第3話 純粋
翌朝、私は通常通り学校へ足を運んでいた。
本来ならば、今日からはコンクールチームだけで練習するので選ばれなかった私たちは行かなくてもいいのだが、夏休みが明けると文化祭があり、どうせやることも無いのでそこで披露する楽曲の楽譜を一足先にもらっておこうと思い立ったのだ。
まあ、練習は休み明けからやり始めるので、譜読みくらいしかできることはないのだけど。
けれど私の場合、やはりコンクールに参加出来ないことが悔しかったこともあり、せめて一般公開される文化祭では多くの人の目にとまっておきたい。そして今度こそ、コンクールメンバーに選ばれたい。
これを欲望だと言う人もいるかもしれないが、私にとっては立派な目標なのだ。
そしてそれを実現するためにはもっと練習が必要だ。はっきりと華やかな、それこそ有紗みたいな芯の通った吹き方ができる領域に私はまだ到達していないのだから。
浜江中学校は、毎年夏のコンクールで金賞をかっさらう、県内では有数の吹奏楽部強豪校だ。
部員は全員本気で練習に努めるため、この夏休み期間中もサボった人は一人たりともいない。
よくある「楽そうだから」なんて理由で入った人も何人かいたが、全体的にやる気に満ち溢れた雰囲気に押し負け、気づいた頃にはもう何人も退部届けを提出していた。
そのため、今残っているのは鍛え抜かれた精鋭たちのみで、ひとたび演奏を披露すれば、それはもう素晴らしい出来に仕上がっているのだ。
だが、一つ問題があるとすれば──部員の少なさだ。
県内有数の強豪校を名乗るにしては人数は少なく、加えて三年生が圧倒的に多いので、来年度の新入部員がそれを下回れば、間違いなく演奏の質は落ちるだろうと言われている。
そのため、顧問の仁井先生は新入生を誘い込むために何やら策を練っているらしい。何をしようとしているのかまでは分からないが、同じトランペット担当の友だちが教えてくれた。
さすがに廃部までは行かないだろうけど、人数減るのは張り合いがなくなるから嫌だな。
暗い廊下に上履きが擦れる音を響かせながら、まだ誰も来ていない音楽室に到着する。
いくらやる気があるからといって、さすがに早く来すぎた。幸い鍵は空いていて、シンと静まり返る音楽室を見渡しながら、すぐそばにあった机に荷物を置く。
「あ、トランペット……」
途端に思い出した。
そうだった、昨日はあのメンバーへの八つ当たりも兼ねて大事なトランペットをほったらかしで帰ったのだった。
ここに来てから余計に感じる。本当になぜあんなことをしてしまったのか。
自分に呆れながら探すと、確かにそこにあったトランペットは無くなっており、代わりにいつも収める棚を覗けばちゃんとそこにそれはあった。
自分でやったことなのに銀色に輝くトランペットを直視できないのは、少なからず彼女らに罪悪感を抱いているからだろう。片付けてくれた感謝の気持ちと申し訳なさが、胸の中を渦巻いている。
もうこんなことはこれきりにしよう。大切な大切なトランペットをキュッと抱きしめ、今回の己の行動に反省していると、突然ガラッと戸が開く音が聞こえて、入ってきた人物と目が合った。
「……あれ? 優香ちゃん。おはよう! あ、そうだ、それ昨日片付けるの忘れてたでしょ。先生に見つかる前に片付けといたよ!」
「え、あ……ありがとう」
「ううん、大事なトランペット傷ついたら嫌だもんね」
私もたまに忘れるから大丈夫だよ、と太陽みたいに笑う有紗の言葉一つ一つが、渦の中に入り込んでチクチクと刺さる。まるで私の意地汚さが浮き彫り出るようで、有紗を直視出来なかった。
「今日は自主練しに来たの?」
「ううん、文化祭でやる楽曲の楽譜を貰いに来たの。どうせやることもないから」
「わ、そうだった。夏休み明けたらすぐだもんね。優香ちゃん真面目だぁ」
「あはは、そんなことないよ」
笑顔が引きつっているのを隠すように、トランペットの入ったケースを押し込んで、棚に片付ける素振りをする。
私のつまらない悪意なんか、有紗は感じ取る前に笑顔で吹き飛ばしてしまう。このトランペットだって、おそらく真っ先に気づいて収めてくれたのだろう。
愛嬌のある可愛らしい笑顔を振りまいて、周りをも笑顔にする彼女は、私のトランペットなんかよりも随分綺麗に輝いて見えた。
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