三章 月読命

 4対5。一点をリードされて後半戦を迎える。

 月読命は負けている時にしか、その力を発揮しない。負の熱源を推力としていた。


 エネルギーを常時継続して生み出すことのできる人間なんて、どれくらいいるのだろうか?


 例えばボクシング。

 チャンピオンと挑戦者。

 チャンピオンは守るエネルギーで、

 挑戦者は追いかけるエネルギー。

 チャンピオンになりたいという、

 追いかけるエネルギーの方が圧倒的に強い。

 だからチャンピオンを防衛することは難しい。


 勝つことは簡単でも、

 勝ち続けることは難しい。

 モチベーションを維持して、

 強大なエネルギーを生み出し続けることは難しい。

 

 ディフェンディングチャンピオン。横綱。

 リーディングジョッキー。

 頂点に君臨し続ける人間は偉大だ。


 

 だから、僕の思考回路はこう。

 嫌なことがあった場合、

 湧き出た負の感情をそれにぶつけるのではなく、対象物を変える。

 負のエネルギーを元凶に向けるのではなく、

 正のエネルギーに変化して、新しいことに再利用する。戦うわけでもなく、逃げるでもなく、新しい風景に挑む。それが僕のエネルギーの生み出し方。

 そう考えるようになったのは、中学三年生の頃に話が遡る。


 


 ──僕には彼女がいた。


 中学二年の夏に振られた。

 精神的に未熟な僕に、失恋は早すぎた。

 この世のすべてが、終わってしまったように思えた。人を信じることができなくなった。

 すべてを遮断して、

 僕の世界から彼女の存在を消した。

 

 塞ぎ込んでいた僕を救ってくれたのが、

 「Gアカデミー」入学の話だった。

 彼女のいない、遠い世界に行こう。

 そう、思った。

 立派な人間になって、いつか見返してやろう。

 そう、自分に誓った。


 この時からなんだ。

 僕がのエネルギーを変換するようになったのは。認められるためには、何者なにものかになるしかない。ざまあ系。後悔させてやる。

 夢や希望に満ちたキラキラとした世界から、僕はダークサイドの住人になった。月読命が見つけ出した、負のエネルギーを食べて生きる。


 成功は復讐。

 緋色の炎が眼球に灯る。



 後半戦。

 オーディンこと真弥野だけをワントップに残して、カウンター狙いのディフェンスシブな布陣を敷いた。サッカーにおいては弱者の戦い方だ。耐えながら好機を待つ。諦めているんじゃない。一発を狙う。


 王者の弱点。

 誰からも求められてはいない。

 圧倒的な力に委ねてはいるが、求めているわけではない。権力者が力で支配する、僕が最も嫌いなやり方だ。力での支配は綻びと反発を生む。大切なのは「理解」だ。

 守備的布陣で三ヶ日の突破力さえ、凌げれば勝機はある。


 トドメを刺そうと王者の剣が奮われる。

 ゴブリンロード、ケルベロス、イフリート、ゴーレム。魔獣達が、躊躇ためらいなく蹴散らされた。三ヶ日が全身全霊を込めたシュートを放つ。


「聖なる右脚エクスカリバー!」

 浄化の光をまとった閃光が刃となって襲いかかった。


 ゴールキーパーの美輪が左に飛ぶ。

 聖剣は逆方向への軌道を描く。

 無防備となった右スペースに黒い影が飛び込んだ。


 パーン!

 影の太腿に当たったシュートが破裂音を響かせる。間一髪で走り込んできた黒い影がシュートをブロックした。


「いったぁー! あと数センチずれてたら股間に直撃してたぜ……」

 太腿をさするのは黒魔道士だった。普段はディフェンスを怠る黒魔道士が決死のブロックで失点を防いだ。


 でかした!

