魔女と黒猫


 次にミャンファは、立派な漆黒の毛を持って生まれた。ミャンファを覗き込んでいたのは、優しげな顔の女だった。


「おまえ、名前は?」

 名前をつけられたことはあれど、名前を尋ねられたことは初めてだった。「ミャンファ」と答えると、彼女は「そう」と言った。


 自分が人間の言葉を話したのか、彼女が猫の言葉を理解したのか、どちらなのかは分からなかった。



 彼女はいわゆる魔女というものだった。ミャンファは魔女の使い魔として見いだされたのだ。魔女いわく、たましいの旅を重ねた猫は、魔女の使い魔としてとても優秀なのだという。


 ミャンファは、自分の旅のことを話した。ユキエという人間を探していること。ユキエは海を渡った先にいること。前の生で海を渡りはしたけれど、結局ユキエは見つけられなかったこと。


 魔女はミャンファの話を聞いて、おかしそうに笑いながら、古びた地球儀をくるくる回した。

「そりゃあおまえ、海と言ったってこんなにあるからね。ユキエさんが渡っていったのは、どこの海なの」


 そう尋ねられて、ミャンファは力なくうなだれた。ユキエと出会った場所がどこなのか、ミャンファは知らなかった。ユキエがどの海を渡っていったのかも、知るはずがなかった。


「それじゃあ、探しようがない。だけれど、ユキエという名前の響きは、日本人の名前のような気がするね」

 魔女は地球儀のある一点を、細い指で指し示した。それは、四方を海に囲まれた大きな島だった。


「それで、おまえはどうするの。魔女の使い魔になれば、残しているたましいの数にもよるけれど、向こう百年は生きられる。おまえ、何度目の生なの」


 ミャンファはこれで、六度目の生であることを説明した。そうすると、あるじとなる魔女の力量にもよるけれど、あと五百年程度は生きられるのだという。

 だけれども、呑気に五百年も生きていたら、その間にユキエは死んでしまう。早くユキエを探さなくては。


「ユキエさんは、もう死んでいるかもよ。生きていても、おまえのことなど覚えていないかも」

 魔女はそう言ったが、そんなことはミャンファもとっくに承知しているし、そうだとしても構わないと思っていた。


 ユキエが死ぬまで彼女を温めようという、その誓いのために、ここまで来た。しかし長い長い旅の果て、目的は少しだけ変化していた。


 ミャンファはただ、もう一度、ユキエに会いたかった。ユキエがもはやこの世に存在しないならば、それを確かめて、さよならと呟きたかった。


「目的は動機となり、執着は愛へと変わったのね」

 魔女はミャンファをひと撫でして、「いいでしょう」と手を叩いた。

「わたくしが、おまえのあるじとして、きっちりとおまえの面倒を見ましょう」


 そしてそのまま、加えて二度、手を叩いた。すると、光という光が魔女へ集まり、夢のように踊りながら、ミャンファの体を包み込んだ。


「人間は運と努力によって奇跡を起こすけれど、魔女は魔法によって奇跡を起こすのよ」


 光の向こうで、魔女が笑った。

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