第9話 スローライフよ永遠に

 私がその気もないのにプロポーズしていたことが判明してしまい、おかんむりのマリオンは真っ赤な顔のまま私をにらむ。


「……他に、好きな人とか、いるの?」

「い、いないいない。私はマリオン一筋だから」

「またそういう!」


 手を振って否定するとまた怒られてしまった。いや、言われてみたら確かに恋人につかうワードだ。というか普通に私の生活マリオン一色だし、マリオンのこと大好きだしこんな感じで生きてきたから、そりゃマリオンも今まで勘違いかなとかならないよね。はい。

 うなだれて反省アピールする私に、マリオンは握った拳をといて、そっと私の手をとった。


 身長と共に大きくなり、昔ほど小さくはなくなった手。だけど今も私より一回りは小さくて、魔法職らしい柔らかくて優しい手。熱のこもったその手で、マリオンは私の手を両手で握って顔をよせた。その手首で、私がプレゼントしたクローバーがかすかに光って揺れた。


「……だったら、結婚して。あの言葉がプロポーズじゃなくても、私は嬉しかった。あの時は子供で、本当の意味もわかってなかったけど。今はわかる。私は、ユーリと結婚したい。ユーリがいい。私、ユーリが傍にいてくれなきゃ嫌なの。ユーリとずっと一緒にいたいの」


 魔法の天才のマリオンが、思わず魔力をもらすほど動揺しながら、精いっぱいの言葉を伝えてくれる。それだけで私は胸いっぱいになるのに、その言葉。

 昔、私がプロポーズ(仮)をした頃は、マリオンは私にどうすればいいか聞くだけだった。どうしたいとか、どう思うのか。そんなこと一言も言わなかった。

 でも今、マリオンは確かに言った。嫌だから。自分が一緒にいたいと。その心の成長こそ、私が望んだことだった。こんな風になってほしいと思っていた。

 私と一緒にいて、そういう風に思うようになってくれた。口に出して主張するようになってくれた。それが本当に嬉しくて、だから余計に、申し訳ない。


「……ごめん、私、結婚なんて考えたことなくて、死ぬまで結婚しないつもりでいたから」

「じゃあ今考えて」


 え、マリオンちょっとスパルタじゃない? 思わず身を引こうとした私の手を離すどころかぐいぐい引っ張ったマリオンは身を乗り出し、頭突きするほど顔を寄せてきた。


「私がこの家をでて、ユーリ以外の人と結婚して本当にいいの?」

「え、やだ……え!?」


 間近で見せられる怒った顔も可愛いよね。などと現実逃避しかける私はマリオンからされた質問にほぼ反射で答え、自分でその返事にびっくりした。

 え? 私マリオンが他の人と結婚するの嫌なの? ……でも、よく考えたら、マリオンが独り立ちしちゃうかも、とは考えても、それは誰か恋人をつくったり結婚するみたいな、そんなのは考えたこともなかった。どうしてだろう。マリオンの友達はもう結婚した子もいるのに。

 自分で自分に問いかけてみる。マリオンが他の人と結婚するのはありえない。考えたこともない。どうしてだろう?

 だって……だって、マリオンは、私のだから。


「! ……~~~!」


 うっ、うわああああああ! 恥ずかしい! なんだそれ! 独占欲か! マリオンはものじゃないしひとりの人間として幸せになってほしいとかきれいごと考えてた癖に!

 私の心の奥からすっと出てきたのはとんでもなく醜い、自己中心的な暴君だった。結婚しないとか、考えたこともないとか言っておいて、マリオンのこと結婚よりずっと強く束縛しちゃってるじゃん!


