アマタボシの宇宙 0章

 キーンコーンカーンコーン———

 何百回と聞いたチャイムが今日も鳴る。

 しかし、今鳴ったチャイムは年に数回の特別なチャイムだ。

 スマホを取り出して無意識に画面を付ける。

 うん、11時43分。…この数字を見たところで別に何かある訳でもない。

「ねえねえトラ! 明日、絶対に忘れないでね!」

 スマホの横に手のひらが現れた。

 顔を上げると、手の持ち主は親友で幼なじみのコミだ。

「はいはい、分かってるよ」

 同じようなやりとりは記録を伸ばして5日目だ。飽きないのかな。

「明日の朝6時30分、蒼風駅に集合。でしょ?」

「うん! それ!」

 先程鳴ったチャイムは一学期の最後のチャイム。

 つまり、このチャイムを以て私たちは約1ヶ月間自由の身なのだ。

「コミちも遅れないでね。と言うか私よりコミの方が心配なんだけど」

「うっ」

 目の前で私に話しかけてくるダークブラウンの髪をしたコミ。

 幼なじみだけど、私と違い超明るい。

「だ、大丈夫だよ! コミは今日18時には寝るんです。だから安心していいよ!」

 ドヤっているがこの人、なんと過去に遊園地に行く約束をして5時間も遅れたことがある。

「…なら遅れたら、二学期のお弁当1ヶ月間わさび入りね」

「わさび……」

 コミと名乗る少女はその単語を聞くや否や口をあんぐりと開けて、絶望した顔を私に見せつけた。

 その顔を鑑賞しながら私は片手に乗っているスマホのロックを解除して「LumiN」のトーク画面を開いた。

「…あ、帰りにリーニん家も寄ってかないと。既読付いてないし何かあったのかも」

 トーク画面にはコミ、トラ、そしてリーニの3人で作られたグループが開かれている。

「あー! 別のクラスだったから念押しできてないや!」

「———トラ! コミが先にリーニちゃんの家に着いたら罰ゲームのワサビ、半月だけにしてね!」

 先程まで100点満点の絶望顔を見せてくれていた少女はカバンを持って颯爽と教室の出入口へと向かって行った。

「あ! ちょっと!」

 罰ゲーム受ける前提なの?

「はぁ……追いかけるか」

 彼女を追いかけるように廊下へ出ようとした。

 しかし、コミの机の中に何かが入っているのが見えた。

 20分後

 ピンポーン

「リーニちゃーん! 念押しに来たよ〜!」

 2人は町外れにある少し豪華な一軒家にやって来た。

 ここは私とコミちゃんの友人であるリーニの家だ。

 インターホンから一言返事が聞こえて数秒、玄関の扉がガチャと開いた。

 ギィィ———

 玄関からは、白に少し水色を混ぜたような色の髪の毛をポニーテールにした女の子が出てきた。

 彼女がリーニ、中学からの友人だ。

「リーニちゃん! 明日の朝6時30分、蒼風駅に集合だから忘れないでね!」

 コミは元気よく右手を上にあげて左右にブンブンと振る。

「……忘れてないわよ。外は暑いし中で話しましょう」

 流石リーニ、コミちゃんの元気な振る舞いを上手く受け流してる。

「あ———、中涼しい〜」

「帰りのアイス楽しみにしてるからね」

「うぅ…分かってるよ」

 どちらが先にリーニの家に着けるか勝負だが、私が勝った。

 先に学校を出たのはコミちゃんだったはずなのに、何故か私が先に着いた。

「はい、これお茶」

 リーニは2人の前にお茶の入ったコップを出した。

…2人の前の椅子に座って前髪を指で整えると、小さな口を開いて話し始めた。

「———それで、明日の予定の話よね」

 2人はお茶をグイッと飲んでため息を着く。

「うん、グループLumiN作ったのに既読付かないから直接言いに来たんだよ」

 トラはスマホを取り出してグループのトーク画面をリーナに見せた。

「グループ………」

 リーニは目を俯かせて少し考え込んだ後、直ぐに2人の方を向いた。

「ごめん、ちょっと忙しくて見るの忘れてたわ」

 リーニはフッと笑顔になって、2人に謝罪の意を示した。

「まぁ、大丈夫だよ。リーニん家、大変でしょ?親いつも居ないし」

「ちょっと」

 そう。彼女の家にはいつも親が居ない。親戚に仕送りを貰いながら生活をしているそうだが、足りなくてバイト詰まり。学校に行くのは結構稀だそうだ。

「大丈夫よ、ありがとう。明日は一日中空けてあるから問題無いわ」

「良かった〜」

「あ、あとこれ夏休みの課題」

 トラは自身のカバンから数冊の冊子を取り出して机の上に置いた。

「うわー、多いね!」

「半分はコミの分だよ」

「!」

「なんで持ってくるの!? 折角学校に置いてきたのに!」

 わざとかい。足止めて机の中を覗いた甲斐があった

「課題は計画的にやらないと、出校日から始めるなんて間に合わないよ」

「中学校はそれで行けたから!」

「量が違う」

 コミはいつも出校日以降に課題をやり始める。…とは言っても殆ど私の答えを写すだけだけど。

「それだとコミちの為にならないから」

「……………」

 あ、黙った。どうやら諦めたみたい。

 この8年間、ずっと答え写させられたんだから今年こそはコミの手で終わらせてみせる。

 ———うるうると泣くコミと、2人のやりとりを見てくすくすと笑うリーニの前に課題を置いた。

「ありがとう」

「うん———」

 2人の前に課題を置いた途端、急に寒気が全身を這い巡った。

「ごめんリーニ、お手洗い貸してくれない?」

「ええ、勿論。入った扉を出て右に真っ直ぐ進んで左手にある1番目の扉ね」

「行ってらっしゃーい」

 トラは席を外してお手洗いに向かった。

「……………」

 ……手をハンカチで拭きながらトラはリビングの扉を開けた。

「コミち、もうリーニに明日のこと伝えたしそろそろ帰———」

 ……………。

 ……はあ

「ん〜! リーニちゃんのお菓子は美味しいね〜!」

 お菓子を食べている。ビスケット。しかもミルクバターの美味しいやつ。

 リーニは、美味しそうに食べるコミをニコニコした笑顔で見ている。

「ほら、コミ! 帰るよ!」

「うわあん、あと1枚〜」

 トラはコミの肩を持つと真上にグッと上げて無理やり立たせた。

「じゃあリーニ、忙しいのにごめんね?また明日」

 トラはカバンを持って机から離れようとした。

「これ」

「?」

 リーニが渡してきたのは…私のスマホだ。

「あれ?」

 そいえば私、トイレ行く時置いて行ってたのか。

「ありがとう」

 …トラはリーニの手からスマホを受け取り、玄関の扉を開けた。

「明日6時半に蒼風駅、忘れないでね」

「ええ」

「また明日!」

 2人は笑顔でリーニと別れを告げた。

 ガチャン

 外はまだまだ日が出ていて眩しい。

 最近の蒸し暑さはやはりおかしい。

 身体から服がベタつかない水が出たら良いのに。

「あっつ〜」

「帰ったらササッとシャワー浴びて寝よ〜……」

 流石のコミもキンキンに冷えた身体への暑さにはウンザリのようだ。

「明日の準備してから寝てね」

「もちろんだよ!」

 2人は駅の前に着いた。

「じゃ!」

 私の手元には4割ほど食べたアイスが1本。大好きなラムネ味だ。

「ん〜アイスありがとう」

「いいよ〜!」

 ———トラは幼なじみが改札を通って行くのを見届けて、駅に停めてあるマイ自転車の前に向かった。

 残ったアイスを一気に口の中へ押し込み、アイスの棒にティッシュを巻いてポケットに入れる。

 暑い日差しに負けないくらいの保冷剤の準備を整えたトラは、自宅に向かって自転車を走らせた。

 真っ青な宇宙。雲ひとつ無い。

 ……明日もこんな天気だといいな。


​───────

……こんにちは。読んで頂きありがとうございます。

本章は(イベントに参加するために)文字数の関係で省いていた章です。

パート的にはプロローグ➝1章の中間にあたります。

本作は文字数の関係で省いてしまった部分があまりにも多く、私個人としても心残りの多い作品となっています。

ミツルの過去、ユーレナちゃんの軌跡、ナト泉の現在、コミとトラの出逢い……彼らの物語を書き記すことは未だに叶っていません。

本来であれば本作で辿り着いた駅以外にも訪れるはずだった駅が数箇所ありました。

将来的に本ストーリーを書き直して完全な物語を残したかったのですが、多忙のためその願いが叶うのはかなり先になると感じたので、初期に書いてそのまま未公開となっていた部分をこのような形で皆様の目に映る状態にしました。

本章に書かれている内容は要所要所を既に公開していた章に移していたので齟齬や前後している部分があったと思います。そこは目をつぶっていただけると幸いです。

さて、本章では主に「彼女たちが如何にして旅行に行くことになったのか」「(メタいですが…)何故リーニの連絡先を持っていたのか」「コミはどこで異獣と出会っていたのか」等を描くパートとなっていました。

公開しなかった理由として、〝本章が無くても伏線が無くなるだけで読めなくはないだろう〟と判断したためです。

本当はすぐに公開したかったのですが、しっかり書き直してから公開したいという気持ちもあり引きずっていました……。

このまま一生ネットに残せないのも後悔する原因になりそうだと思い公開することにしました。

これは個人的な、心残りを無くすための決断です。

この物語を読んだ方に幸せが訪れることを願っています

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アマタボシの宇宙 らきもち飴 @raki_rain

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