第1章 平和に過ごした半日

 「ピピピピ——」とリズムを刻む電子音が流れ、いつものように「停止」を押してアラームを止める。

 もう朝……いつもより眠いな

 まだ太陽が少しだけ地平線から顔を出している程度だ。

 夏休み1日目。大抵の生徒は昨日に夜更かしでもして今も寝ているのだろう

 だが私は違う。今日は最高の1日にするんだ

 LumiNを見てコミとリーニが起きているかの確認をする。

 コミは私の友人で、私とは違い明るい性格の幼馴染だ

 ……寝坊しないか心配だったけど、うん、13分前に連絡来てる

 リーニは中学からの友人で…30分前!? みんな起きるの早くない? まだ4時過ぎだよ? ……まぁ、予定に間に合えば良いか

 大好きな幽霊ユーレナスタンプ「起きた」を送信し、身体をベッドから起こして身支度を始めた。


蒼風駅ホーム——


 3人はコミ含め無事に合流して、駅のホームにあるベンチで雑談をしていた。

「あ! 電車来たよ!」

 駅のホームに電車のアナウンスが入り、目の前に電車が止まった。

「ほんと、コミ遅刻しないか心配だったんだよ?」

 一緒に話しているダークブラウンの髪をしたコミ、彼女が私の幼馴染だ

「何で!? コミは今日、トラより先に起きてたよ!?」

「昔、遊園地に行く約束して5時間遅刻したのコミじゃん」

「き、昨日は18時半に寝たもん! コミも学習できます〜!」

 コミと雑談しながら電車の中に入る。中は驚くほどガラガラだ

「全然ひと居ないね!」

「早朝だし、昨日から殆どの学校が休みだからかな」

「あそこに座りましょう」

 白に少し水色を混ぜたような色の髪の毛をポニーテールにした少女の友人リーニが手で示した場所は、向かい合わせになっている転換クロスシートだ。


「……えー、以上で! ♪暑い夏をたくさん涼んで忘れよう! 夏休み日帰り旅行♪の日程説明を終了します! 一日楽しもう!」

「おー」

「いえーい」

 ……司会進行役を務めたコミと、本日の日程説明を聞き終えた私とリーニの3人は、無機質な癖のあるリズムで揺れる電車の中で話をしていた。

 今日は高校生活1回目である夏休みの1日目。私たちは(前略) 夏休み日帰り旅行♪を実行したのだ。予定は水族館と映画館。そしてゲーセンで遊んでからモールで買い物。暑い夏を涼しい場所で遊んで忘れよう、というのがこの旅行の目的だ

 ……しかし、彼女達は気づいていない。この電車には彼女ら以外誰ひとり乗っていないのだ。

 他に乗っているのは小さな白い謎の蛇のみ——

「……」

 リーニはその蛇に気がついていたが、他の人には言わなかった。時間はあっという間に過ぎ去り、暫くして目的地に着いた。


賑海水族館——

「わあ——!」

 水族館に着いた。ここは賑海〈しんかい〉水族館と言い、海の中の自然溢れた生態が見られる巨大水槽が特徴の水族館だ

 ……正直、外は溶けるんじゃないかと思うくらい暑かった。けど正直ここは夏だとは思えないくらい涼しい

「ねえねえあそこ! でっかいイルカ居るよ!」

 入口を入って少し歩くと、出迎えてくれたのはイルカ……ではなくシャチだ

「コミち、あれ、シャチだよ」

「え?……! ほんとだ!」

「イルカならあっちに行くとよく見えるわよ」

 リーニの指さした方は視界に収まりきらないほど巨大な水槽がガラス越しに見えるエリアだった。

 それを見たコミは、目をキラキラと輝かせながら私とリーニの手首を掴んでズンズンと歩いていく。

「あっち行こ!」

 ……そこから私たちはコミに振り回されまくった

 コミが大興奮して観ていたイルカ。……黒潮、チンアナゴ、ウミガメ、ペンギン、クラゲ、深海魚——

 シャチやペンギンとの記念に写真を撮ったり、単に魚の泳いでいる写真を撮ったり、イルカやカメと触れ合ったりした。

 その後、サマーホップイルカショーでびしょ濡れになって笑い合い、この楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。


