第三章 違和感

「っていうことがあったの!」

昼休み、陽菜は先日の来留海とのやり取りを麗香に相談していた。正直、もう翔と話せないと思うとショックだった。とりあえず誰かに話を聞いて欲しかった。

「陽菜は一ノ瀬くんとどうしたいの?」

「どうしたいって…これからも友達でいたいなーって」

「それなら、決まってるじゃん」

陽菜は慰めの言葉を待っていたが、麗香から放たれた言葉は予想外のものだった。

「消しちゃえば?」

「…え?」

「消しちゃえばって言ったの」

「消すって…何を?」

「来留海を消すの」

顔に一切の笑みが浮かんでいない。冗談のつもりではないのだろう。しかし、今までホラー映画やお化け屋敷を苦手だと言っていた麗香が、いきなり人を消すなんて物騒なことを言うはずがない。そもそも意味が分からない。

「消えて欲しいって、顔に書いてあるよ」

麗香はまるで別人の様だった。

「何言って…」

陽菜が問いかける前に、麗香はどこかへ行ってしまった。


「あ、西条さん見一つけた」

休み時間、廊下を歩いていた陽菜は、聞き慣れた声に振り向くと、そこには翔がいた。

「それ以上近づかないで!」

慌てて陽菜は翔を右手で妨げる。翔の顔に「?」の文字が浮かぶ。当然の反応だ。しかしこの状況を来留海に見られるとまずい。

「その…映画はもうたくさん見たから!今までありがとう。安西さんとお幸せにね!」

そこまでひと息で言い放つと、陽菜は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

遠くから呼び止める声がしたが、聞こえないふりをした。


「西条さん」

再び翔に話しかけられたのは、あの本屋の中だった。

ここならさすがに来留海も来ないと思ったのだろう。

「…なに?」

来留海に脅されたとは言え、失礼なことを言った罪悪感がある陽菜は気まずさを感じた。しかし無視するのも失礼なので仕方なく尋ねる。

「来留海から何吹き込まれたのか知らないけど、俺とあいつそういう関係じゃないから」

「…え、そうなの?」

「うん。ただの幼なじみなだけなのに嘘つくんだよ。昔からそうなんだ。迷惑かけてごめん」

それを聞いて、どこか安心している自分がいた。

「そうだったんだ…こちらこそ失礼なこと言ってごめんなさい」

自分の勘違いに恥ずかしくなり、陽菜は頭を下げた。

「西条さんが謝ることじゃないよ。もう来留海にはちゃんと伝えておいたから」

もし今後も何か言われたら俺に言って、と翔は優しく言った。

「…じゃあ、これからも色んな映画見せてね!」

別れ際、陽菜がそう言うと、もちろん、と言って翔は笑った。


「今日は皆さんにやってもらいたいことがあります」

それからしばらく経った日の朝、ホームルームで先生は深刻な顔をしながら話した。

「先日、隣のクラスの安西さんが怪我で入院して、今日から一ヶ月の入院が決まりました」

来留海が…? 入院…?

陽菜の心の中がざわめく。

「そのため、一人一枚メッセージを書いてください。出来上がった寄せ書きを安西さんに届けます」

消しちゃえばいいんだよ。

この間の別人のような麗香の声が頭の中で響く。

来留海を消すの。

「知ってる?来留海、歩道橋の階段から落ちたんだって」

「そうそう。誰かから突き落とされたらしいよ」

「えー?なんか嘘っぽい」

「まあ、来留海のことだしね」

後ろの席の女子がこそこそと話している。

陽菜は窓際の席に座る麗香に目を向けるが、逆光のせいでどんな表情をしているか分からなかった。


「それでそのヒロインの友達が最悪でね」

放課後、今日も陽菜と麗香はいつものカフェに来ていた。平日ということもあり、客は少ない。

「それはイライラするやつ!」

先日見た恋愛映画の話だ。麗香がチョコバナナの乗ったパフェにかぶりつく。

あの昼休みの件のあと、恐る恐る麗香に話しかけたが、至っていつも通りの反応だった。そういう日もあるのだろう、という結論に至り、気にしないことにした。来留海のことは、何も聞かなかった。麗香がまた別人のようになってしまいそうな気がして、怖くて何も聞けなかったのだ。

「続いてはこちらのニュースです。先日起きた幼児誘拐事件について、犯人はまだ捕まっておらず…」

カフェに備え付けてあるテレビに映ったアナウンサーが淡々と話す声が聞こえた。

「誘拐?怖いね」

陽菜は目線だけをテレビに移して言う。

「…親がちゃんと見てないのが悪いんだよ」

まただ。あの時の顔と同じだ。

「…え?」

陽菜は麗香の顔に目線をずらすが、麗香はテレビを見たままこっちを見ようとしない。

「大切な存在なら、ちゃんと離さないようにしなきゃいけないのに」

…怖い。

陽菜は直感的にそう思った。

「麗香…?」

「トイレ行ってくる」

陽菜が呼び止める前に、麗香は席を立ってどこかへ行ってしまった。

それから数分後。

「お待たせ〜!待った?」

麗香は戻ってくるなり、自分の食べかけのパフェを見て驚きの声を上げた。

「え?誰か来てたの!?」

「誰って…さっきまで麗香が食べてたんだよ」

パフェを見つめながら子供のように驚いているのはいつも通りの麗香だった。さっきまでの麗香が嘘のようだ。

「…アミだ…アミがやったんだ」

宙を見つめながら聞いたことの無い名前を麗香は独り言のように呟いている。

「…アミ?ねえ、その、アミって誰?」

問いかけるが、返事はない。

「陽菜、帰ろう」

誰かに怯えるように言う麗香は幼い女の子のようだった。

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