第7話 誕生日パーティ

 森はどこまでも続く、わけではない。でもかなり広いしその奥には山々も見えるし、日帰りできないほど遠くに行く必要もない。幸いいい感じにいろんな種類でかつお金になる魔物が生息しているので、私たちはそこで狩猟生活を送ることにした。

 なんとなくの地図もできた。それから近くの街へ魔物を売りに行ったり、それならと木々や草の確認をお願いされて調べた結果珍しいものもあったりして、薬草採取などでもお金になることがわかった。

 川幅が狭くて一キロギリギリない場所も発見し、なんとか私一人でも助走をつけてだけど一人で飛び越えることもできるようになり、保存する作業小屋をつくったりもしてなんとか生活は軌道に乗った。


 二足歩行の集団とは距離を置いていて、姿を見られたらその場で獲物もおいてとりあえず離れるというのを繰り返したところ、人間を見たことがなかったのか獲物をわけてると思ったのか、仲間意識を抱かれたようでジェスチャーで挨拶されるようになってしまった。

 ますますやりにくいので放置することにしている。他になかったので食べていたけど、ここには四足歩行の獲物も豊富で、味もそっちの方が美味しいまであるし十分に生活ができたので。


 そんな感じで馴染んでいると、マリオンも村に友達をつくったようだ。もともと人数の少ない村で子供の数も少なく、マリオンは興味を持たれていた。マリオンがどうしていいのかわからないという反応だったので無理強いしなかったけど、買い物に行ったりするたびに根気強く話しかけてもらうことでようやく友達になれたらしい。よかったよかった。

 私もほどほどに無難な付き合いをしていて、村の人はいい人ばかりでこのまま生活していけたらと思っていたのでマリオンも気に入ってくれてよかった。


 基本は休日以外毎日働いているとはいえ、以前に比べて毎日好きな時間に起きて、毎日美味しいご飯をゆっくり食べ、毎日自分が働きたいだけ働き、毎日ゆっくりとお風呂にはいって、毎日好きな時間に好きなだけ眠る。これをスローライフと言わずに何というのか。

 考えたらスローライフってそういうことだよね。最初から家庭菜園とか何かしらしてたイメージだし。ちょっと暴力的ではあるけど十分なスローライフ。


 私は日々心が癒されていくのを感じていたし、マリオンも以前より表情が柔らかくなっていっていた。


 そうしてのんびりしていると、一大イベントがやってくる。マリオンの誕生日だ。もちろん軍時代も祝ってはいたけど、誕生日パーティをひらくような余裕はなく、食事をとる時におめでとう。はいケーキ。くらいだ。プレゼントも衣類ならともかくあまりものを増やしても仕方ないとこあったし。

 でも今回は違う。なんせ家族になって最初の誕生日だ。これは盛大にお祝いしなければ保護者としてすたる。


 ということで私はまだ薄暗い中早起きし、そっとマリオンの隣を抜け出した。以前であればマリオンは私がトイレに行くだけで起きだしていたけど、今では抜け出しても起きなくなった。これもまた成長だ。嬉しい。


 鼻歌がでてしまいそうなのをこらえて料理をつくる。以前の生活で胃が鍛えられているので寝起きから濃いものは、なんてことはない。いつでもしっかり栄養補給できる。なので朝からがっつりご馳走だ。もともとこの世界、朝の方が豪華だしね。

 普段は売っている高価な食材も使ってふんだんにつかっていく。夫婦鳥の卵でオムレツ、馬鹿獅子のもも肉でトンカツ、青魚をつかったカルパッチョに、お隣でつくってる野菜をつかったサラダ。村はずれの牧場で作っているチーズをいれたふわふわ白パン、足長鳥の軟骨とミンチでつくった肉団子をいれ、生姜をきかせたなんちゃって中華風スープ。

 そしてなんといってもメインはステーキ! ユニコーンのサーロインステーキだ。こいつは近くにいないのだけど、川を越え森を超え山の近くまで行くとある綺麗な大きい泉の近くに住んでるんだよね。

 前に一人で散歩ついでに地図を広げていた時に見つけたんだ。牛か馬かぱっと見で迷うようなずんぐりした体にライオンのように首まわり全体にたてがみが生え、かなり長い角が生えている。捌いて売った残りを食べたけど美味しいんだよね。多分サーロイン級に美味しい部位。

 そんないい部位の大きな塊肉をオーブンでじっくり焼いた、ザご馳走感。我ながらすごい。


「……ユーリ?」

「あ、起きたー? おはよう。顔洗ってきな。ご飯だよ」

「うん……おはよう。行ってくる」


 前日にネタバレしないよう朝に一から始めたけれど、ちょうどいい感じの時間にマリオンも起きてきた。

 部屋にはいってきてくんくん、と匂いをかいだマリオンの前に立って視線を遮り、背中を押して一回だす。その間にささっとお皿によそっていく。


 冷蔵庫から出したケーキも見栄えがいい。レシピから関わって特注しておいただけある。とってもいい感じだ。自画自賛しているとマリオンが来たので素早く前をふさぎ、そっと目隠しをしてマリオンを席に座らせる。


「……どうしたの?」

「んふふ。マリオン、お誕生日おめでとう!」


 不思議そうなマリオンの声をスルーして、パッと手を離して拍手しながらそう宣言した。


「じゃーん、今日は朝から頑張っちゃった! みてー、すごいでしょ! 今日はマリオンの誕生日パーティだよ!」

「え、誕生日パーティ?」


 マリオンはぱちくりしながら私の言葉を繰り返す。隣の席に座って、マリオンのカップにマリオンが好きなお茶をいれる。マリオンは砂糖とミルクをたっぷりいれたのが好きなんだよね。

