第5話 ここをマイホームとする

 国を出てからあちこち見て回りながら金策をし、私たちはいい感じの村に出会った。大きな川が魔物との生息圏を隔てていて普段は平和で、半日ほどで大きな街もあり、果樹園が主な生産物だけど、川を目当てに街からくる観光客もあてにしている全体的に活気のある村だった。

 最近息子夫婦のいる街に身を寄せるため引っ越したという空き家もあったというタイミングもあり、私たちはそこを住居にすることにした。

 平和でありつつ、川を渡ってしまえば強い魔物がいてその素材を街にもっていけば換金できるというのも魅力だった。またその主流とは別の小さいけど綺麗な川があり安全に水遊びもできる。魚も肉も新鮮なものが食べられほどほどに交通の便もいいと言う理想的な村に見えた。


 ここまでの旅で傭兵としての信用も積み重ねてきて、この村にきたのも仕事の一環であり結果としてこの村の危険を排除したのもありすんなりと受け入れてもらうことができた。


「ついに今日から、私たちも一国一城の主となったわけだね……」

「? お城じゃないけど」


 運ぶのも大変ということで家具もそのままもらえたので、朝から掃除をして荷物を配置すれば、もう私たちはこの村の住人だ。

 住居を決めたからと昨日のうちに街でいろいろ買っておいたのもあって、片づけにそこそこ時間をとられ夕方になってしまったけど、明日からスローライフがはじまるのだ。

 まあ働かないとはいけないけど、ほどほどでいいだろう。時間に追われる必要はない。そう、自営業なのだから。


「ご飯は宿でいい? 考えたら調味料はあんまり買ってないし、明日また街に買い出しだね」

「うん」

「あー、あとお風呂もつくりたいよね。今は季節的に水浴びでもいいけど」

「うん」

「……あの、この家に決めるくだりとか全部私が決めてるけど、マリオンも希望あったらがんがん言ってよ? 二人で暮らすんだし」

「ん。別にない。いいとこだと思う。ユーリと一緒だし」

「うーん。ならいいけど」


 私はすごくいいと思うしテンションもあがるし、明日からの生活に夢わくわくだけど、マリオンはいまだにいまいちスローライフを分かっていない感。そろそろ軍をやめて半年になるんだし、普通の生活にもだいぶなれてきてると思うんだけどなぁ。


 まあそれも時間の問題だろう。時間はすべてを解決する。と思い、私はマリオンを無理に問い詰めることはせずにスルーする。

 夕食は何度も食べているのですでに実家のような安心感さえある宿のおかみさんの手料理をいただき、家に戻って最低限水で体を清めて今夜は眠ることにする。


「それじゃあおやすみ、マリオン」

「うん……おやすみ」


 そう軽く部屋の前で別れる。そう、当たり前だけど新居まで同室でいることはない。もうずいぶん経つし、ここは田舎なので夜に鐘が鳴ることもなく、喧騒とは程遠い。なのでそろそろ一人で眠れるだろう。

 最初に一緒に寝てからなんだかんだタイミングをのがしてずっと同じベッドで寝てたんだよね。マリオンが小さいからいいけど、まだ成長期終わってないだろうしちょうどいい機会だろう。


 昔は子供をいれた四人家族で住んでいただけあって部屋数も多いので、まだ余っているくらいだ。それぞれ自分の部屋を決めた時もマリオンも何も言わなかったので、なんなら私がいつ離してくれるかまで考えてた可能性すらある。


 ちゃんと昼間干しておいた寝具に寝転がると、ふんわりいい匂いがした。大きめのベッドが私にはちょうどいい。ぐっと手足を伸ばすと解放感と共に、すっと音もなく睡魔がしのびよってくる。


「……」


 静かだ。マリオンの音がしない。今日までずっと、私の夜にはマリオンが寄り添ってくれていた。だからかなんだか寂しく感じてしまう。

 だけどこれが当たり前だ。明日になればまたマリオンと一緒なのだし、そんな風に思う必要はない。


 軍にいた記憶はずいぶん薄れてきた。それでも時々、思い出したようにあの頃の夢を見て飛び起きることがあった。そんな時、マリオンの存在は私にとって大きかった。だけどそろそろそんなのは卒業だ。

 最近はもう夜中に起きなくなったし、ここは非常に眠りやすい。静かで、遠くから鳥や虫の音がかすかに聞こえるくらい平和で、無意識に警戒することもなく体をほぐしていくことができる。


 さあ、寝てしまおう。私が睡魔に身をゆだねようとした、その時。


「!?」


 こんこん、とノックがされ、私はびくっと飛び起きた。そうしてベッドの上で臨戦態勢をとってから、そんな自分にびっくりする。ここには危険なんてない。冷静になればドアの向こうの気配もマリオンだ。

