第2章 一番の思い出

 ある所に1匹の異獣が居ました

 その異獣は生命の記憶を食べて生きています

 しかしある日、討獣団体という組織によって致命傷を負ってしまいました。異獣は逃げ、やがて地球にやって来ます

「今まで通り記憶を食べていたらまた見つかってしまう」

 そう思った異獣は犬に化けて夜道を歩いていました。すると、ひとりの女性に声をかけられました

「これはチャンスだ」と思った異獣は女性の懐に潜り込み、彼女の記憶を少しずつ喰らおうと企みました

 女性の家は、大きな温泉旅館でした。異獣は旅館の人達に温かく迎え入れられ、ご飯を貰い、人の温もりを知りました

 しかし、異獣の主食は記憶です

 ある日の晩、異獣は躊躇いながらも葛藤に負け、彼女の記憶をほんのちょびっとだけ食べてしまいました

 ……久しぶりに食べた記憶は格別でした

 その記憶は、様々な顔と名前。この時異獣は、初めて「記憶は少しだけ食べると細かな味まで分かるのだ」と気づきました。しかし、異獣は後に後悔を覚えます

 朝起きた彼女は、私に向かってこう語り掛けたのです

「誰?」

 旅館の人達にも同じように訊きました。彼らは驚き心配しつつも、自身の名前と関係を説明しました

 異獣は初めて心の痛みを知ったのです

 今まで、知っている者の記憶を食べた事が無かった

 生命の温かさを教えてくれた人が、私を忘れてしまった。心が傷んだ異獣は、食べた記憶にあった男の子の姿に変身して大声を出しました

「お姉さん!」

 彼らが驚いた顔でこちらを見る中、彼女は変わらず困惑した表情をしています

 異獣はそれに耐えきれず、自身の行ったことを白状してしまいました。それを聞いた旅館の人は、憤り、悲しみ、異獣を叱責しました

 しかし、そんな中で彼女は異獣を抱きしめたのです

「生きるために仕方なかったんだね」

 彼女の顔には涙が溢れていて、それを見た彼らは異獣のことを受け入れました

 ——それから異獣は、記憶を食べずに生きる方法を模索し始めました

 旅館で男の子の姿のまませっせと手伝い、異獣は彼女と新しい記憶を紡いでいったのでした。


 ……ノートに書かれていた話を読み終えた時に、また強風が吹き始めて私は耳を抑えて俯いた


 目を覚ますと、驚くような光景が広がっていた。真横にある窓の奥は一面海。電車に並走して泳いでいるイルカがみえる。

 私たちの乗ってる電車は海の上を走っていたのだ。思わず立ち上がり、「え〜!?」と大声を上げた

「ん〜?」

 隣で寝ていたコミとリーニが目を覚ます。電車の中には私たちしか居ない

「もう着いたの〜?」

 目の前の光景に声が出せず、身体を震わせながら窓を指さした

「わあー、すごい! どうなってるの!?」

「……」

 トラは驚きつつも食い気味に窓へ張り付く。

 海面の反射光は虹色に光って眩しい

 リーニは興味を持ちつつもチラチラと窓に目を向けるだけだった。

「こんにちは、皆さん」

「!」

 声の方を振り向くと、そこにはひとりの男性が立っていた。

 その男は肌がとても綺麗で、太くも細くもない。しかしその顔はとても堅く、不気味だった。

「君達も連れ込まれたんだね」

 誰?知らない人だけど、めっちゃ強く見てくるじゃん……

「貴方は誰ですか」

 コミが強ばった顔で訊くと、男は少し口角を上げてリラックスした表情で話し始めた。

「そんなに怖がらなくて良いよ。俺はミツルだ。よろしく」

 ……。

 数秒の間が空いた。……これ、出た方がいいやつ?

「よろしく。私はトラ」

「ああ、よろしく」

 私は重い雰囲気を解くようにミツルの方へ歩いて握手を交わした。

 この人、手が凄いもちもちしてる

「ちょっとトラ!」

「大丈夫だよ、コミ」

 そこに様子を伺っていたリーニが近づいてきた。

「よろしく、私はリーニ。先ずは今の状況を説明してもらえるかしら」

「ああ、いいよ」

 ザザ——

「次は、赤原駅——赤原駅——」

「え? 赤原駅?」

「——おっと、もう着いたみたいだね」

 ミツルは窓の外を眺めた。私達もそれにつられて同じ方を見る

「あ! イルカが!」

 並走していたイルカは離れていき、窓からは大きなテーマパークが見えた

 ……しかし、この場所には物凄く見覚えがある

 降りる時のアナウンスが流れ、電車の扉が開いた。

「あれ? ここって——」

 そう。私とコミちはこの場所をよく覚えている

 中から楽しそうな声や音楽が聞こえる

 いつまでも忘れない。ここは

「コミが5時間遅れた遊園地……」

「そう!」

「ここは君たちの記憶なんだね。なら手っ取り早い」

「記憶?」

 彼は頷いてポケットから多面体の結晶を取り出した。

「これは記憶を増幅させる結晶、俺はこれをサイコロと呼んでいる」

 彼がサイコロと呼んだその結晶は、白く、表面が虹色に輝いている

「俺と君達は、記憶の中でこのサイコロを見つけ出さないといけない。準備が出来たら来てくれ、俺は先に中を探してるよ」

 笑顔でそう言うと、彼は電車を降りてひとりで遊園地の中へ入っていった


「どうする?」

「んー」

 コミは少し考えたあと、歩いて電車の外に踏み出した。

「まあなんか電車止まったままだし、行ってみよう!」

 元気いっぱいのコミを見るとこんな奇々怪々な場所でも何だか安心する。

「……リーニは、行く?」

「ええ、行くわ」

「なら私も行こ」

 みんなが行くなら行ってみよう。同調性は大切だ。やりたくない事を強制される場合はやらないけど今回は私も気になっている

「よし、映画館から遊園地に変更だ!」


 遊園地の中に来た。

 余談だが、この遊園地は菜の花パンパカパークと言うふざけた名前をしている。

 菜のパという愛称がついているこの遊園地は、名前に反してアトラクションはしっかり面白い。

 そんな菜のパは当たり前のように運営されている。人も居て、アトラクションも普通に動いている。

「あれ?あの人どこに行ったんだろう?」

 辺りを見回してもミツルは見つからない。

「どうせだし、遊びながら探さない?」

 何処にあるかも分からないサイコロ。私たちは彼の他にサイコロも探さないといけないのだ。

 彼女らは快く承諾してくれて、最初は普通に遊んだ。

 メリーゴーランド、コーヒーカップ、ジェットコースター等々


「あー、疲れた〜!」

「コーヒーカップからのジェットコースターは流石に酔うわね」

「……全然平気な顔してるのに?」

「酔ってるわよ」

「やあ、サイコロは見つかったかい?」

 3人は声のした方を向いた。

 ミツルは片手にクレープを持っている。

「いえ、まだ何も……」

「そうか、大丈夫だよ。俺も見つけられてないから」

「えっと……そのクレープは何ですか?」

「ああこれ? さっきそこのクレープ店で貰ったんだ」

「貰った? 買ったんじゃなくて?」

 コミがそう訊くと、彼は笑ってこう返した

「そう、貰ったんだ」

 するとポケットからサイコロの欠片を取り出して、手のひらで転がして遊び出した

「さっき話しただろう? これは記憶を増幅させる結晶なんだ。これにクレープを貰った時の記憶を強く念じれば、記憶と結晶が繋がり、増幅されて形になる」

「運命は、キッカケひとつで変えられるんだ」

 私はその言葉を聞いた途端、過去にこの遊園地へ来た時のことを思い出した

 その光景は、誰かが彼と同じ言葉を発していてこちらに手を伸ばしているシーン

 しかし、その人の顔が鮮明に思い出せない

 ……その言葉を発した彼の顔は何かを思い出しているかのように遠くを見つめていた。

「ミツルさん!」

「ん?」

 しかし、コミはこの綺麗な一時を一瞬にして粉砕する

「コミもクレープ食べたいのでサイコロちょっとください!」

 やはりこの子はちょっとおかしい

「……いいよ」

 サイコロを数欠片貰ったコミは百円玉を貰った子供のように目を輝かせ、手で強くサイコロを握って「クレープクレープ……」と呟き出した。

 ……すると、彼女の握っていたサイコロは溢れんばかりの白い光を放ち、粒状になったかと思うと、クレープと白い机と椅子ふたつに変化した

「わっ」

 周りの人はまるで気にしていない。見えてないのかな?

