第四章 存在

「ごめんね。急にこんな話しちゃって」

陽菜はカフェでの出来事を翔に相談していた。

麗香のことで追い詰められていた陽菜を心配して、「何か悩んでることがあるなら相談して」と翔は言ってくれた。だから話してみることにした。思い切って打ち明けてみれば、何か変わるかもしれないと思ったのだ。

「全然いいよ。頼ってくれてむしろ嬉しいし」

陽菜の話を聞き終えた翔は、少し考えたあと、聞き慣れない言葉を発した。

「…それって、解離性同一性障害じゃない?」

「かいりせい…?」

「解離性同一性障害。いわゆる二重人格ってやつ」

二重人格。その言葉なら聞いたことがある。

「よくそういう映画あるよね。一人の中に二人の意識があるの」

「そうそう。幼少期に性虐待を受けてた人が発症しやすいらしいよ」

翔はスマホを見ながら答えた。

陽菜は今までの麗香の発言や行動を思い出す。

確かに、麗香が二重人格だとすれば、全ての辻褄が合う気がした。

でも、本当にそんなことがあるのだろうか。

あったとして、これからどうやって麗香と接すればいいのだろう。

正直、これからもあの別人のような麗香を見なきゃいけないのは辛い。

そのとき、陽菜の頭にある考えが浮かんだ。

「…バイト始めようかな」

「なんか言った?」

「いや、私がバイト始めて、麗香と少し距離置けば、麗香を別人格にさせることはないのかなって思って」

考えてみれば、麗香が豹変するのはいつも陽菜と二人の時だった。

二人の時間が少なくなれば、必然的に別人格になることも少なくなるかもしれない。

「勝手な想像だけどね」

「ううん、いいと思う。あ、良かったらバイト探し手伝うよ」

「ありがとう。でも流石に自分でやるよ。迷惑かけちゃ悪いし」

相談乗ってくれてありがとう、と翔に言い、陽菜はその場を後にした。


「バイトを始めることにしました!」

次の日の放課後、帰り道で陽菜は麗香に報告した。

「…それで一ノ瀬くんと会ってたんだ」

麗香なら応援してくれると思ったのに、またあの冷ややかな態度だ。

それよりなぜ翔と会ったことを知っているのだろう。あの日は別々に帰ったはずなのに。

陽菜のそんな思いを汲み取ったように麗香は言った。

「…隠し事なんて寂しいなぁ」

並んで歩いていた麗香は陽菜の前に立った。

「陽菜が困ってるとき、助けてくれる人、麗香の他にいた?」

見下ろしてくる目が、怖い。

怖いのに、目が離せない。足がすくんだ。

「陽菜には麗香しかいないんでしょ」

陽菜は怖くて、麗香から逃げるようにして走った。とにかく麗香から離れたかった。陽菜に異様に執着してくる麗香が怖かった。

あんなの、わたしの知ってる麗香じゃない。

次の日から、陽菜は営業のバイトを始めた。

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