名もなき白猫


 ミャンファは初め、真っ白でふわふわの猫だった。しかしそれは最初のうちだけで、路上を生きていくうちに、白い毛は泥と垢とにまみれていった。人間は誰も、汚いミャンファに見向きもしなかった。


 ところがひとり、汚い野猫に構う人間がいた。それは、野猫と同じように汚らしい子供だった。

 恐らく、体温が欲しかったのだろう。子供は本来ならば大人の庇護を受けているべき年齢だったが、世の中の混乱が子供から家族を奪い去ったために、ひとりぼっちだった。ユキエという名前がありながら、その名前を呼ぶものはいなかった。

 ユキエは、野猫を捕まえては懐に抱え込んで暖を取っていた。ユキエの胸からお腹にかけて、まるで元からそこにはめ込んであったかのように、最も丁度よく納まったのがミャンファだった。


 ミャンファとしても、ユキエの体温や、ときどき背や耳のつけねを撫でる指先が心地よかったので、抱かれるがままになっていた。ミャンファの蚤がユキエに跳び移り、ユキエの毛じらみがミャンファの体毛を這って潜っていったが、両者ともそんなことは気にしなかった。


 身寄りのないユキエは盗みでしか食べものを手に入れることが出来ず、痩せて弱弱しかった。ミャンファはユキエがあまり長く生きられないだろうと思って、彼女を憐れんだ。そして、せめて彼女が息絶えるその日まで、彼女の膝を温めていてやろうと心に決めた。


 そしてその誓いこそが、ミャンファの長い旅の始まりだった。

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