 彼女の両手にはクレープがひとつずつ、そして口にひとつ……

「はふはひっはあへひはっは」

 長い間付き合っている私には分かる

 彼女の言葉は私の脳内で「何かいっぱい出来ちゃった」に変換された

 彼女は私とリーニの前に来て、「ほーほ」〈訳:どーぞ〉と両手のクレープを渡してきた

 私とリーニは遠慮なくコミからクレープを受け取った

 ……クレープは、昔コミと食べたことのあるクレープだ。沢山のいちごから出る酸味がとても美味しい

「今のでサイコロの仕組みは分かったかな?」

「ええ。この遊園地は、ここに関する1番強い記憶を増幅して作られてるから、実質サイコロの場所は記憶の持ち主にしか分からない……ってことよね?」

「頭が柔らかいね。ご名答」

 待って待って、急に意味不明な解釈をされてふたりだけで会話を進められても困る

「コミ……どういうこと?」

「コミも分からない」

 うん、だよね。

「リーニ、もう少し分かりやすく説明してくれない?」

「えっと……」

「さっきコミさんは手にサイコロを握って、クレープと机と椅子を出したわよね?」

「うん、トラとクレープ食べた時のことを頭の中で思い浮かべたら出てきた!」

「この遊園地も恐らく、クレープ同様ワンシーンの思い出が増幅されて出来たものだと思うの。コミさんがクレープを想像した時に、椅子とか机が一緒に現れたのはサイコロの増幅機能の影響ね」

 ……えっと、イメージ的には思い出を撮った1枚の写真から色んな情報を出すってこと……?

 ああ、頭がこんがらかってきた。今はリーニに合わせておこう

「私かコミの中にある、この遊園地で一番思い出が強い場所に行けばサイコロが見つかるってことだよね?」

「そう、そういう事」

 この遊園地で一番の思い出……

 ……だめだ、5時間遅刻しか覚えてない

「コミは何か覚えてる?」

「うーん……あ! あそことか!?」


「シアター?」

「そう! 4Dシアター!」

 コミが思い出したのは遊園地内にある4-D マジックフライ アドベンチャーというアトラクションだ。

「ここで見たお話が今でも忘れられないの!」

 コミに連れられて何となく思い出してきた

「空飛びながら色々するお話だっけ?」

「そう! それで地面についてるのに椅子が動くのが怖くてトラがコミの腕を抱きしめてきたのが凄い思い出に残ってるの!」

 やめて、せっかく忘れてたのに思い出しちゃった……

 ……そう言えば、さっき目を覚ます前に何かお話を読んだような

 黙って考えてみたが、頭の中には後味の悪い雑感しか残っていない。


「中は昔来た時のまんまだねー」

 中に入ると、奥には同じシアターに繋がる扉が3つある。

「お話……お話……」

 ……やっぱり思い出せない。起きた後のイルカが強すぎたから?

 4人は周りの人達と一緒に扉の中へ入り、入る時に渡されたメガネを装着した。

「……あ! 始まったね」

 トラは夢の中で見たお話が思い出せずに悩み続けていたが、その悩みは唐突に解決した。

 カラカラ——

「……ある所に一匹の異獣が居ました——」

「!」

 その一文を聞いた途端に、脳内から夢の中で見た内容が一気に溢れてくる。

「その異獣は生命の記憶を食べて生きています——」

「あれ? こんな内容だったっけ?」

 コミは昔見た内容と全然違うものが流れて困惑していた。それもそうだ。あれは夢の中で見たお話

 ……一方ミツルは怒りを噛み締めたような顔をして立ち上がった。

「ミツルさん!」

 彼は先程までの温厚な表情をしておらず、怒った顔で走ってシアターから出て、映写室の扉を開けた。

 バン!

