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 気がついた。おかしいな。さっきさすがに腿がだめになったと。思ったのに。


 彼女がいた。

 腿の辺りを抑えて。動かない。硬直している。


 そっか。


 屋上に行きたかったんだな。

 そっかそっか。


 腿を押さえ付けられてるから、身体にまた血が回ったというわけか。


「よし」


 行くか。屋上。

 真っ赤に染まって、腿を抑えて硬くなっている彼女を、腿ごと上に引っ張っていく。しばらくたつと、人間はこんなにも硬直するものなのか。天然の包帯みたいだな。真っ赤だけど。


「よいしょ」


 一段ずつ。一段ずつ。屋上まで。階段を、上っていく。ひとつ上がるごとに、硬直した彼女が階段の縁に当たって、がちって、音をたてる。


「行くぞ」


 屋上に。

 いつものように、彼女に料理を手渡して。美味しそうに食べるのを見ながら。横でゆっくり寝るんだ。だから屋上に。


「屋上までもう少しだぞ」


 彼女の反応はない。かわりに、上ったぶん、硬直した身体が音をたてる。


 彼女の位置がずれたらしい。ちょっと血が足りないかも。くらくらしてきた。取り戻した意識が、血と共にふたたび消えていく。なくなっていく。


「解放されたんだろ」


 殺してきたんだろ。ぜんぶ。


「自由なんだろ」


 組織も警察も、もうないんだろ。


「あとすこしだ。あとすこし。あとすこしだから」


 応えてくれ。いつも通り笑ってくれ。

 願うだけで。彼女は腿の辺りを押さえつけたまま。もう真っ赤で、よく見えない。


「ほら。もう屋上に」


 さすがに。

 無理か。

 ここは何階だろうか。

 空が見たいと思ったけど。窓もなかった。暗い。目が見えていないだけか。

 彼女は、自由になっただろうか。夢が見れるような、そんな死だっただろうか。少しでも、ゆっくりできたらいいな。

 ただ暗いだけだった。せめて、最後は星ぐらい見たかった。彼女を抱き寄せようと思ったけど。力が入らなかった。見えているのか、見えていないのか。感覚があるのか、ないのか。

 だんだんと曖昧になっていって。

 消えた。

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