「なに、その反応。もう……ねぇ、ユーリ、私とじゃ、嫌?」


 自分でもわかるくらい赤くなってしまいながら自分にびっくりしている間抜けな私に、マリオンは優しくささやくようにそう聞いてくる。う。可愛い。

 確かに私はマリオンが他の人と結婚するなんて考えたことないし、よく考えても嫌だ。ずっと私の家族でいてほしいと思ってる。

 マリオンが嫌か嫌じゃないかって言うと、もちろん嫌じゃないけど。でもそんな、こんな勢いでいいのかな。私のこの気持ちはただの子供染みた独占欲で、恋愛感情かと言われたらどうなんだろう。


「い、嫌じゃないけど。でもほら、結婚って好き同士でするやつだから」

「私のこと好きでしょ?」

「はい……」


 好きだけども。めちゃくちゃ大好きだし、マリオン以上の存在いないし、マリオンのことを私以上に思っている人なんてこの世界にいないって断言できるけども。


「私も好きだよ」


 マリオンはそうまっすぐに、微笑んでそう言ってくれた。その言葉は、そのまままっすぐ私の胸に届いた。

 ああ、そうだ。難しく考える必要なんかない。マリオンは昔と違って、自分の意志で自分の言葉でそういってくれている。なら私がすべきは、保護者としての言葉を探すことじゃない。

 私がどうしたいか。私もマリオンに向き合うんだ。


 私は、マリオンに私と一緒にいてほしい。マリオンに幸せでいてほしい。幸せなマリオンが傍にいてくれたら、私も幸せだから。他の誰かじゃなくて、私といてほしい。

 自分で自覚してなかっただけで私は最初からそうだったのかもしれない。マリオンを愛している。ただの家族として、保護者としてじゃなくて。ただ一人の人として、ずっと前から、愛してるんだ。それは恋ではないようで、だけど恋でもあったんだ。


「……うん。わかった。ごめんね、鈍くて。マリオン、愛してるよ。マリオンのこと、世界で一番愛してる。私がマリオンを世界一幸せにするから、だから結婚してください」

「! うん! 結婚する! 私も、ユーリのこと幸せにするね」

「うん」


 マリオンはぱっと花が咲いたような笑顔になって私に身をすりよせてきた。そのしぐさは昔と変わらないあどけなさで、私は抱きしめて応えた。









 こうして正式に結婚することになった私たちは、マリオンの誕生日をいつも通り、だけどいつもとなんだか違う気持ちで過ごした。

 マリオンはいつでも世界一可愛い女の子だった。だけど家族なだけじゃなくて、同時に私の結婚相手でもあるのだ。そう思うとなんだか変な感じで、だけど今まで以上に可愛く見えてしまってちょっとぎこちなくなってしまった。


 結婚とは言え、もともと家族で一緒に暮らしていたし、何が変わるというわけではない。明日からはもう少し落ち着かないとな。

 そう思いながら、私は日も落ちたのでお風呂にはいってベッドに横になりながら息をついた。


 まだ眠気はない。天井を見ると、マリオンの顔が浮かんでくる。可愛いマリオン。私より頭一つ小さくて愛らしくて、いつも一生懸命で、まっすぐに私を見てくれるマリオン。

 ……マリオンと、恋人になったんだ。いや、うん、だから何ってわけじゃないんだけど。急に何が変わるってこともないんだけど。でもあの、もしかしてだけど、そのうち、キスとかしちゃったりするんじゃないだろうか。


「っ……」


 思わず自分で自分の顔を抑えてしまう。恥ずかしすぎる。それに、もしかしてじゃなくて、する、よね。二十八にもなって何を言ってるんだって感じだけど、だって、そういう経験ないし。前世では若かったし、今世では考えてなかったし。でもするよね。結婚するんだし。

 マリオンも本当の意味がわかるって言ってて、ようは今まで通りの家族としてだけじゃなくて、恋人であり夫婦としてってことで……夫婦? 待って、待って、いやほんと、今までそういう意識全然してなかったけどね? あのつまり、そういう、夜を共にする的なこともあるんじゃないでしょうか?

 

「ぁぁぁぁ……」


 私の馬鹿! そういうのはさすがに早すぎるでしょ! まあ、いずれはね? いずれはそういうこともあるかもしれないけど、もっとずっと先の話だ。一応婚約状態になったとはいえ、気が早すぎる。今朝までマリオンへの思いを自覚もしてなかったのに、急にこんな意識するなんて考えすぎだ。

 結婚したいと言われたからってマリオンがそこまで考えてるわけない。そりゃあ、嫌かと言われたら嫌ってわけじゃないんだけど。今日のマリオンとか大人びてて、ほんと、前からちょいちょい実感はしていたけど、いつの間にか本当に大人になったなーって感じたし。もう小さい子供じゃないっていうか。あああ、だから、意識するなって。私むっつりか!