 顔をのぞきこむとまだ驚いていて、私は大成功すぎる状況に思わず笑ってしまう。


「んふふ。そ、そ。今まではあんまり大規模にできなかったけど、今年からは家族なんだしね。全部手作りだよー! さすがにケーキはあれだけど、レシピは私監修だからね」

「……全部、私の為に?」

「もちろん。全部食べていいよ。と言っても、一緒に食べるけど。本当におめでとう、マリオン。生まれてきてくれてありがとう。大好きだよ。これからもよろしくね」

「っ……う、うん!」


 マリオンは私の言葉に満面の笑顔になって頷いて、その勢いで涙を流した。その表情を見て、胸がしめつけられるように感じた。こんなに喜んでくれるくらい、今まで満たしてあげられなかった申し訳なさがあった。そして同時に、こんなに喜ばせられたことが純粋に嬉しくて、私もすごく嬉しかった。

 そんなマリオンの飛び切りの笑顔を見て、私はきっと、この子を幸せにするためにこの世界に生まれたんだと思った。


 私はあまりいい人生ではなかった。この世界に生まれ、母は早くに亡くし、残った父はろくでなしの酒狂いだった。私が前世を思い出したきっかけはそんなろくでなしに襲われ首を絞められているところで、前世でも私は首を絞められて死んだのでそれをきっかけに思い出したのだ。その勢いで魔力に目覚め、そのろくでなしを殺した。酔っていたのでこっそり繁華街に捨ててなんとかなった。

 もうすぐ15の誕生日で持ち家だったので孤児になるのは避けられたし、前世の記憶はあいまいだけど私は両親や友人に愛されたという自己肯定の記憶はあるので、マリオンのように卑下することなく、この世界がくずなだけで私は悪くないと開き直って生きてきた。

 ろくでなしの記憶があるので男性には苦手意識があるし、だからこそ一人で平和にスローライフをしたいと思って頑張ってきた。家族をつくろうなんて思ってなかった。この世界そのものが好きじゃなかった。なんでこんな世界に生まれたのか、前世の記憶を思い出してまで生きているのかよくわからないけど、生きているなら仕方ないから一人で気ままに生きていけばいいと思ってた。


 だけど、そうはならなかった。マリオンがいた。わたしのことをただの友達以上に思ってくれた。ただの依存でただタイミングの問題かもしれないけど、素直で一生懸命で私のことが大好きで、私も彼女のことが大好きだった。家族として過ごして、もっと好きになった。

 私のやりたいことに付き合ってもらっているとはいえ、マリオンがいることで制限は多い。マリオンの前では朝から自堕落に飲酒したりするのははばかられるし、だらだらするにしたって一日中まともに食事をとらずにだらけるなんて不健康はことはさせられない。


 それでも、それが苦ではない。マリオンが美味しいと言ってくれるから食事をつくるやる気もでる。マリオンがいるから仕事をさぼって限界まで浪費するようなことはしない。マリオンがいるから、人としてちゃんとしようって思える。

 マリオンがいるから、毎日楽しい。寂しさとは無縁で、マリオンがいるから毎日笑える。マリオンがいるから、私は幸せだ。


 私はきっと、マリオンの為に生まれてきたんだ。


 その思い付きのような発想は、とてもすんなり私の中で腑に落ちた。そうだったんだ。そっか。マリオンは天才なのに今まで人に恵まれなかった。そんなマリオンを幸せにするのが、私の生きる意味なんだ。


「マリオン、ほら、涙を拭いて。美味しいうちに食べよう」

「ん! うん!」


 そっと涙をぬぐってあげてから、私はマリオンとパーティをした。ケーキは一回冷蔵庫にしまってたくさん食べて、プレゼントをした。


「え、ぷ、プレゼントまでいいの?」

「もちろん!」


 ずいぶん髪がのびたマリオンはすすめた通りにツインテールにしてくれている。16歳で背も少しは伸びたとはいえ、まだ平均よりずっと小柄なマリオンにはよく似合っている。

 だけど私が言うままというのも自主性にかける。マリオンには自分でおしゃれする楽しみというのを知ってもらいたい。ということでちょっとおせっかいだけど、プレゼントはリボンやピン、髪留めなどのヘアセット用品だ。


「ツインテ、似合ってるし可愛いけど、マリオンは何もしてなくても可愛いんだから、きっとどんな髪型でも違った可愛さがあると思うんだ。どんなマリオンも好きだから、色んな髪型も楽しんでみてよ」

「……うん。えへへ、そうする。ありがとう、ユーリ」


 包装をあけて中身を確認したマリオンは何やら噛みしめるようにゆっくりと頷いてそう笑顔を見せてくれた。一瞬の間が気になるけど、不愉快さをかみつぶしたわけじゃないよね。いい笑顔だし、もしかしてちょうど欲しかったものでタイムリーだったとかかな?


 この日は一日ゆっくりご飯やケーキを食べたり、プレゼントの品をそれぞれ実践したり、お風呂も久しぶりに一緒にはいってマッサージをしたりして、たくさんはしゃいでとっても楽しい誕生日にした。来年も再来年も、マリオンが同じくらい喜んでくれる誕生日パーティをしようと心に決めた。

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