第6話 新しい職場は自然豊かです
さて、お仕事だ。戦う装備を整え、私たちは川の前までやってきた。川は大きい。横幅だけでも数キロはあるだろう。流れも早いけど、単純に船を使ってもここを渡ることはできない。
なぜなら自然の力以上に凶悪な魔物がここには住んでいる。人も魔物も絶対にここを渡らないのはこの川に影を落とせばそこにするどい歯と強靭な顎をもつ魚の魔物が襲ってくるからだ。しかも数がとんでもなく多い。この川はどんなに巨大な魔物でも中に入ったら無事ではいられないし船も不可能だ。金属でも何度もかじりついて瞬く間にかみ砕いてしまう。
水面2メートルくらいなら飛び上がってくるので鳥も近づかない。川辺は浅瀬が続くし、横を歩いている程度なら日の角度で影が落ちても襲われないけど、水に触れようものならその動きに反応してやってくる。触ってはいけない川だ。
しかしだからこそ、反対側の魔物も動物も近寄らないこの川はとても綺麗だ。別にある小さい川も釣りや水遊びができるけど、観光地として目玉の美しい景色としてはこちらにかなわない。
陸に上がってくる魔物ではないので近づいても安全で、なんなら餌をなげこんで魔物が集まる姿を見物する観光コースすらある。危ないのでそれは村の中で専門の人間が遠くに投げているけど、迫力満点らしい。人間って怖いもの知らずだよね。
この魚を狩ってもいいのだけど、一匹単位なら金属の棒を突っ込んで噛みついてきたのを陸に引っ張り込めば捕まえられるし、そのまま放置すれば殺せるのでそれなりに歯や骨格は出回っているのでそれほど価値はない。なお肉質はまずいそうだ。
というわけで、この川を越えて未知へ行くのだ。危険だろうけど、進軍の時は自軍のエリアを広げながらで小回りも利かないが、今は最悪それぞれ逃げればいいだけならなんとでもなる。川というセーフティネットもあるので、大丈夫だろう。
この川をセーフティネットに考えるのは私たちくらいだろうけど。
「マリオン、準備はいい?」
「うん。いつでもいけるよ」
「じゃあ、お願いします」
「うん」
マリオンは私の言葉に両手を胸の前で握って嬉しそうに頷いてから、私に前からぎゅっと抱き着いてきた。正面から抱き着いていて、ちょっと思ったのと違うけど楽しそうにしているので頭をなでると、ぐりぐり顔をすりよせてきた。
「ん、行く!」
しばしそうしてから、きりっと気合をいれた顔になったマリオンは私の腕の中でくるっと回って私に背中を向けた。自然にマリオンの肩においた私の手を自分でとって自分の前に回した。そのまま軽くバックハグすると、マリオンはぎゅっと私の腕に手を添えてから魔法をつかった。
魔法は詠唱をつけなければいけないものではない。習う時は詠唱から学ぶらしいけど、なれてくれば必要ないそうだ。マリオンは特に魔力が多くて天才なので感覚的に使えるらしい。
私も使ってはいるけど、自分の体に影響する身体強化系しか使えない。それも自己流でなんとなくできた、以上のことがない。軍に入って習ってみたけどちんぷんかんぷんだ。魔力の動きとかわからん。でも無意識だからなのか、私の魔法は強くはある。私の体はすっごく固くて頑丈でとっても強い。
でも魔法らしい魔法はつかえないわけで、私は空一つとべないので残念ながらマリオンの魔法で連れて行ってもらうしかない。いやまあ、できなくないけどね。私なら川に入っても無傷で魔物をかき分け進めるし、なんならジャンプして魚の頭を渡っていけるだろう。でもまあ、濡れるかもだしね。
というわけで、マリオンにおんぶされて運ばれる。しゃーない。適材適所だ。ちょっと見た目が悪いけど。
「こうしてのんびりマリオンと空の散歩をするのも楽しいものだねぇ」
以前にも運ばれたことはあるけど、緊急事態だったしね。マリオンの頭越しに見える眼下の景色は絶景だ。急ぎでもないからほどほどの速さで風も心地よくて、なんともいい気持ちだ。
「ん。今度、仕事以外でもする?」
「んー、いいね。ま、それもお仕事がうまくいったらだけど」
「ん! うまくいくよ。だって、ユーリと私、一緒だから」
「うん。そうだね」
なんて会話をしながらも難なく向かい岸についた。ちなみにちらっと下をみると影に反応して魔物がうごめいていたのちょっときもかったよね。
「じゃあとりあえず、どんな魔物がいるかとか調べていこうか。静かに隠密にいこう」
「うん。あ、地図とか、かく?」
「マリオン、さすが。地図なんかかけるんだ」
「ううん。書いたことないけど、いるのかなって」
「なるほどね!」
それは確かにその通りだね。二人とも地図を書いたことがないことを除けばね。まあ、だいたい分かればいいし適当でいいでしょ。紙もないんですけどね!