 この世界で前世の記憶を取り戻してから今まで、一切そういった浮ついた気持ちとはかけ離れて生きてきたのに。その反動か急に意識してしまっている。


「ユーリ」

「フォワァ!」


 ノックと共に声がかけられ、私は全力で声をだしてしまった。その声に驚いたのか、声の主であるマリオンは私の返事を待たずに勢いよく入ってきた。


「大丈夫!?」

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


 心配そうなマリオンに片手を出して大丈夫アピールをしながら起き上がり、明かりをつける。マリオンはすぐそばで寝間着で無防備に立っている。


 夜に一緒に眠らなくなったのはいつからだろうか。この村に住むようになり、マリオンの誕生日パーティをして、マリオンにも友達ができるようになった頃。ある日寝落ちした私をマリオンがベッドに運んでくれて、目が覚めたらマリオンは一緒にいなかった。

 私の部屋で二人寝れるようにベッドを2つにした時も、いずれは一人で寝れるようにマリオンの部屋のベッドは残しておいた。たまにお昼寝は自分のベッドでしてたけど、あの時はびっくりしたし、ちょっと寂しかったよね。それから数ヵ月は未練がましくベッドを2つ使ってたけど、マリオンはそれきりだしシーツを洗うのが面倒で1つは客間にうつした。

 それからお風呂上りにすれ違うくらいはあっても、寝間着で一緒に過ごすことはなくなった。久しぶりに見たマリオンの寝間着姿は軽装なのもあって、体のラインがよくわかるし、なんだか見てはいけないものを見ている気になる。こんなのも、きっと昨日までなら気にならなかったはずなのに。


「えっと、どうかした? もしかして久しぶりに一緒に寝たいとか?」


 目をそらしたのをごまかす様にそう軽く冗談を言いながら尋ねると、マリオンは恥ずかしそうにうつむいた。


「うん……」

「えっ、い、いや、もう小さい子じゃないんだから」

「……小さい子じゃないから、来たんだよ。言ったでしょ。私、大人になったから……もう、いいよって」


 思わず顔をあげるとランプの光でゆらめくマリオンの瞳がまっすぐ私に向いているのが見える。暖色の光以上に赤くなっていて、声はややかたくて、緊張しているのがわかる。

 そんな風に恥じらいながら言われて、そう言う意味でしか受け取れなかったし、私の妄想じゃなくてそう言う意味だろう。

 マリオンは最初、私がずっと前からマリオンのことが好きでそれで待たせてたと思ってたんだ。それで今日やっと、大人になったからもういいって言ったわけで。それはつまり、私と大人じゃないとしちゃいけないことをしていいよってことだ。


「い、いや、そんな、婚約したばっかりで急にそんな」

「……急じゃない。ずっと、今夜、こうなろうって決めて、心の準備してた。だから、今日がいい」

「っ……で、でも、私はそうじゃないし。心の準備できてないよ」


 また目をそらしてしまう私に、マリオンはベッドに押し入るようにして腰かけて詰めてきて、すぐ傍からその熱を伝えてくる。だけどじゃあ、そっか、じゃあ問題ないね、とはならない。

 マリオンは確かにそのつもりだったんだろう。でも私はそうじゃない。熱っぽく見られて、さっきまで考えてたのもあって正直すごくドキドキしてしまっている。

 でも、今日自覚したばっかりで、キスもまだなのに。そんないきなり全部の経験しちゃうの? それこそデートしたり手をつないだりするところから始めるべきでしょ。いやもうしてるっちゃしてるけども。


「嫌?」

「う。その聞き方はずるいでしょ。……嫌じゃない。でも、後日じゃ駄目なの?」


 顔をのぞきこまれて、私は目をそらしてから、だけどちゃんと目を見て私の気持ちも伝えないといけないと思って何とか見つめ返してから答えた。嫌じゃない。マリオンがもうそのつもりって言うのはびっくりしたけど、私も展開においついてないところもあるけど、嫌なんかじゃない。

