#21 憲兵隊

 軍の内通者についてラミーから聞いた日からしばらくして、キミヒコは憲兵隊に呼び出され、調査に協力していた。

 キミヒコが容疑者として取り調べを受けているわけではない。被疑者が捕らえられ、その人物と近しい間柄だったために聞き込み調査を受けている。

 内通の容疑をかけられたのはラミーだった。


「それで、ラミー中尉は軍の作戦に対し、不信感を持っていたと?」


「そこまで明確なものであったかは、私にはわかりません。ただ、先の作戦の影響か、精神的に不安定な様子は見受けられました」


 ラミーが軍への叛逆の意思を持っていたかについて、心当たりがないか何度も尋ねられる。そして何度も答えを濁していた。


「中尉はドライス家の直系、メリエス姫を匿っていた。それも、他の人間を連れずに、単独で市内に外出している時に救出し、それについて一切の報告を上げていない」


 キミヒコがラミーを庇っていると感じたのだろう。憲兵の男が、ラミーの疑義について説明してくれる。


 あの少女、メリーはなんとお姫様だった。事前に説明は受けていたキミヒコだったが、改めてその事実に愕然とする。


 だからあの娘は怪しいって言ったのに、あの馬鹿野郎はまったく……! 俺にまで迷惑かけやがってからに……。ていうか、なんでこんな最前線の都市にお姫様がまだいたんだよ……!?


 心の中でラミーへの恨み節をぶつけるキミヒコだったが、彼を積極的に売ろうとはしなかった。

 嫌疑が自身にまで及べばその限りではないが、今はまだその段階ではない。


 敵国の姫君を匿っていたということで逮捕されたラミーだったが、本命の理由はそれでないことをキミヒコは知っている。憲兵隊は軍内部に潜り込んだスパイを探しているのだ。


「私は彼女がそういう人間であるとは知らなかったですし、中尉もそうだったのでは? 将兵が現地妻を囲うなど、よくあることです」


 軍内部に敵に情報を流した内通者がいる。そのことを知っていると気取られるわけにはいかない。まして自身が内通者だと疑われないよう、キミヒコは慎重に言葉を選んだ。


「あなたについてはそうでしょうな。キミヒコ殿はメリエス姫の容姿や、彼女がこのビルケナウ市にまだ滞在していたことを知らなかった。中尉が囲った女が王家の人間であったなど、想像するのは無理がある」


