第8話 プロポーズでしたね

 マリオンとここでのスローライフを初めて、そろそろ二年近くになる。最初は違ったら他を探せばいいという軽いノリだったけど、今はここしかないと思うほど、私はここでの生活になじんでいた。

 日々のお仕事としての川向うへの冒険も、最初に思っていた以上に私にあっていたらしい。例えば仕事でいろんな人の要望を聞いて獲物を決めたりするのも、様々な人間模様が垣間見れたりして面白かったり、交友関係が広がっていくのを自分でも自覚する。その結果友人ができて、さらに仕事の幅も広がり、最近では村の中で牧場や畑の手伝いなんかもしたりしている。

 また、マリオン提案で始めた地図作りが意外と楽しい。以前は誰かの命を預かっての進軍であったので慎重に慎重を重ねて気が重く胃が痛いこともあり、未踏領域への侵入は楽しいことではなかった。だけど休日に私一人で道を探検するのはそれらの重責から解放され、純粋に未知の発見や予想外の出会いなんかも多くて面白いのだ。スローライフをすることで初めてファンタジーな世界を楽しめるようになるとは皮肉に感じる。

 そんな感じで私はこの生活が気に入っていたし、日々楽しかった。


 だけど最近、ちょっと気になることがある。マリオンだ。マリオンの様子がなんだかおかしいのだ。時々何か言いたげに私を見ていて、その癖問いただしてもなんでもないと逃げてしまうのだ。


 思うところがないではない。私が友人をつくったように、マリオンも友人をつくっている。それはごく自然なことで、たまにマリオンが同年代の友人たちと一緒に遊んでいる姿を見かける度、マリオンが成長しているのを実感して見ているだけで心温かくなった。

 ……まあ、ちょっとだけ、いつか私の手元を離れるんだなって実感させられて寂しくも感じられたけど。でもそれが当たり前なのだ。

 それでマリオンが幸せならいい。私はもう人生が二回目で、この人生にもこの世界にも期待していない。ほどほどで、また次の人生に期待すればいい。一回目は若くに殺されはしたけどそれ以外はよかったし、次回は期待できそう。いや待てよ。いうて今回も生きる意味であるマリオンに出会えちゃってるし、まあまあそこそこ人生楽しんじゃってるな。

 それに私の楽しみもマリオンだけではない。マリオンが独り立ちしても私の人生は終わってしまうわけではないし、寂しいけどそれもまた人生の味わいの一つかもしれない。ということは前世も今世もそこそこということなので、来世も普通にそこそこ期待できるかもしれない。まあ、そんなこと今考えても仕方ないけど。


 まあとにかく、要するに、もしかしてマリオン、そろそろ一人立ちしてこの家をでていくのでは? というのが私の見立てだ。

 ……うん、まあ。脳内でも具体的に言葉にして、なんだか、ちょっとダメージがある。当たり前だ。と自分に言い聞かせてきたけど、やっぱり寂しいし。

 ちょっとだけ思うのだけど、マリオンがこの田舎を出て都会に行きたいと言うならついていっちゃ駄目かな? 友だちと一緒に傭兵になるとかでも邪魔しないし、パーティにはいらず同じ町の同じ宿に泊まるくらいよくない? ……よくないか。


「マリオン、最近なにか、私に言いたいことがあるみたいだけど」

「え? ん、なにもないよ?」

「うん、秘密があるのは全然いいんだよ。でもあの、もし、この村を出ていくとかなら、全然私もついていきたいなーって思って」


 私に言いたくないことがあるのも自然な成長の一部だと思う。でもさすがに話をされて明日出ます。とかなら準備できないし、どういうつもりかちょっとだけ聞いておきたい。ヒントだけ、ヒントだけ!

 という気持ちでそーっと聞いたのだけど、マリオンは私の問いかけに一瞬首をかしげてから、にっこりとなんだか大人びた優しい笑みを浮かべた。


「……ふふ、ユーリ、何言ってるの? 大丈夫だよ、どこにも行かないから」

「え? そうなの?」

「うん。えっと、まあ言いたいことはあるけど……わ、私の誕生日に言うから」


 そうかと思えば気恥ずかしそうにぽっと頬をそめ、年相応の少女らしい顔でそう言うとぱたぱたと逃げ出してしまった。


 うーん、なんだろう。私に話してくれるってことは秘密ではなく、でもすぐじゃないってことは心の準備が必要な重要な内容で、かつ誕生日ってことはいい話……? それでそんな照れる話? ……なんにもわからない。マリオンの珍しい表情が見れて可愛かったということしかわからなかった。


 マリオンも難しい年ごろってことなのかな。もうすぐ18だし、身長もずいぶん伸びた。遅れてきた成長期のおかげで私と頭一つ分の差にまでなった。それでも小柄だけど、さすがに小学生にはもう見えない。

 ていうか、誕生日どうしよう。16の誕生日で髪飾り、17の誕生日で耳飾りをあげた。このあたりだとみんな耳飾りをよくしている。それ自体は雰囲気で私たちも持っていたけど、どうやら成人の際に家族から手作りをもらうという慣習を聞いて、綺麗な素材を探してつくったのだ。

