!


「っ!あ、待て、やめろ、こうなったら杖で殴るしか……駄目だ、ダメージになってねえ!」

「やばい、人が一方的にスライムにボコられてるの面白すぎる!」

「後で覚えてろよマジで!ああもう、なんか視界が赤くなってきたんだけど!?」


 このゲームに体力ゲージは無い。

 その代わり、体力が減れば減るほど視界が血で染まっていくのだ。

 詰まる所、俺はそろそろ殺される。

 

 今から魔法を乱射するか?

 いや、俺にはどう考えても当てられない。

 悔しいが、クソエイムというのVRMMOでも治る事はないらしい。


 懲りずに杖で殴るか?

 いやいや、それこそあり得ない。

 どう考えても、殴り倒すよりなぶり殺される方が早いに決まっている!

 せめて剣か杖より重い鈍器があれば、あるいは––––––––


 視界が赤で染まる。死を前にして思考が巡る。

 そして、杖よりも長い時間使ってきた道具の存在に思い至る。

 少なくとも、杖よりは強い筈だ。

 まあ、それはあくまでも現実の話。このゲームでもその通りかは分からないが。

 急いで装備欄を開き、武器を切り替える。

 

「食らえ、!」


 0.1秒で考えた馬鹿丸出しの必殺技名を叫びながら、全体重を掛けてシャベルをスライムに突き立てる。

 

 スライムは光の塵となり、霧散した。  

 

「……勝った。勝ったぞ畜生!何で俺はスライム相手に苦戦しているんだ!?」

「うん、おめでと。……必殺……ふふ……シャベル……」

「やめろ、シャベルで殴るぞ。生き埋めにすんぞ」

「はは、ごめんごめん。ほらこれ、回復薬。使っときなよ」

「助かる、ありがとう」


 投げ渡された小瓶を開け、中に入った緑の液体を飲み干す。

 体から痛みが引くのを感じる……いや、別に痛覚がある訳ではないのだが。

 ともあれ、視界に垂れていた血の表示は消え去った。

  

 スライムに負けかけた黒歴史が何だというのだ。

 自分にそう言い聞かせながら、気持ち胸を張って洞窟を進む。


 それから少し進むと、急に視界が開けた。

 洞窟の中であるにも関わらずその広い空間には光が差し、草が生い茂っている。

 閉鎖的な洞窟からの一時的な開放。

 カプリスが何やらニヤニヤとしている気がするが、気のせいだろう。

 一時的に、芝生の上に腰を下ろす。


「ゲームならではだよな、こういう幻想的な空間ってのは。買えて良かったよ、本当に」

「うん。いやあ、バランがこのゲームを気に入ってくれそうで何より!私の友人も、バラン以外はまだこれを買えてないしね。私も当分は暇しなさそうで助かるよ」

「マジで!?やっぱそうなのか……俺の方も買えた報告してる奴は居なかったしな」

「そっちもかー。あ、来る」

「は?来るって、何が––––––––」

 

 唐突に視界が動く。

 座っていた筈なのに、急に目線が高くなる。

 そう。

 ––––––––飛んでいる。が。

 正確には、吹っ飛んでいる。

 

 落下ダメージは無い高さだが、そもそもどうして吹き飛ばされた?

 盛大に尻餅をつきながら、辺りを見回す。


「モグラ!?」


 一見可愛らしい生き物が、明確な敵意を持ってこちらを見ている。

 ずんぐりとした体に、とても鋭く尖った長い爪。

 スライムより強い敵である事は疑いようが無いだろう。


 杖に持ち替える暇はない。というより、意味が無い。

 チュートリアルで一回だけ魔法を使ったが、そのスキルには”杖限定”の文字があった。だが、アイテム・キャノンにはそれが無い。

 つまり、使という訳だ。多分。

 

 勢いよくモグラに殴りかかり、倒れたところにシャベルの先を突き立てる。

 

「吹き飛べ、”アイテム・キャノン”!」


 冷静になってみればかなり巨大だったモグラも、土の前には無力。


「おおー、凄い。そいつ、結構体力多い筈なんだけど……もしや、そのスキルって結構強い?」

「だったら助かるんだが。現状、唯一の攻撃スキルだからな」

「だね。ところで、地面の異変には気付いてる?」

「……ああ」


 芝生が、地底にいる何者かによって荒らされている。

 何者によって?決まっている。

 先ほどのモグラだ。


 最低でも5体以上のモグラが土の中を掘り進み、俺たちを狙っている––––––––!


「よし、逃げよう!このダンジョン、ボス部屋とかあるか!?」

「あるよ、この先を真っ直ぐ進むだけ!」

「よし、だったらそこまで一直線だ!走るぞ!」


 2人分の足音と、大量の土を掘る音が静かな洞窟に響く。

 

 追ってくるモグラから、飛んでくるコウモリから、落ちてくるスライムから逃げ、何発か攻撃を喰らいながらもボス部屋と思しき空間を視界に捉える。


「よし、飛び込め!」


 うん、まさか。

 本当に事になるとは。


「げ……何でホントに落ちてんだよ、俺––––––––!?」    


 

 

 







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