とりあえずその場で地面に現在地と書いた。休憩がてらここに戻って書けばいいでしょ。後で紙を持ってきて清書すればいいし。
「じゃ、しゅっぱーつ」
というわけで静かめに出発。川の近くは近づかない方がいい、というのが分かっているのか知能が高そうな魔物はいなかった。うさぎやネズミ、普通に森にいたらまあいるでしょと言うのはいるけどサイズも小ぶりで一般人でも普通に歩けそうだ。いや、毒蛇もいるしやめたほうがいいか。
とそんな平和な森もほんの数キロで終わりだ。まっすぐ進んで川の音が遠くなるくらいになると、魔物は巨大化してきた。体高3Mくらいはあるイノシシとかざらにいる。ここで狩ってしまうと持ち運びが面倒なので、つっこんできたイノシシは正面から捕まえて軽く投げとばして逃がした。
「ユーリ、ゴブリンが反応した」
「おっと。この辺りにもやっぱりいるんだ」
三匹目のイノシシを投げ飛ばしたところでマリオンがそう言った。多少派手に動くことで知恵のある魔物を引き出そうとしたところ、ゴブリンが引っ掛かったらしい。ゴブリンは一匹一匹は強くないが、その知能で群れをつくるので大規模な群れなんかがあれば面倒だ。
しかも同じ群れをつくる二足歩行の知能高めでも、オーガやオークはその面倒さに対して得るものがあるが、ゴブリンはまずいし皮をはいでもつかえないし、群れが生活していた場所も他の魔物がすみつきやすいと最悪だ。
ちなみにこの世界、二足歩行で人間っぽくても普通に食べる。オークは豚に似た味で美味しい。サイクロプスのような巨人種はあまりに大きくお肉はちょっと薄味だがゴブリンよりはましだし、目玉が特にうまい。残る部分は薬にもなって高く売れるしいい。
「大きいのもいる。オーガ、かな」
「え? オーガとゴブリンってそんな近くで群れつくるっけ」
マリオンの感知魔法はだいたいなので視覚ほどは情報量がないので、シルエット程度にしかわからないけど、大きさはだいたいわかるので勘違いじゃないだろう。
「んー。一緒にいる感じ?」
「え、まじで」
同じ二足歩行で同じように腰みのを巻いて同じように武器をつかい住居もつくると、類似点は多い。だけどそんなことを言ったら似たような四つ足の魔物が一緒の群れを作るかと言えばそんなことはない。基本的に違う種類の魔物が存在することはない。稀に魔物が別の種類に変化することはあり、そういう時は同じ群れに存在することもあるが、ゴブリンとオーガは体格が違いすぎる。変化することはないだろう。
「んー。そーっと近づいて、まずはどんな感じか伺ってみようか」
「ん。じゃあ、飛んで空からみてこようか?」
「大丈夫? 弓とか」
「! 大丈夫だもん。行ってくる」
ゴブリンならともかく、オーガは体も大きく使う武器もしっかりしている。弓を空に向けても相当の高さまで飛ぶ。マリオンは一度油断してオーガの弓に射られて落ちたことがある。その時は私が着地地点に飛び込んでそのまま連れて逃げて事なきを得たけど、あれはひやっとしたよね。
とはいえ一度のミスだ。あれからしばらくマリオンは警戒してうかつな高さで飛ばないようしたりしてたし、大丈夫だと思うけど、前と同じシチュエーションだったのでつい聞いてしまった。
マリオンもそれを覚えていて恥ずかしかったらしく、いつになく語気を強めて勢いよく飛んで行ってしまった。
うーん。ふっと思い出して言っちゃったんだけど、悪いことしちゃったかな。私にとってはあの時と今のマリオンの年はそう変わらない印象だけど、マリオンにとっては2年前はもう掘り起こされたくない大昔のことなのかな。
「と」
ぼーっとしていられない。大丈夫だろうけど、念のため見ておかないと。オーガが大丈夫でも、他に新たな危険がいないとは限らない。だからこその偵察だけど、絶対見つからないとは言えない。なんせすでにゴブリンとオーガが一緒にいる異常が起きているんだから。