「中尉は知っていたと?」


「それについては現在調査中ですし、その内容については機密事項です。キミヒコ殿にはお伝えできません」


 憲兵はキミヒコの探りには答えない。

 その後も益もないやりとりを続け、キミヒコが解放されたのは昼過ぎになってからだった。



 どうにも食欲が湧かずに、キミヒコは昼食もとらずに部屋へと帰った。

 そんなキミヒコを、彼の自動人形が出迎える。


「おかえりなさい、貴方。お疲れ様です」


「ああ……ただいま、ホワイト……」


 扉を開けて主人を出迎えた人形をキミヒコは抱きかかえ、そのままリビングまで歩いていく。そうして備え付けのソファまでいき、人形を膝の上に乗せながら腰を落ち着けた。


 深いため息が、キミヒコの口から漏れる。


「貴方、どうしました? 二日酔いですか? だからアルコールは控えるようにと――」


「ちげーよ。これから、どうしようかと思ってな……」


「どうするも何も、いつもどおりでは? 軍の要請に従って戦場に出て、チャンスを見つけてターゲットを始末する。そうでしょう?」


 陰鬱な気分の主人とは対照的に、ホワイトはいつもどおりだった。

 そしてそんなホワイトのいつもと変わらない様子の声が、妙に心地よく感じられる。キミヒコは人形を抱きすくめながら、ソファに体を倒し横になった。


 ホワイトはモゾモゾと体を動かし、横になったキミヒコに馬乗りの体勢になる。

 金色の瞳が、キミヒコを見下ろした。


「……ホワイト、腕の調子はどうだ?」


「問題ありません。修復は完全です。すでに万全な戦闘行動が可能です」


「そうか。頼りにしている。俺は、お前を……」


 そう言って、キミヒコは人形の頬を撫でた。

 人形はそんなキミヒコの手に、さらに自らの手を添えて押し付ける。キミヒコの手に、人形の頬の冷たい感触が広がった。


「また、なにか悩んでいますね……?」


 どこか優しい、そして湿り気を帯びた声色で、ホワイトが問いかけてくる。


 この人形は主人以外にはひたすら残酷で、他人の命や尊厳を踏み躙ることになんら躊躇はない。

 それでいて、キミヒコには優しい。

 表面上、嫌味を言ったり諫言をすることも多いが、この人形の根幹には主人への優しさがあった。


「悩んでいること、か。あの捕まった馬鹿を、どうしてくれようか、考えてはいる」


「どうするもなにも、このまま処刑されておしまいでは? まさか助ける気ですか?」


「助けない。経験上、俺が助けようと思っても碌なことにならんからな。それに、死にはしないだろう。もう出世は無理だろうけどさ」


 キミヒコはラミーを助ける気はなかった。

 自業自得だろうと思っていたし、助かる気があるのならまだ自力でどうにかできる範疇だとも思っていた。少なくとも、ホワイトの言うとおりに処刑されることはないだろう。


「……内通者はあいつではないと思う」


「根拠は?」


「帝国軍の情報を売る動機は、あの甘ちゃんにはある。この都市を焼くのにあいつは反対だったろう。だがそれなら、敵にあの作戦の詳細が伝わっていないのはおかしい」


 主人のそんな考えを黙って聞きながら、ホワイトはその手をキミヒコの頬へと這わす。

 その手は頬から徐々に徐々に上へと移動する。耳に触れ、左目を覆う眼帯の上をなぞり、そっと前髪を払う。最後はキミヒコの頭を撫でるようにして、その髪をといている。


「では、今回の件は誤認逮捕ですか」


「別に憲兵隊は間違ってない。実際、敵国の要人をあいつは匿っていた。だがそれだけなら、知らなかったで通せば、死刑まではいかんだろうよ」


 ホワイトはキミヒコの髪を指に絡めながら、黙って聞いている。


「……ホワイト。憲兵隊の動向はどうだ?」


「今までどおり、いえ、今まで以上に活発です。兵隊たちからは評判悪いですね」


 ホワイトの言うとおり、憲兵隊の評判はすこぶる悪い。


 ちょっとしたことで職務質問を受けたり、抜き打ちの荷物チェックで私物を没収されたりと、兵隊たちからは恐れられている。

 軍隊における警察なのだから、当然の職務ではあるのだが、最近はとにかく厳しかった。そしてそれは、ラミーが捕縛された後も変わらない。


「つーことは、だ。憲兵隊もラミーが内通者とは考えてはいないだろう。いや、可能性は考慮してるだろうが、本命ではないな。……だから、内通者のことはまだ探している。疑われんよう、気を付けないとな……」


 至極真面目な会話を続けながらも、ホワイトは甘えるような仕草で、スキンシップを続けている。


「つまり、今回の件と、内通者による情報漏洩は別件であると」


 ホワイトの言葉に、キミヒコは答えない。


 別件である、ともいえないような気がしているからだ。内通者の存在が疑われ始めてからのラミーの捕縛。憲兵隊の監査が厳しくなったからメリエス姫のことがバレた。現実的に考えれば、それだけのことだ。

 だが、キミヒコの勘は、この一連の流れに作為的なものを感じさせた。


「あの馬鹿が。ラミーの野郎、あれが姫だってこと知ってたのか? 軍に引き渡してれば、逆に手柄になったのにさ……」


 ため息混じりに、そんな悪態がキミヒコの口から漏れる。

 それきり考えることをやめて、ホワイトに頭を撫でられながらぼんやりとしていると、呼び鈴が鳴る音が聞こえる。


「軍の人間のようです」


 ホワイトが来訪者について告げる。


 さっきの今で、また何か呼び出しか。

 キミヒコは億劫になりながらも立ち上がり、身だしなみを整える。そうしてから、玄関に向けて「どうぞ」と声をかけた。


「失礼します」


 入ってきたのは、若い将校だった。襟元の階級章を見れば、少尉のようだ。


 はてどこかで見たことがあるなと、一瞬の思考の後に思い出す。

 ラミーの同期、彼と仲の悪かったパーカーという男だ。


「これはパーカー少尉。どうされましたか?」


 キミヒコの言葉にパーカーは一瞬驚いた顔をする。名前を覚えられているとは思わなかったのだろう。


「暫定的ではありますが、ラミー中尉に代わり、私がキミヒコ殿の窓口を担当します。今回はその挨拶です」


「それはそれは……どうもご丁寧に。少尉も大変でしょうね」


「いえ、軍務ですから。通常業務との兼務となりますが、しっかりと務めさせていただきます」


「ああ、いえ。それもありますが……同期ということでしたから、ね」


 抱負を語るパーカーに、キミヒコが言う。


 どうとでも取れる言い回しに、パーカーは困った顔をした。

 そんな様子を見て、キミヒコはふっと笑って言葉を付け加える。


「苦労されたでしょう? 私もさっきまで取り調べを受けてましたから」


「ああ、そういうことですか。……私も受けましたが、まあ、それだけです。キミヒコ殿には前任がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」


 安心したように、パーカーはそう言った。


「キミヒコ殿は話のわかる方だと聞いています。どうぞよろしく」


「ええ、よろしく。……その評判はありがたいですが、誰から聞いたので?」


 あらかたの話を終えて、握手を交わしながらそんなことを話す。


「共通の知り合いですよ。……前任からではないです」


 キミヒコの問いに、パーカーはそう言って、笑った。


 その後は二、三の事務連絡を交わして、パーカーは去っていった。


「ホワイト、あいつに糸を括り付けられるか? 気付かれないようにだが」


 パーカーの姿が見えなくなってから、キミヒコがホワイトに問いかけた。


「ふむ……。まあ、可能です。あの程度の魔力感知能力であれば、細く絞れば大丈夫でしょう。あまり細すぎると、盗聴は難しいですが」


「じゃあそれで頼む。くれぐれも慎重に、な」

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