 気に入ってくれて頻繁につけてくれているので、私のセンスも評価してくれているはずだ。で、今年。この流れだとアクセサリーがいいだろうけど、何がいいか。こういうのってだんだんハードルあがっちゃうよね。

 ネックレス、ブレスレット、リング。色々あるけど、せっかくだしずっと身に着けられるリングとか? 否定されたけどいつかマリオンが外に出たくなった時、一つくらい私の贈り物をずっと身に着けてほしい。……自分で考えてちょっと重いしきもいな。今のはなし。


 という感じで不安もなくなったのでマリオンの誕生日に向けて準備をしていると、あっという間にその日が来た。


「マリオン! 誕生日おめでとう! いえー!」

「えへへ、ありがとう」


 例年通り朝からご馳走をつくり、プレゼントを用意した私はマリオンを盛大に祝った。マリオンも三回目にしてすっかりなれた様子で、どこか得意気に受けてくれた。

 プレゼントはブレスレットにした。狩りをする関係上、光る石はつけられないので、色をつけた革を組み合わせて編んで、ユニコーンの角をつかったチャームをつけた。

 ユニコーンの角は基本はただ白い象牙のような見た目だけど、魔力をこめるとかすかに光るのだ。夜の廊下を歩くのに苦労しなくなる程度には光るので、日常使いにも便利だろう。


「わぁ、可愛い。ユーリ、ありがとう」

「でしょ。結構頑張ったんだよー。四つ葉のクローバー、知ってる? 幸運のお守りだよ」


 デザインは四つ葉のクローバー。真ん中にむけてきゅっとなってるのが、彫るのが大変だった。とは言え木工も趣味程度に友人に習ったりしていたのもあり、中々の出来映えではないか。


「うん。知ってる。ユーリが昔教えてくれたでしょ」

「そうだっけ。まあ、とにかくそう言うこと。お守り兼ねてるし、できるだけ身につけててよ。マリオンにはずーっと幸せでいてほしいって願いをこめたからさ」

「ん……うん。そうする。えへへ、似合う?」


 マリオンは嬉しそうに身につけて見せてくれた。自画自賛になっちゃうけどとっても似合う。マリオンの可愛さを損なわず、素朴ながらもとてもいい仕事をしている。


「うん、とっても似合うよ。可愛い」

「ん、んふふ。えへへ。……あの、ユーリ。今、この間の話、していい?」

「え? なんだっけ」


 顔をゆるませていた幸せそうなマリオンに私の顔もゆるんでいたところ、ふいに表情を引き締め、もじもじしながら話題を変えられた。とっさのことに思い浮かばずに首をかしげる私に、マリオンはちょっと唇をつきだした。


「もう。私が言いたいことあるって話」

「あ、そうだね。ごめん。どうぞ?」


 そうだった。まったく心当たりがないし、変に不安になっても困らせるだろうから考えないように脳みそから追い出していた。でも確かにマリオンの心の準備が必要なほどの大事な話だ。

 私は姿勢をただしてマリオンをまっすぐ見つめて促す。マリオンはそんな私に照れをごまかすように一つ笑って両手を合わせてもじもじしながら顎をひき、上目遣いに言いにくそうにしながらも口を開く。


「うん……あの、あのね。その。すごく、待たせちゃってると思うんだけと、その……私、もう、そろそろ大人って言ってもいいと思う」

「ん? うん、そうだね。大人になったね」


 私が待ってる? なにか約束をしてはたしていないようなことあったっけ? 全然わからないけど無難に相槌をうつ。


「うん、だから……け、結婚しよう。って言うか、その、そろそろ、いいよ?」

「うん?」


 え? 結婚? 誰と誰、っていうか、しようってことは、私とマリオンが?

 真っ赤になりながら何故か私がプロポーズした返事みたいに言ってくるマリオンはとっても可愛いけど、何? え? 私寝ぼけてそんなこと言った?


「ご、ごめん、私、いつプロポーズしたっけ」

「……軍を出る時に、家族になろうって言ってくれたでしょ?」


 私の言葉にマリオンはなんだか泣きそうなくらい表情をゆがめてそう言った。それはもちろん、覚えている。それからずっと、私たちは家族で。いや、プロポーズではないでしょ。


「あの、家族っていうのはそのままで、あの時のマリオン今より子供だったし、あのマリオンにプロポーズしたらまずいでしょ」

「こ、子供って言っても、15歳だったし。それに! 血のつながってない二人が家族になるって言ったら結婚でしょ! プロポーズだったもん!」

「ごごごめんなさい! 私が考えなしでした!」


 勘違いだよー、だからそんなこと気にして無理に結婚なんて言わなくていいよー。と言いたかったのだけど、普通に怒られて怒りで真っ赤になったマリオンにぽこぽこ叩かれてしまって慌てて謝罪する。

 15って言っても小学生にしか見えないマリオンにプロポーズする25才はやばいけど、マリオンからしたら普通に15才だ。成人に一緒に仕事やめて家族として一緒に暮らそうって、言われてみれば確かにプロポーズ以外の何物でもない。


 頭を下げる私に、マリオンはむぅとにらみながらも手をおろしてくれた。

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