 ……彼が着いた後に数秒遅れてトラ達も追いつく

 しかし、映写室の中に人の姿は無い。そこにはカラカラと音を鳴らす映写機に、喉を鳴らす虹色の筋が入った白い蛇が1匹巻き付いていた。

「蛇?」

「あれは……!」

 リーニはその姿に見覚えがあった。朝からずっと傍観していた1匹の蛇と同じだったのだ

「待て!」

 蛇は映写機から解けてミツルの足の下を勢いよくすり抜けて外へ出て行ってしまった。

 その行動にいち早く気が付いたのはミツルだ。

 彼は蛇を追いかけ外へ出て行った。私達も後を追って外に出たが、そこには蛇も彼の姿も無かった。

 その光景はまるで、この空間から存在そのものが消失したかのようだった——


「もー、急にミツルさん居なくなっちゃうし、サイコロも見つからないし、どうしよう」

 コミは近くの椅子に座って溜息をつきながら背もたれにズンともたれかかった。

 ……ばか、そんなにしてたら倒れるよ

「あ痛!」

 案の定、コミは真後ろに椅子ごと倒れる。

 ほら、言わんこっちゃない。……いや、言ってないけど

 リーニは華麗にコミの行動をスルーして小さな口を開いて話し始めた。

「さっきの蛇……今日の朝から見かけてたのよね」

 リーニが急に怖いことを言い出した

「ええ!? 言ってよ!」

「私も気のせいだと思ってたの…」

 その事を聞き、コミは指を下唇に近づけて唸り悩んだ。

 先ずは姿勢を何とかしようよコミ

「……ミツルさん、どこに行ったんだろう」

 トラは考えた。

 彼と出会ってからのひとつひとつの発言、行動を思い出して、気になる場所をひとつ思い出した。

 運命は、キッカケひとつで変えられる

 この言葉に詰まる感覚を覚えていた。

「コミ」

「ん?」

「サイコロの欠片ってまだ残ってる?」

「え? 一応一欠片だけなら…」

「ちょっと試したいことがあるの」

「……大切に使ってね?」

 記憶を増幅できるサイコロがあればこの言葉の正体が分かるかもしれない

 そう思った彼女は倒れたコミを起こしてサイコロを受け取ると、欠片をひとつ握ってあの光景を想像した。

 すると、サイコロはクレープを出した時のように光り始め粒子状に変化し……


 そのまま空中で消えてしまった。

「あれ?」

「あー、トラ! なに想像したの!」

「えっ、いや……」

 サイコロが消える?何も作らずに?

 コミの弄りに耐えながら脳をフル回転させて原因を考えていると、園内放送が流れ始めた。

「——迷子のお知らせです。薄い水色の半袖にベージュのスカートを履いた女の子が迷子センターでお待ちしております。心当たりのある方は迷子センターまでお越しください——」

 薄い水色の半袖にベージュのスカートって……

 私じゃん!?

「今のってトラじゃない?」

「うん、多分」

 でも私はここにいる。なんで放送が?

「迷子センターってどこにあるかしら」

 この人、行く気満々だ

 ドッペルゲンガーとかじゃないといいけど……

 私はため息をついてコミと一緒に案内した。


 迷子センターに着いた

 そこで私たちは驚くべきものを見た

「ここが中心地……?」

 迷子センターの中には拳ふたつ分くらいの大きさがあるサイコロが浮かんでいて、サイコロは四方八方に細かい糸のようなものを張り巡らせている。

 周りの人達は時が止まっているかのように1ミリも動く気配が無かった。

「あ、あそこ……」

 コミが指を指した方向を見ると、そこには薄い水色の半袖にベージュのスカートを履いた女の子の私が居た

 しかし、容姿は小さく小学校中学年程度だろう

 ドッペルゲンガー……では無さそうだ

「トラ。あのサイコロ、持ってこれる?」

 え、私が?

「良いけど……」

 あの糸、触ったら身体千切れたりしない?

 心配しつつも私は1歩ずつ足を踏み入れる。

 自身の四肢を心配しながら糸を躱すようにゆっくりとサイコロに近づい……

「あっ」

 左足が糸に触れてしまった。さようなら、私の左足

 ……と思ったが、確認すると私の左足は千切れたりなどしていない

 良かった。ただの糸なのか

 糸に触れても問題ないと判明した為、先程よりもスムーズに足を進めた。

 ……何とかサイコロの目の前に到着した。四肢は無傷。やはり糸は無害だったようだ。

「……」

 サイコロの奥にある景色に目を向ける。そこには小さい私であろう人物と、今の私たちと同い年に見える女性、その隣に中学生の男性がひとりいる。

 このサイコロに触れればこの景色の正体が分かるかもしれない。そんな期待を寄せながらサイコロに手を触れた。

 ——両手で触れた途端、サイコロは私の意志とは関係なくとてつもない光を放ち、視界を覆った。

「……っ!」



 目を開くと、そこは先程の空間が広がっていた。ただ違うのは、そこの人達はしっかりと動いていることだ。

(トラちゃん、今放送かけてもらったからもう大丈夫だよ)

 トラの横に高校生くらいのお姉さんが座った。

(……)

(あれ〜? もしかして恥ずかしかったかな?)