 クラゲレストラン——

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「ごゆっくりどうぞ、失礼します」

 店員がこちらに笑顔を見せて、別の人の接客へ向かう。

「……あー! 楽しかった!」

「イルカってあんなに飛べるのね。面白かったわ」

 午前の予定が終わり、びしょ濡れになった頭にタオルを乗せて私たちはクラゲレストランに来た

 このレストランは壁、床、照明、テーブル……ありとあらゆる所がクラゲモチーフになっていて、クラゲの群れの中で食事をしているかのような気分になれるレストランだ

 レストランと聞くと、今の私たちの状態は失礼じゃないかと思うかもしれないが、そんなことは無い

 何故なら周りには同じイルカショーの犠牲者が何人も見えるからだ

 皆様々な手段で身体を冷やさないように対策している。だから心配無い

 3人は両手を合わせ、「いただきます」と言い目の前の料理に手を出した。

「ん〜! 最っ高!」

 私たちが頼んだのはエビとクラゲのシーフードカレー、クラゲと魚のパスタ、クラゲ風シーフードハンバーガー、そしてデザートの深海ゼリーだ

 水族館で魚を食べるのは理にかなっている気はするが、何だか変な気分である

 ……うん、このパスタ、美味しい

 お魚さんありがとう。君たちの仲間を見ながら今日のエネルギーになってもらうよ

 そう思いながらまた口の中に料理を運ぶ。

うん、エビうまい

「この後はどこ行く?」

 クラゲのようにヒラヒラと垂れたワカメの付いたハンバーガーを手に持ったままリーニが訊いた。

「私お土産見に行きたい」

「あ〜、トラの好きなユーレナちゃんのグッズあったもんね!」

 いちいち言わんでよろしい

 ……だが図星だ。私はここに来た以上、ユーレナちゃんの賑海水族館限定グッズは確実に入手しておきたい

「ユーレナちゃんってここで誕生したんだっけ?」

「違うよ、ユーレナちゃんはナト泉〈なといずみ〉っていうネットの人が書いたアマクサクラゲだったんだけど、それがバズってグッズとか広報とかに使われるようになったの」

 自慢では無いが、ユーレナちゃんの事だったら私が誰よりも知ってると思う

 何せ……私の性格を作り、私の運命を作った存在なのだから

「でも最近、ナト泉さん浮上してないんだよね」

「そうなの?」

 私はこくりと頷いた

 4年ほど前にナト泉さんは暫く浮上出来ないと言う投稿をして姿を消した

 亡くなったとか、そう言うのは聞いていないから生きているとは思うけど……

「……」

 沈黙していると、リーニが手を拭いスマホを弄り出した。

「これ?」

「あ! そうそうこの子」

 画面を見せられたコミはカレーを掬っていたスプーンを皿に置いた。

「へぇー……これがユーレナちゃん」

「トラさん、あとで一緒にユーレナちゃんのグッズ見てもいいかしら」

 ああ、なんて良い友人を持ったのだろう。ありがとうリーニ、ありがとうユーレナちゃん

「うん、勿論」

 私は彼女の言葉に自然な笑顔で返した


「20分後くらいに合流ね!」

「うん、また後でそっち行くかも」

「りょっかい!」

 お土産屋に向かい、リーニとユーレナちゃんグッズを見に来た

「ここだよ」

 ユーレナちゃんグッズはお土産屋のそこそこ狭い区画に陣取っていた

 あのジト目、可愛らしくも気怠い印象を与えるデフォルメ、そして透明感のあるアマクサクラゲっぽい幽霊。この可愛さはマイナーかもしれないが、理解っている人はいるのだろう

「色々あるのね」

 ユーレナちゃんのグッズは何種類かあった。

 ユーレナちゃんが印刷されたクッキー、キーホルダー、ペン、缶バッジ等々……

「これ良いかも」

 さすがにペンとかは使う機会が無さそうだから……この淡紫色のキーホルダーにしよう

「なら私も」

 そう言いリーニは、トラの取ったキーホルダーの淡青色バージョンを手に取った

「お揃いね」

 リーニがそう口に出した

「ええ」

 嬉しい。ユーレナちゃんの良さを知ってくれた仲間がひとり増えた

「コミと合流しよっか」

 私は足早に歩き進め、コミはその後ろをゆっくりと着いていく。

 彼女の視線は近くに置かれているチンアナゴの置物に向けられていた。


電車内——

「ふぅ〜楽しかった〜」

「次は赤原駅で降りるからね!」

「ええ」

「うん」

 3人はお土産を購入し、電車に乗った。

 ユーレナちゃんのキーホルダーは、カバンに付けておいた

 これなら外を歩いてる時いつでもさり気なく布教が出来る!

 ……。

 ガタンゴトン——

「うーん、さっき買ったお土産のお菓子、入らないな〜」

 ガタンゴトン——

「私が持ってようか?」

 ……電車の中にふたりの会話が響き渡る。

「……」

「え、いいの? ありがとう〜トラ!」

 ……早朝ならば、電車に他の乗客が居なくてもおかしくは無いだろう。

 しかし今は正午過ぎ。休日だとしても結構人が多い時間帯のはずである。

「……やっと」

 リーニがそう口に出した瞬間だった——

 突然眠気が襲ってきて、3人は眠ってしまった。

 更に、風が吹き付けた。耳の中には沢山の人の会話が流れ込んでくる。

 うるさ……い……

 …最後にリーニが何か話していた気がしたが、そのまま意識が無くなってしまった



 床に倒れていた彼女はゆっくりと目を開いた。

「何ここ……」

 そこは電車の中では無かった。

 ……この時に気づくべきだった。

 私はこの時から——

 ひとつの物語を描いていたことに

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