 足音に気づかないくらいリラックスしていたくせに、予想外の音にはびびって反応してしまう。私もまだまだ、平和になれていないらしい。


「なに? マリオン。はいってきなよ」


 息をつきながらそそくさと寝具の中に入りなおしてからマリオンを呼ぶ。


「……ん」


 マリオンはほんのかすかに声をだして応えてから、ゆっくりと入ってきた。


「ごめん、起こして」

「いや、大丈夫だよ。こっちおいで」


 私と違ってマリオンは最初から起きた状態でこっちに来たのだ。部屋の中の私の気配なんてわかっていただろう。それがわかっていても体裁をととのえるように姿勢を正していた自分がちょっと恥ずかしい。見栄っ張りか。

 とりあえずベッドのふちをぽんぽん叩いてマリオンを座らせた。静かに従って黙っているマリオンに、手持無沙汰なのでなんとなく頭を撫でる。


「で、なにかあった? ベッドが臭くて眠れないとか?」


 昼に確認しているのでそんなことはありえないけどおどけてそう尋ねてみる。というかそのくらいじゃないと部屋にくる理由がわからない。少なくとのこの半年で、睡眠リズムは改善した。普通に眠気はきているはずだ。


「……ん。その……これからも、一緒に寝てほしい」


 マリオンは私の手に自分の手を重ねて引き寄せ、顔を摺り寄せつつも私を振りむかずにそう言った。ごろごろと甘える子猫のように私の手にじゃれながら、顔も見せないマリオン。

 そんな子のお願いの意味がわからないほど、私は無頓着ではない。


「うん。いいよ。一緒に寝よっか」


 私は眠れそうだった。少し寂しいけど、それも一時のことだろう。でも、マリオンはそうではなかった。ずっと私と一緒に寝ることに、何かを見出していたのだろう。マリオンもまた一緒に寝ることに安らぎを見出してくれていたのだろう。それが私より少し強くて、離れがたく、なくては眠れないくらいに。


 だったら一緒に寝よう。マリオンは変わった。少なくとも、あの日私が別れようとした時、ただどうすればいいのかわかっていなかったマリオンではない。今、マリオンは自分から私にお願いした。そうしてほしいと自分の欲求を言葉にしたのだ。

 嬉しい。マリオンはまだ、心の傷がいえていないのだろう。それは悲しいことだ。だけど間違いなく、あの頃より人間らしくなっている。成長しているのだ。私がやってきたことは無駄じゃなかった。連れ出してよかったのだ。


「……いいの?」

「うん。私もね、マリオンと一緒じゃなくて、寂しいなって思ってたんだ」


 恐る恐ると言った風に振り向いて、少し恥ずかしそうにしながら確認するマリオンを、私はぎゅっと抱き寄せて寝具の中に引きずり込む。


「さあ、寝ようか、改めて、おやすみ」

「うん……おやすみ」


 マリオンの音でいっぱいになって、他の音は聞こえなくなる。だけどそれでい。マリオンもきっと、私の音でいっぱいになっているんだろうから。

 もう、怖い音はない。それでも、聞こえるかもしれないとマリオンは恐れているんだろう。だから聞こえないように、私の音で耳をふさいでるんだ。それでいい。怖くなくなるまでずっと、私が傍にいればいい。


 そうして私たちは眠りについた。


「……んん。おはよう、マリオン。よく眠れた?」

「ん。おはよう。よく寝た、よ」


 翌日、私たちは初めての新居で目をさました。いつも通り、マリオンの方が少し早起きで、いつも通りの返事だった。だけどいつもより年相応の子供らしく見えたのは、きっと私がそう思いたいからだろう。でもそれでもいい。いつかは本当になるのだから。

 それから改めて二人で過ごしやすいようまた模様替えをした。二つのベッドをくっつけて、それ以外の部屋と分けたり、足りないものを買い足したりした。


 そうして数日、私たちは自分たちの新居がなじむように調整した。


「……ユーリ、そろそろ働かなくていいの?」

「いいところに気がついたね、マリオン。もちろん、働かないと駄目だね」


 少しは増やした貯金も、これでまた目減りしてしまった。格安物件とはいえ、一軒家とその他もろもろを買ったのだ。当然の話だ。

 だけどつい、いよいよ本格的に始まったスローライフにだらだらしてしまった。


「じゃあ、仕事をしようか」

「うん。川の向こうに行くんだよね」

「そだね。余裕ができたら村の仕事を手伝ってもいいけど、しばらくは金策だね」

「村の仕事……私、そういうの、よくわからない」

「大丈夫大丈夫。私もわからないから」

「……それは、大丈夫なの?」


 不安そうにされてしまった。大丈夫大丈夫。誰でもみんな最初は初心者なんだから。

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