 黒魔道士よ、マジックナイトに格上げだ。

 サッカーは11人でやるもの。

 ベンチやサポーターも入れて全員でやるものだ。

 ピッチ上は、個の能力を誇示する場ではない。

 三ヶ日よ。目にモノ見せてやる。



 前線で真弥野がガツガツとプレスをかける。

 ボールがくとこくとこ、モグラ叩きのようにしつこく追い回した。

 未来は無駄とも思える今、この瞬間の積み重ねでしかない。真弥野はプレッシャーだけを、ただひたすらにかけ続けた。

 真弥野の執念が相手のミスを誘った。トラップしたボールが溢れるとハイエナの如く奪取した。前線でのインターセプトは瞬時にチャンスを演出する。


「今だ!!」

 好機到来に攻撃陣が一斉に押し上げた。

 真弥野から成田へとボールが渡る。

 マジックナイトまでもが走り込み厚みを増す。

 成田がサイドを駆け上がった川上にボールを送ると、川上は鋭くセンタリングで折り返した。


「喧嘩殺法! 必殺レッグラリアート!!」

 センタリングに合わせて飛び込んできた真弥野がボレーシュートを浴びせる。


 ズバーン!!

 痛烈にヒットしたボールの弾道はクロスバーを直撃した。ため息が漏れるもボールはまだ生きている。


 諦めるな!

 彷徨うボールをマジックナイトが拾う。

 

 ナイス! マジックナイト!


「我がしもべ、黒き竜の息吹よ……」


 間に合うわけねーだろ!

 全員が突っ込みを入れた。


 詠唱が間に合わないことを察したマジックナイトが左サイドのゴブリンロードにボールを流した。ディフェンシブな布陣から捨て身のオーバーラップ。

 ゴブリンロードからのセンタリング。再びボールがペナルティエリアへと戻される。


 「殺され屋じゃなく、斬られ屋!!」


 影に潜んでいたアサシンが抜け出して、成田へのマークを外させた。ゴブリンの掛け声とアサシンの動きがディフェンダーを困惑させる。

 成田は体を反転させワントラップで、詰め寄るディフェンダーを交わすとシュートを放った。

 密集地帯でキーパーが覆い込むようにボールに飛びかかった。強烈なシュートがキーパーの腕に弾かれて、こぼれ球となる。


 月読命。

 本質や悪意を見透せる。

「魔」を見透かせる。

 外れるなら、場所ここ

 直感が、そう言っていた。

 マイナス思考のネガティブエネルギーがピンポイントで、その場所を示唆した。


 目の前にボールが転がった。


 成田がシュートを放ったと同時に、僕は走り込んでいた。


「終焉の魔剣ラグナロク!」

 聖剣エクスカリバーではなく魔剣と叫んだ。

 ボール目がけて滑空した。

 勢いまかせに頭から飛び込んだ。

 ダイビングヘッド。


 ズザザザザァァーー!


 頭に衝撃があった後は、

 もう、何も覚えてなんかいない。

 気がつくと、ボールと一緒にゴールの中へ転がり込んでいた。


 5対5。

 鮮やかなゴールも泥くさいゴールも同じ1点。

 聖剣も魔剣も同じつるぎ

 僕はボールを抱えて、すぐさまセンターサークルへと走っていた。



 ファンタジーの世界で有名な、

「聖剣エクスカリバー」

 モデルはアーサー王が所持した剣と言われる。

 伝記によるとエクスカリバーはあったと記される。


 一つは王位を継承する光輝く剣。

 もう一つは湖の貴婦人から授かる治癒の剣。



 正義VS正義。悪など存在しない。

 勝者が正義で、敗者が悪になるだけだ。




♢♢♢

 

 2組 監督 安田


FW11 成田 死神タナトス

FW9 真弥野 オーディン

MF10 深井 魔王

MF7 須定 アサシン

MF8 英進 マジックナイト

MF6 木関 バハムート

DF5 川上 獣人族 経験済み ケルベロス

DF4 中山 イフリート

DF3 里乃 ゴーレム

DF2 新山 ゴブリンロード

GK1 美輪 勝負師 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る