#22 粛清の時間

 キミヒコたちがゾロアート市をあとにするのと同時刻。本来であれば多数の衛兵が詰めている衛兵庁舎は衛兵のそのほとんどが追い出され、警備局の職員が立ち入って好き放題に書類やらなにやらを漁っていた。


「首尾はどうか?」


 その渦中に大柄な体格の男が我が物顔で入っていき、仕事に勤しむ職員へ声をかける。騎士ヴァレンタインである。


「はっ。順調であります。既に有力な証拠をいくつか押さえてあります」


「結構。引き続き捜査にあたれ。走り書きでもなんでも、怪しい物品はすべて押収しろ」


「はっ。引き続き任務にあたります」


 職員の仕事ぶりを見るべく庁舎内を悠然と歩く騎士の腰には、騎士武装のメイスが下げられている。その鉄槌には赤い血糊が拭われた跡があった。直近に行われたであろう粛清の名残だ。


 仕事が順調なのか、その足取りは軽快なものだ。そんな彼に、恨みの籠もった声がかかる。


「ヴァレンタイン卿。いかに卿が騎士であるとはいえ、このような横暴が許されるとお思いか。これは、警備局の陰謀ではないのか」


 ゾロアート市衛兵隊のナンバーツー、副隊長の男である。とはいえ、ヴァレンタインの中では元ナンバーツーとなっていた。もちろん、衛兵隊長に昇格するからではない。もはや彼に栄達の目はない。栄達どころか、明日を生きて迎えることができるかも怪しい。


「これはこれは。無論、許されるからやっているのです。王立最高裁判所の令状は既にお見せしたと記憶していますが?」


 副隊長は歯噛みして俯く。

 それきり黙ってしまった副隊長を無視して、ヴァレンタインは庁舎内を見るべく歩みを再開した。


 そんな彼に、今度は先程とは別の職員から声がかかる。


「ヴァレンタイン卿。従騎士殿からあちら側は片付いたとの連絡が」


「ふむ……。順調なようだな」


「はい。例の弁護士事務所でなにか、卿の検分が必要なものを回収したようです。詳細は自分にも知らされていませんが、支局の方でお待ちとのことです」


「そうか。……ここはもう、完全に制圧した。あとは任せるぞ」


「はっ」


 すでに警備局の手に落ち、荒らされるばかりの衛兵庁舎をあとにし、騎士は警備局のゾロアート支局へと向かった。


 例の弁護士事務所で回収したもの。ヴァレンタインはそれがなにか、すでに知っていた。とはいえ、自身の目でそれを確認する必要がある。それだけの大物だった。


 警備局の馬車で急いで支局まで向かう。


「戻ったぞ。連絡を受けたが、回収したものはどこだ?」


 ヴァレンタインは受付に着くなり、目的の品の場所を問う。


「お疲れ様です、ヴァレンタイン卿。従騎士殿が回収された物品と共に、第一資料室でお待ちです」


 そうか、と受付職員に短く返事をして、ヴァレンタインは教えられた場所へ足早に向かった。


 第一資料室で彼を待っていたのは、彼の従騎士と遺体袋、そして見る者が見れば並のものではないとわかる一本の槍だった。


「ご足労いただき申し訳ありません、閣下」


「いや、いい。事前の話のとおりなら、早めの確認が必要だ。……それが、例の遺体と槍か……」


「はい。いずれも例の弁護士事務所で回収いたしました。槍の持ち主の方は、このとおりです」


 そう言って、遺体袋を開ける従騎士。

 遺体は首と両腕の肘先が切断され、心臓が抉られている。


「腕は槍を握ったままでした。戦闘中に武器ごと切り落とされたのでしょう」


「……実物を見るのは初めてだが、これは騎士スマウグの槍だな。私が知る特徴と一致する」


「すると、この男は……」


「当代の騎士スマウグだろうな。密かに継承されていたか」


 騎士スマウグは旧ゾロア王国の騎士だ。

 連合王国が成立して幾星霜。当時の反連合派の騎士スマウグから受け継がれてきたであろう槍が今、ヴァレンタインの目の前にあった。


「下手人はあの人形か。……見たか?」


 あの人形が騎士スマウグを始末する現場を見たか。騎士はそう問いかける。

 言葉少なであるのは、それだけ騎士の死というものがおおごとだからだ。実際、騎士らしき人物が死んだことを知っているのは、警備局でもこの二人と弁護士事務所の現場にいた数名だけだ。


「いえ……。事務所内の地下通路から侵入したようで、我々が包囲をしている間に、終わらせたようです」


「……人形遣いは?」


「お預かりした報酬を受け取るなり、どこかへ……。指示どおり、尾行はしていません」


「ん……結構だ」


 ヴァレンタインは満足げに頷く。


「それから、こちらも……」


 そう言って、別の遺体袋を見せる従騎士。そこには衛兵隊長アルフレートの首が収められていた。

 特に言葉もなく、それを一瞥するヴァレンタイン。散々手こずらされた政敵のあっけない幕切れに、なんの感慨もなかった。


「……これでよかったのでしょうか」


 今後のことに思いを巡らすヴァレンタインに、彼の従騎士がおずおずと問いかける。


「ん? なにがかね」


「人形遣いとその人形のことです。一都市の衛兵隊長と、我々が追っていた分断派の騎士をこうも簡単に殺害するなど……。あまりに危険です。野放しにしてよかったのでしょうか? 危険分子として処理するか、あるいは我々の味方に引きこんだ方がよかったのでは?」


 従騎士はキミヒコたちの危険性に懸念を抱く。


 実際、分断派の暗躍があったにせよ、最初に殺人事件を引き起こしたのは彼らで間違いない。

 娼婦殺しの疑いは裁判で無罪となり、その後の警備局の非合法依頼、衛兵隊長と弁護士の殺害の際にはあの人形の所持者は例の弁護士になっている。そういう意味ではキミヒコは法的にはシロである。だが、掛け値なしの危険人物であることに疑いはない。


「本気で処理しようとするなら、国境から腕利きの騎士を何人か呼ぶ必要があるな。私一人では手に余る相手だ」


「それほどですか」


「ああ。そして、あれは抑制の利くような手合ではない。手元に置くより、どこか遠くへ行ってくれた方がいい」


「それで、国外逃亡の手伝いを?」


「そうだな。……まあ、人形の方はともかく、人形遣いの方は話せない男ではないよ。……今後、あまり関わり合いにはなりたくないがね」


 処理しようにも手間がかかり、手元に置くには危険すぎる。どこか遠くへ行ってくれるなら、それでいい。

 主人の言葉に納得した従騎士は、それ以上キミヒコたちへの言及をやめた。

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