三章 キング

 Gアカデミーのカリキュラムを終えた僕は、三ヶ日サンデーグループがスポンサーを務めるJ2のプロサッカーチームに入団することになった。


 デビュー戦となった日。

 J2リーグの平均来場者数が4000人程と言われるなか、10000人を超す来場者が訪れた。


 目当てはキングの引退セレモニー。

 中学校の進路相談の用紙に「ブラジル」と書いて怒られたエピソードはあまりに有名だ。

 キングは還暦を迎える60歳まで現役のサッカー選手を続けてきた。そんなキングを一目みようと沢山のファンが押しかけていた。

 晩年のキングは、ピッチに立ったとしても数分程度だったが、そのために全力でトレーニングを続ける姿は人々に希望を与えた。彼ほどの知名度があれば、監督やコーチ、タレントや解説者といった仕事だってできたはずだ。


 選手としては終わっている。

 客寄せパンダ。


 心のない人は言うが、プレイヤーにこだわり続けるキングの生き様は大勢の人の胸を打った。

 僕はスポーツ選手には賞味期限があると考える自分を恥じた。


 後半40分。

 残り5分を切ったとこでキングがピッチに立つ。

 万雷の拍手が迎えた。

 スタジアムを揺るがすような声援がキングに向けられた。日本のサッカー史に名を残す選手と同じ舞台にいることを誇りに思う。生で初めてみたキングは芸能人のように煌びやかだった。白髪だらけの髪も、立ち姿も、些細な仕草も、全部カッコ良かった。僅か数分の出番でも腐ることなく、常に全力疾走。アスリートのかがみだ。


 僕はこの日を一生忘れることはないだろう。


 試合が終わり引退セレモニーが始まる。

 スポットライトが照らされるとキングが、はちきれんばかりの勢いで壇上に駆け上がった。

 一礼してマイクに向かうとスタジアムが静まり返る。


「100歳までサッカー選手を続けるつもりでしたが、残念ながら叶わぬ夢となってしまいました。サッカーが大好きです。生まれ変わったら、再びサッカー選手になって皆さんの前に立ちたいと思います。その時は、また応援して下さい。今までご声援くださり、本当にありがとうございました」


 キングが壇上を去ると、すすり泣く声や、怒号にも似た声援がスタジアムを埋め尽くした。僕は精一杯の拍手でキングを見送った。



 試合が終わり観客席にいた母と落ち合う。

 母は大きな花束を持っていた。

 スタートラインに立ったばかりなのに、大袈裟なと気遅れする。

 しかしそれは僕のためのものではなかった。

 母についていくと、そこには、キングが待ち受けていた。


「……お疲れ様でした」

 母は、かよわい声でそう言って花束を渡した。

「ハル。久しぶりだな。来てくれてたのか?」

 僕は首を傾げる。

「息子のショウ

 母から紹介されて、とりあえず頭を下げた。

 キングは一瞬驚いた表情をみせ、すぐに満面の笑みで手を差し出してきた。僕は咄嗟に握り返した。


「驚いたな。深井選手はハルの息子だったのか?」

 握られた手は、アスリート特有の筋肉質でありながらも柔らかみのある、暖かい手だった。


「引退試合にまさかハルの息子と同じピッチに立てたなんて、これも縁だな」


「……今までごめんなさい」

 ぎこちなく母が謝る。

「俺もお前と同じ年齢の時に家を飛び出したからな。しかもブラジルに。俺の方が酷いだろ!」

 キングがしわくちゃな笑みをみせた。

 ようやく母の顔にも笑みが戻った。

 そして僕は理解した。キングは母の父なんだと。


 プロジェクトGの後では、祖父がキングだと知ってもさほど驚きはしなかった。


 うん? 待てよ。


 キングが祖父で、ゴッドも祖父で、ひいじいさんはゲレ。超良血じゃん。セレクトセールに出たら一体いくら値がつくんだ? Jリーグ止まりの選手じゃ人主ひとぬしは腰抜かすな。せめてプレミアリーグ。笑えてくる。これでダメなら何をやってもダメだ。だって、チート装備だもん。


 そんなことを考える余裕すらあった。

 笑顔溢れる母に、予想だにしなかった祖父。

 新しい景色に胸が弾んだ。


 還暦を迎えたキング。

 颯爽とした姿はじいちゃんと呼ぶには恐れ多く、僕はキングと呼んだ。



 Gキャリアーと呼ばれる僕らは、サンデーグループの後押しもあり、プロサッカーチームや大学へと進路をとった。

「お前には負けないからな! 絶対に!」

 案の定、連絡をよこさない尾栗は、自力でプロの道を切りひらいた。相変わらずの鼻息が鬱陶うっとうしくもあり、嬉しくもあった。


 ただ一人だけ、こつ然と姿を消し、行方の分からなくなった奴もいる。サッカー未経験者の真弥野だ。

 サンデーグループですら掌握できないらしい。個性的な髪型だけが印象に残り、顔はおぼろげな記憶しかない。

 彼は何者だったのだろうか?

 ひょっとしたら、どこかの国の諜報員スパイだったのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。真相は分からないままだ。

 国家戦略。平和ボケした日本を舞台に、食うか食われるかの策謀が繰り広げられている。

 狂った世の中だからこそ、楽しもう。そう思った。サッカーやエンタメだけじゃない、人生そのものがお遊びで、僕は楽しむことが下手だ。


 物語はバッドエンドでもハッピーエンドでもない。あるのは軌跡だけで、結末なんて存在しない。

 だって、結末オチが決まっていたら楽しくないじゃないか!!


 深井衝。デビュー戦。

 1アシスト1ゴール。

 上出来だ。

 やっぱり、サッカーは楽しい。




【運命から逃げるようにではなく、】

【血統の限界に挑むでもない。】


【速いから、強いから、万能だから、】

【軽やかに、飛ぶが如く、】

【いつも真っ先にゴールする。】

【競争の原点。競馬の理想。】

【なのにそれは、新しい風景。】

【ディープインパクト。】

【風は颯爽。】


 ※名馬の肖像 ディープインパクトより引用




♢♢♢


 ディープインパクト

 サンデーサイレンス産駒の最高傑作。父サンデーサイレンスが他界した年、父と同じ誕生日に産まれる。日本競馬史上2頭目となる、無敗での中央競馬クラシック三冠を達成。日本調教馬で初めて芝部門・長距離部門で世界ランキング1位となった。

種牡馬としても素晴らしい成績を残し、サンデーサイレンスの後継馬として絶対的なリーディングサイアーに君臨した。

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