三章 ギルガメッシュ

 5対5で終了した後半戦。

 10分ハーフの延長戦をおこなうも得点は動かず、勝敗はPK戦に委ねられることになった。


 ゴールキーパーは美輪。

 ギャンブル狂いの勝負師。

 今日ばかりは期待も込めて、六本の腕を持つ魔神ギルガメッシュと呼びたい。六本の腕でゴールを死守してくれ!


 しかし、この時の美輪はツイていなかった。

 PK戦で一度もシュートを防ぐことなく、すべてのゴールを許し、僕らは敗者となった。



「……トイレ掃除、意味なかったな」

 美輪が力のない声を漏らした。誰も責めるものはいない。自分がゴールを決めていたならば。責めるのは自分自身だった。

 僕達の三年間が、PKという儚くも残酷なルールによって終わってしまった。



 校長が全校生徒を集めた。


 また長い話か……。

 校長の話に比例するような長いため息が生徒たちから漏れる。


 僕は支配者の象徴でもある校長が嫌いだった。

「校長」その響きは漠然と「偉い人」を連想させる。ところが実態を調べると「邪心」が浮き彫りになる。

 教員よりも楽な仕事で給料は上がる。教育委員会の手先となり教員を監視する役割。教育に殉ずる人間は、校長にならない。権力に巻かれてでも私腹を肥やしたい人間だけがなる。

 「国を良くしたい」。本来の目的そっちのけで、利己的になる政治家と同類。子供たちを教育したいという信念を持つ聖職者と、そもそもの「本質」が違う。


 僕が掲げる理想の支配者は二種類。

 信念とリーダーシップでグイグイと仲間を引っ張るカリスマタイプ。仲間を信頼することで、信用される理解者タイプ。ところがほとんどの人間はそのどちらでもない。信念もリーダーシップもなく、仲間も信頼しない。それはわがままなだけの征服だ。

 

 立場を利用してクソみたいな話をここぞとばかりにぶちまけやがって! 人の話なんて一言に簡略化できる。すべての内容は、詰まるところ「俺の話を聞け」だ。


 これが世の中の勝者だと思うと、胸クソが悪い。



「おじさん!」


 三ヶ日が校長の話を遮った。


 っておい!!


 この学校の支配者をおじさん呼ばわりとは、三ヶ日はどこまで王様気取りなんだ? 神にでもなったつもりか?


 意外すぎる状況に騒めき立った。


「静様!?」

 さらに校長が、三ヶ日のことを静様と呼び、ますます混乱が生じる。異様な雰囲気に包まれた。皆が誰かに真意を求めるように視線を泳がしたが、答えられる人間などいるはずもなかった。口をあんぐりと開けて、二人の動向を見守る。


「ここは俺の方から、話をさせてくれないかな?」

 通りの良い声で三ヶ日が話し始めた。


「俺は三ヶ日サンデーグループを継ぐ人間。そんな俺からみんなに折り入って頼みがある」


 三ヶ日と書いてサンデーと読むのか?

 素朴な疑問は、次に発せられた言葉で掻き消されることとなった。


「Gアカデミーは我が社が遂行するプロジェクトGによるものだ」


 プロジェクトG?

 聞き慣れない言葉が飛び出した。

 そうして、僕達はプロジェクトGの全貌を、三ヶ日の口から聞くことになった。



 待て待て待て待て待て!!

 情報量が多い!


 一つずつ整理していこう。

 まず、ここにいる全員が『ゲレ』の子孫?

 世界のサッカー界の頂点に君臨する選手。

 サッカーの王様。

 20世紀最高の選手といわれる男、『ゲレ』。


 それが先祖? 全員の?

 それだけで失禁レベルだ。

 校長がおじさんではなく、

 大叔父おじさんなんてことはどうでもよい。


 で、「ゴッド」ことロモス・瑠偉ルイが、国家戦略によって造られた『ゲレ』の息子?

 都市伝説レベル。信じるか信じないかはあなた次第です! て、フレーズを最後につけたくなるのは僕だけじゃないはずだ。


 そして、僕達の両親が「ゴット」の遺伝子から造られた人間? まじで? 『ゲレ』も「ゴット」もここにいる人間すべての先祖?


 最後に僕達の『娘』と三ヶ日の遺伝子を配合させて、『ゲレ』の奇跡の血量を持ったサラブレッドを誕生させるだって!?



 すべてが、ぶっ飛んだ。

 昭和のアニメの如く、チャブ台をひっくり返された。今までしがみついていた世界が、反転する。ルールが書き換えられる。

 僕の前に現れたのは、金髪巨乳の女神でもなければ、勝者にだけ贈られるトロフィーでもなかった。

 遥か斜め上のさらに上の上。


 倫理観とか、道徳感とか、細かくいえば色々あるが、それら全部を差っ引いても、面白い。

 僕の遺伝子でよければいくらでも提供する。

 国家ぐるみの壮大なスケールに浪漫を感じざるを得なかった。


 勝者と敗者。そんな概念すら覆された。

 もう、どうでも良い。

 プロジェクトのピースであることを誇りに思う。

 ただ、それだけだ。

 ちっぽけな自分に、笑いが込み上げた。


 あれ? ちょっとまてよ……。

 疑問が湧いたと同時に、

「しゃああー! オラァ!」

 美輪が拳を握りしめて勢いよく立ち上がった。


「俺の一人勝ちじゃあぁぁーー!!」


 誰が「ゴッド」の遺伝子を受け継いでるか?

 全員で賭けない?


 全員が、三ヶ日に投票していた。


「ゲレ」→『』→「両親のどちらか」→「全員」


「ゲレ」→「祖母」→「父」→「三ヶ日」となる。


 三ヶ日は「ゴッド」の遺伝子を保持していない唯一の人間。つまりハズレ。

「ゴッド」の遺伝子を持つのは、三ヶ日以外の全員だった。


 美輪だけが、自分自身に投票していたのだった。


「オラオラオラオラ、お前ら早く金を出せ!」


 全方位に集金する鮮やかな手つきは、腕が六本生えているかのように見えた。


「なんでもかんでも最初から決めつけてんじゃねーよ! 結果が分かっていたらギャンブルなんて成立しないだろーが!!」

 美輪いわく、本業がうまくいかない時はギャンブルに勝てる。その逆もしかりだそうだ。


「トイレ掃除やっといて良かったぁ!」

 幸運はいつも想定の斜め上からやってくる。

 きっと多忙な神様達が「願い」をたらい回しにする。母が愚痴る会社の業務と同じで、伝言ゲームになる。だから、回りに回った「願い」が少しズレた形の幸運となってやってくる。


 ただそのズレこそが、本人が望んでいるものの「本質」なのではなかろうか?

 浮かれる美輪の顔には、そう書かれていた。


 使命に準じる道であるならば、神様からの祝福が受けられる。反した道であるならば、困難が待ち受ける。たとえ困難を乗り越えたとしても、また次の困難が降りかかる。幼い頃に母から聞いた、そんな話を思い出した。




♢♢♢


 2組 監督 安田


FW11 成田 死神タナトス

FW9 真弥野 オーディン

MF10 深井 魔王

MF7 須定 アサシン

MF8 英進 マジックナイト

MF6 木関 バハムート

DF5 川上 獣人族 経験済み ケルベロス

DF4 中山 イフリート

DF3 里乃 ゴーレム

DF2 新山 ゴブリンロード

GK1 美輪 ギルガメッシュ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る