とはいえ、あまり近づいて私の存在が知られては本末転倒だ。あくまでマリオンが見えるように離れたところから空が見える場所を陣取るだけだ。
手近な木を登って視界がたかくなったところでマリオンの姿が見えた。念のため近くの一番高い木に移動しながらマリオンを見守る。弓を警戒してかずいぶん高い。その分見守るのも楽だ。
マリオンは下をきょろきょろしながら見ている。うーん、隙だらけだ。マリオンは魔法がうまくて遠距離で敵なしなことから、あんまり警戒が上手くないんだよね。感知魔法を覚えてから余計にそうだ。
でも感知魔法にひっかからないような何かが空から来ないとも限らない。はたまた、ひっかかっても問題ないスピードで迫る何かとか。
だから私もマリオンに感知魔法を使ってもらっていても警戒は解かない。マリオンみたいに広範囲はわからないけど、5メートル以内に近づかれたら気配でわかるし、そこで気づいてから反応すれば銃弾だって躱せる。この世界に銃ないけど。
でもそれでマリオンと一緒の時はいつも私がささっと対処しちゃうし、ていうか基本私とマリオン一緒にいたからマリオンの危機感が育たなかったのかも。
とりあえずかわりに空も見ておくことにした。うわー、いい天気ー。軍にいる時に見たことのあるような空からくる大型の魔物も見当たらない。今のところ魔物が騒いでいたりするような異音はない。風の音くらいだ。
マリオンは感知魔法を頼りにさがしているようで、ふらふらとあっちへ行ったりこっちへ行ったりしてから、すーっと一方向へ向かいだした。結構距離ができたので私もついていく。
物音がでないよう一度降りてしばらく地面を静かに移動してからまたあがって、というようについていく。
そうしているとマリオンは群れを見つけたようで、さらに高度をあげて円を描くように下を観察して何やら頷いている。
と、戻ってきそうだ。私は見つからないうちに木からおりて元の位置に戻る。
「お待たせ」
「おかえりー。ちゃんと見れた?」
「大丈夫。全然大丈夫だった」
「そっかそっか。よくできました。じゃあ、いったん川辺に戻って情報整理しよっか」
「ん」
頭を撫でて褒めてから、休憩もかねて私たちは川辺に戻って大まかな地図を作成した。
そこまでの会話で聞き取ったところ、ゴブリンはオーガだけではなく見たことのない尻尾の生えた二足歩行の魔物に、角の生えた一角獣の狼型などがいたそうだ。犬系は種類が多くて分類難しいんだよね。
それにそもそも人類が観測して無事だった魔物しか名前はないし、ない可能性もあるしね。なんせここは人類未踏の未開の地。魔物の生態も違いそうだし、ここはひとつ私たちが名前をつけてあげよう。
「思った以上に違う環境みたいだね。魔物同士の結びつきが強いなら、下手に集落をつぶすのも危険かもね」
思えば以前はとにかく殲滅すればよかったけれど、いわばここは狩場。金の生る木なのだ。ほどほどに狩れて、ほどほどに今まで通り繁殖してもらわないといけない。そうなると弱い魔物でも全滅させると周辺の勢力図がかわったりして生態系に狂いが出る可能性はある。
ここは大きな群れに下手に手を出すと全面戦争状態になって、全員殺すまで止まらなくなると非常に困るし、そっとしておくか。幸い、そこそこ集落は遠い。あいつらは遠征隊だったんだろう。もしあっても軽くスルーしておけば深追いしても来ないだろう。
「よし。じゃあ次は反対側をさがしてみよっか」
「うん。任せて」
マリオンは自信をつけたのか、得意げに胸をたたいて見せた。うーん。可愛い。空への無警戒さを注意するのは夜になってからでいっか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます