第二章 日常
それから意気投合した二人は、すっかり仲良くなった。お互いを親友と呼べる存在になるまで時間はかからなかった。好きな漫画や趣味が似ていて、お互い一人っ子という共通点の多い二人は自然と仲良くなる運命だったのかもしれない。
放課後によく遊びにいくのが二人の日課だった。
今日は学校の近くに新しくできたカフェに来ている。開店したばかりということもあり、店内は賑わっていた。
「そういえば昨日の小テストどうだった?」
「もう全っ然ダメ!」
頼んだいちごのパフェを頬張りながら麗香が不機嫌そうに言う。「いっぱい勉強したのに…」と付け加える。
「わたしも赤点ギリギリだった」
セーフ、と言いながら陽菜は余裕の笑みを浮かべる。目の前のブルーベリーの乗ったパンケーキをおもむろに口に入れた。甘酸っぱくて美味しい。
「え、陽菜補習ないじゃん!いいなー」
そうやってわたしだけ置いてってずるい〜、と麗香は駄々をこねる。
「よし、罰としてこのブルーベリーは私がいただきます!」
陽菜が止める間もなく、最後に食べようと取っておいた一番大きなブルーベリーが麗香の口の中に吸い込まれていく。
「それ楽しみにしてたのに!」
その様子がなんだかおかしくて、二人して笑い合った。
こんな日々がずっと続けばいいな、と陽菜は目を細めた。
わたしには麗香しかいない。
自然とそう思えた。
ある日の放課後、陽菜は学校近くの小さな本屋に来ていた。小説や漫画まで豊富な種類を取り揃えているこの場所は陽菜のお気に入りだった。麗香との待ち合わせ場所にはちょうど良い。この合間に本を見て回るのが好きだった。
見つけた。
目線の先には、一冊の本がある。最近流行った実写映画の原作漫画だ。それを取ろうと手を伸ばすが、陽菜の身長では微妙に届かない位置に置かれている。苦戦していると、背後から誰かの長い腕が伸びてきて、目的のそれを掴んだ。
「はい、これ」
振り向くと、背の高い男が立っていた。男が着ている制服から、同じ高校だということが分かった。
「あ…ありがとうございます」
陽菜は慌ててお礼を言うと、男は「どういたしまして」と笑った。
「それ好きなの?」
「好きっていうか、最近映画見て、原作が気になって…」
「映画趣味?」
「そうですね、週末によく見てます」
「そうなんだ、俺も色々見てるよ」
それから男も趣味だという映画の話題になり、二人は盛り上がった。
男は一ノ瀬翔といい、陽菜と同じ一年生で、隣のクラスだった。人見知りの陽菜が、異性とこうして自然に話せたのは翔が初めてだった。
「今度おすすめのやつあったら持ってく」
「ありがとう。またね」
おう、と翔は相槌を打つと出口へと向かっていった。
「ごめ〜ん、遅くなっちゃって」
聞き慣れた声の方を向くと、すれ違いで麗香が帰ってきた。
「誰あの人?さっき話してたよね」
麗香が指差す方向には、本屋を出ていく翔の後ろ姿があった。
「これ取ってもらったの」
陽菜は手に持っていた漫画をアピールする。
「ふーん、じゃあ行こっか」
興味無さそうな返事をする麗香をよそに、陽菜は見えなくなった翔の背中を見送っていた。
「おはよー陽菜。って、どうしたの?その顔」
麗香が驚くのも無理はない。あれから陽菜は、何度か翔から映画のビデオを借りていた。その借りたビデオを昨日、夜を更かして見た陽菜は寝不足だったのだ。
目の下にクマが出来ている。
「映画見てたら寝るの遅くなっちゃって...」
麗香は顔を曇らせた。
「夜更かしは肌に良くないんだからね!」
気をつけなよ、と麗香は叱った。人一倍美容に気を遣っている麗香が言うと説得力がある。
「気をつけます…」
陽菜は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「西条さん、ちょっといい?」
放課後、靴を履き替えていた陽菜に話しかけてきたのは翔と同じクラスの安西来留海だった。人との関わりが少ない陽菜でも、来留海の存在は知っていた。性格が悪いことで有名だからだ。そんな来留海が話しかけてくるなんて、よっぽどのことなのだろう。陽菜は身構えた。
「な、なんですか…?」
「聞きたいことがあるの」
「…聞きたいこと?」
「西条さんって最近翔と仲良いよね?」
「え?いや、たまにDVD借りてるだけで…」
そういうことじゃないの、と、来留海は陽菜の言葉を制した。
「もう翔に近づかないでくれる?」
あ、そういうことか。
点と点が繋がった感覚がした。
この人は一ノ瀬くんの彼女なんだ。
「翔は誰にでも優しいからさ、たまに勘違いしちゃう人もいるから警告してるの」
「別に勘違いしてるわけじゃ…!」
「だったら、自分のやるべきこと、分かってるよね?」
来留海の言う「やるべきこと」とは、「一ノ瀬翔に近づかないこと」だろう。
来留海には悪い噂が絶えない。気に入らなかった子に平気で嫌がらせやいじめをする人だ。ここで拒否したらあとで何されるか分からない。
「…分かった」
陽菜は頷くしかなかった。
来留海はにやりと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます