三章 ヤタガラス
──ヤタガラス。
日本サッカー協会のシンボルマーク。
三本の足を持つ伝説上のカラス。
導きの神とされる一方で、古代日本から暗躍する組織、秘密結社のトレードマークでもある。
♢♢♢
Deoxyribo Nucleic Acidの頭文字三文字をとってDNAと略す。
DNAは、Aアデニン、Tチミン、Gグアニン、Cシトシンという4種類の塩基が長く連なって並び、その並び方(塩基配列)によって情報が記録・保持されている。長いゲノムDNAの配列には、ある遺伝形質(姿かたちや病気の罹りやすさなど)に影響する特定のタンパク質に対応する暗号(設計図)となっている部分があり、この部分と周辺の調節機能部分を含む一連のDNA領域が「遺伝子」とよばれる。
遺伝暗号はDNAのアルファベットA.T.G.Cを使って、すべて三文字で表される。
遺伝学。なぜこんな難しい本を読んでいるかというと、これがうちの家業だから。
中学に入学すると同時に、親父から渡された本。フサフサな親父の頭をみてハゲる心配はないと分かったのが、遺伝学の救い。
家業をやっていると色々とめんどくさい。「決められたレール」が存在する。結局、駒であり歯車の一部なんだよね。「自分」なんて存在しないも同じ。今日もこの後、大事な話があるんだってさ。
ドアをノックされて俺は、分厚い本を閉じた。
「
「お久しぶりです。
「で、話ってなに?」
「会長、お婆様よりお伝えするよう申しつかっておりますのでお聞きいただければと存じます」
大叔父さんの話は長いから困る。ため息まじりに頷いた。これが御曹司である俺の宿命。
「我が一族の歴史は古く、そのルーツは神武天皇の時代からだと伝えられております」
神武天皇?
初めて聞いた話だ。それまた古い。由緒正しき家柄ということか。大叔父さんは親族でありながら俺に敬語を使う。それだけ名家の血筋ということなんだろう。
「しかし我が一族には
暗躍か? なんとなく親父から聞いていたけど秘密結社とはまた仰々しい。
「でも大叔父さんは、婿養子の爺さんの弟になるわけだから
「仰る通りで御座います。ただそんな私目でさえ、入社をする際に戸籍はなくなっている所存でございます」
秘密結社の一族ともなれば、戸籍なんて簡単に消せるもんなんだな。
「我が社サンデーグループが発足したのは戦後間もなくのことです。1945年に太平洋戦争が終わり、日本は敗戦国となりました。その後、政府はGHQ(連合国最高司令官総司令部)の統治下におかれます」
「産業においても、全ては欧米式の資本主義社会になり、株式によって海外資本に支配されることになりました。敗戦国の日本にとって産業の自由は許されません。その中で唯一、許されたのが興行です。いわゆるエンタメ業界です」
「なんでエンタメ業界だけ許されたのかな?」
「必要のない業界だからです。既得権益に影響を及ばさない産業。言うなれば、ただのお遊び」
「当時の日本政府は興行に活路を見出します。国家事業としてのエンタメ産業。それが我が社サンデーグループです。国家の命運をかけた事業戦略。戦勝国の支配下にある日本にとって、国営よりも民間の方が都合が良いことはご理解頂けるでしょう。そこで我が一族に白羽の矢が立ちました」
「現在、表向きは「映東」「天任堂」「本吉興業」「川角出版」「サンデーアニメーション」「ジャポニーズ事務所」などを運営しております。が、国家の威信をかけたエンタメ事業です。スパイ行為や盗作、ありとあらゆる悪行を惜しみなく施してきました。なかでも決して公にできないのは遺伝子の研究です」
「同時の社長が目をつけたのは世界的に人気があるスポーツ、サッカーでした。1950年、サッカーといえば、ハドソン・アランテス・ド・ナシメント。通称『ゲレ』。ブランコスと呼ばれる白人系ブラジル人で、サッカーの王様と称される人物です。サッカー王国ブラジルのエースとして、3度のワールドカップ優勝に導いた選手であります」
「我が社は極秘に『ゲレ』の遺伝子を入手しました」
『ゲレ』?
世界のサッカー史のなかで、最も偉大で有名な選手だ。
「いやいやいや! 『ゲレ』の遺伝子なんて簡単に入手できるの? サッカー界の頂点に君臨する選手だよ!」俺は、驚きを隠せず身を乗り出した。
「下世話な言い方で大変恐縮ですが、ハニートラップです。若い男性など容易いものです。それが例え偉大な選手だとしても同じことでした」
俺の反応をみて、大叔父さんが饒舌になったのが分かった。
「そして二人の日本人女性に『ゲレ』の遺伝子を受胎させることに成功しました。一人の女性は男児を出産。もう一人の女性は女児を出産しました。我々はこの子達をアダムとイヴと呼びました」
アダムとイヴ?
創世記に登場する人類最初の男女。
その言葉に俺は息を詰まらせた。
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