 でもさすがに今日の今夜は急すぎる。具体的に何からしてどういう風にするのか、私はよくわかってない。なんとなくふわっとした知識しかない。そんな状態でマリオンに触れるなんて怖くすらある。


「……駄目。今日じゃなきゃ、駄目。ユーリ、私のこと、今まで結婚相手として意識してくれてなかったんでしょ? だったらなおさら、今日、私のこと、意識せずにはいられないようにする」

「え……」


 マリオンは決意したような強い口調でそう言って、私の肩をつかんでベッドに膝をつき、私をベッドに押し倒した。もともと寝転がっていた私はすんなり枕に頭を預けてしまう。

 見上げたマリオンは、どこか熱に浮かされたような顔をしていて、その瞳はぎらぎらと力強い光が揺れている。


 待って、待って、だって、え? 私がされるの?


「ま、まりお」

「ユーリ」


 名前を呼ばれた。どこか必死なその声音に、私はマリオンの名前を呼ぼうとした声が出なくなる。空気までマリオンに染められたように息苦しいように熱を感じる。


「本当に嫌なら、突き飛ばしていいよ」

「……」


 そうして近づいてくるマリオンに、私はただ受け入れるしかできなかった。









「……おはよう、ユーリ」

「……おはよう。おやすみ」


 朝、目が覚めてマリオンと目があった。体がだるい。初めての体験ばかりで何が何だかわからないくらいだけど、とにかくめちゃくちゃ恥ずかしい。


 私たちは正真正銘の夫婦になった。たった一日のことで、マリオンとの関係は姉妹のような家族から様変わりしてしまった。だけどそれはけして嫌なものじゃなくて、私たちは新しい家族の形になっていくのだ。それはいいことだ。でもそれはそれとして、今は恥ずかしくてマリオンの顔が見れない!


 私は布団をかぶってマリオンの視線から隠れた。この熱がさがるまで布団からでられない。マリオンさんは先に起きてくれていいので、私は寝ます。


「起きないの? 最近長雨だったから結構働いてないし、今日はいっぱい働くって言ってたよね?」


 いや、だからマリオン、スパルタすぎるな? この流れで今日仕事だと思ってる? そんな会話したけど昨日のお昼のことで、夜から全然話変わってるでしょ。


「いいの。スローライフだよ、スローライフ」

「そっか。じゃ、私も寝る」


 そう言ってマリオンは布団の中で抱き着いてきた。全部脱いでるわけじゃないけど、普段よりはだけたままの肌が触れ合う。うっ。まって、まだ熱下がってないから。ドキドキするから。

 宿暮らしの頃は1つのベッドで寝ていたけど、今はもう1つのベッドで一緒に寝るには抱き合う距離でも窮屈なくらいで、他意はないかもだけどめちゃくちゃ密着している。


「ん。ユーリ、私のこと意識してる?」

「し、してるに決まってるでしょ」

「んふふ。作戦通り」

「う……はいはい、どうせちょろくて掌で転がされる系アラサーだよ」


 昨日、マリオンのことをずっと意識するようにさせる。みたいな宣言の元抱かれた結果、朝から意識しているわけだ。ぐぬぬ。大人の威厳が。確かにマリオンと私はどっちが上とかない対等な家族だ。もはや保護者ではないのだから。でも、それでも私の方が10も年上なのに!


「すねたユーリも、可愛いよ」

「ん!? ちょ、ちょっと、朝だよ!?」


 悔しい。でもこれ下手に相談したらそれこそ恥ずかしくて死んじゃうし、と悩んでいるとマリオンは微笑んで私に軽くキスをすると、そのまま抱き着いた状態で体を撫でてきた。

 慌ててその手に触れながらとめる私に、マリオンはにっこりと微笑んだ。


「これもスローライフ、でしょ?」


 こうして私はマリオンと死ぬまでのんびりスローライフを送るのだった。




 おしまい。

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