 眩しいくらい綺麗な笑顔

(姉、やっぱり余計なお世話だったんじゃねぇの?)

 姉の横で立ってる男の子は中学生くらい。

 ……姉弟かな?

(そんな事ない! こんな小さい子が暑い中でひとりだったんだよ? 助けるのが基本でしょ!)

(……小さくないもん)

(……そうだね。トラちゃんも、もうそろそろ高学年だもんね)

(その子のこと知ってるのか?)

(ううん、初対面)

(……)

(でも! この子の運命は今私の手で変えたんだよ! 私と関わった。だからもうこの子は友達!)

(また厨二病みたいなこと言っ……)

(ミツルは静かにしてて!)

(いでっ!)

(……トラちゃん、君が熱中症になる運命は、私の手で変えてあげたよ!)

 お姉さんはドヤった顔をして自身の栄光を辺りの人に見せつけたあと、トラに向かって小声でこう話した。

(友達になれた証にいい事を教えてあげる)

 ポカンとしたトラを見たお姉さんは立ち上がり、トラに手を差し伸べて笑顔でひとつの言葉を贈ってくれた。

(運命は、キッカケひとつで変えられるんだよ。忘れないでね!)


 その言葉を聞いた途端、床が抜け落ちるかのように下へ落下を始めた。

 最後に見えた彼女の顔は、とっても明るくて、綺麗で、眩しかった。

 ——地面に叩きつけられたかと思うと、私の意識は元の場所へ戻っていた。

 視界に広がっていたのは、だだっ広い平原。

 そこには先程の遊園地など存在せず、平原の上には私とコミ、リーニ。それと、拳ふたつ分の大きさをしたサイコロだけだった。

「……」

「トラ……?」

 コミが心配そうな声を出し、私の肩をポンと叩いた。

「……大丈夫」

 コミの方を向き、彼女らが驚いた表情をしたことによって初めて自身の表情がどうなっているか気づく

 あれ?私……なんで泣いてるんだろう

 先程の記憶はしっかりと頭の中に残っている。

 あのお姉さんは?私は昔ミツルさんと出会ってた?そして——

 私は何故この思い出を忘れてた?

 ……様々な疑問が浮かんだが、頭が上手く回らない。涙が止まらない。何故泣いているのか分からない

「……コミ、一旦電車に戻りましょう」

 ……その後、私達はミツルの居場所を見つけ出せないまま平原へと化した遊園地跡の真上を歩いて電車へ戻った。


「もう大丈夫そう?」

 私はコクリと頷く

「サイコロに触った時、何があったか教えてくれる?」

 ……気持ちが落ち着いた。私は自身が見たものを包み隠さずに全て話した——

「ミツルさんと出会ってた?」

「……うん」

「昔コミと来た時、迷子センターになんて行ってないよね?」

「ううん、行ってた」

「え?」

「行ってたけど、忘れてたの」

「なんで……」

 分からない。熱中症になりかけてたなんて忘れるはずが無い

「……そう」

「この事はミツルさんに聞いた方が良さそうね……行きましょう、次の場所に」

 リーニは立ち上がり、私に手を差し伸べた。

「トラさん、サイコロを持って。立てる?」

 その光景は先程見た記憶の中のお姉さんにとてもよく似ていると感じた。



 電車の先頭に着くと、運転席の覗き窓にまん丸の穴が空いている。

 運転席は真っ暗で、その場所だけ存在しないかのようだった。

「ここに入れればいいの?」

「ええ。さっき全車両見てきたんだけど、ここしかおかしな場所は無かった。高確率でここがカギになってると思うわ」

「さっき、迷子センターにいた時に落ちてた小さいサイコロの欠片を拾っておいたから、全部入れて構わないわよ」

 リーニはポケットから右の手のひらに乗るくらいの量のサイコロを出した。

「……分かった」

 私は手に持っているサイコロをゆっくりと穴の中に入れた——

……。

 すると、運転席からぼんやりとした白い光が見えた。

「わあ!」

 そして、ガコン!という音が鳴り、私たちはその場に腰を着き、電車は再び走り始めた。

「わ! 動いた!」

「成功ね。次の場所に着くまで待ってましょう」


 やがて、電車はひとつの場所へ彼女らを送り届けて停車する。

「ここ……リーニの記憶?」

「いいえ、コミのじゃないの?」

「ううん、私のじゃない」

「ならここは……」

 彼女らの見た場所は、記憶の中に存在しない。

 立派な温泉旅館だった。

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