二章 感謝

 ディフェンス陣の要である騎士団長がラインを統率する。一糸乱れぬ整然としたディフェンスラインは鍛錬の賜物だろう。


 真弥野がそのラインを推し測りながらポジション取りを決めあぐねている。前に出ればラインを上げられる。一進一退のかけ引きが続いた。


 騎士団長の存在はディフェンスだけにとどまらなかった。好機を見て攻撃にも加わる。特筆するべきは的確なロングフィードやアーリークロス。

 サイドチェンジを目的とした横に出すパスをロングパスというならばロングフィードは、前線のスペースに向けてボールを送るプレー。

 またアーリークロスは、ディフェンダーが戻りきらないうちにディフェンスラインとゴールキーパーの間をねらって、深い位置からクロスを入れるプレイ。


 ボールを奪取した騎士団長が前線へとパスを射る。ロングフィード。それを皮切りに軍勢が動き出した。攻と守。チャンスとピンチが瞬時に入れ変わった。

 快足のシーフが追いつき、インナーラップで斬り込む三ヶ日にパスを送った。トップスピードで受け取ったボールが一瞬だけ止まる。その「間」がおとりとなり、三ヶ日はディフェンダーが傾く重心の逆に急加速する。「番長」「カミカゼ」「ゴッド」。英雄達の連携が時空を超えて浮かび上がった。バランスを崩されたディフェンダー陣に成す術はない。


「くる!」

 キーパーの美輪がシュートを覚悟した。努力が運を引き寄せる。努力なき幸運は、逆に恐怖。日々トイレ掃除に励む美輪は、自信に満ちあふれた様子で、迎え打った。


「右だ」

 美輪は迷いなく飛んだ。しかし蹴り込まれたボールは左に放たれた。

「げっ!?」

 右にヤマを張った美輪が失望する。期待は裏切られた。が、ギュィィンと効果音をともないボールが鋭く曲がった。軌道が変化した。

 スライスした鋭利な曲線が逆方向に飛んだ美輪の足に当たった。


「パチスロの復活演出かよ!」

 美輪はすぐさま転がるボールに飛び込んだ。ボールが胸元にがっちりと収まる。


 キュイン、キュイン、キュイン!!

 激しく響く確定音。

 フラッシュがまばゆいぜ!

 美輪の心が喜びで波打った。

 敗者復活。土俵際のうっちゃりだ。


「今日の俺はついてるな」

 そう言って美輪はパチリとウインクした。

 トイレ掃除で徳を積んだ甲斐があった。一定のレベルにまで達すれば後は運。ただいつだって、運は想定の斜め上からやってくる。だから運をコントロールする努力こそが、真の努力。

 その一つがトイレ掃除だ。


 美輪が実戦する運気を上げる行動。

 トイレ掃除、ゴミ拾い、親切、感謝。

 使い古した物を捨てる時は、「お疲れ様でした。今までありがとうございました」と、感謝を述べる。

 また、トイレ以外では用を足さない。どうしても我慢できない場合「オシッコ失礼します」と謝罪を入れる。


「感謝だぜ、感謝! ありがとうございます!」

 感謝と謝罪は過剰なまでに。美輪が噛みしめるように天を拝む。


「子供の頃、神様はすべての物に宿るから、足で物を扱うなと教えられた。サッカーはそもそも神を冒涜する競技。だから俺はキーパーを選んだんだ!」


「神よ! 足で失礼します!」


 美輪のゴールキックがゴブリンに渡る。


「殺され屋じゃなくて、斬られ屋!」

ゴブリンが意味の分からないことを叫びながら、アサシンの前方へとパスを流した。

 前方に出されたボール目掛けてアサシンが走る。


 アサシンの横からディフェンダーがショルダーチャージを仕掛けた。

 ダメだ、潰される。そう思った瞬間、アサシンはグンと加速して、ディフェンダーの前に身体を潜り込ませ、そのまますっ転んだ。

 アサシンは声も出さず、うずくまっている。


「ピィー」

 主審が詰め寄りプッシングのファウルが与えられた。直接フリーキックだ。


「ナイス! 斬られ屋!」

 ゴブリンが手を差し出して倒れ込んだアサシンを引き起こした。


「それでいいんだよ。お前はなまじドリブルが得意だから無理しすぎるんだよ! 時にはファウルを優先するのも大事だぜ!」


 ファウルを貰うコツは、相手の足がボールに触れる前に、自分の身体を前に入れて、あたかも背中を押されたように見せることだ。ムキになってボールを取りにいくと、相手の足がボールに触れてしまいファウルを貰いにくい。大事なのは相手との距離感。競り合うではなく、押される。

 また、あまりにあざといあざむくような転倒は、シミュレーションというファウルを逆に受ける事になる。それをゴブリンがアサシンに伝授していたのだ。


「時代劇の斬られ屋さながらの名演技だったぜ! まぁ、俺と比べたら、まだまだエキストラだけどな!」ゴブリンは嫌味も忘れてはいなかった。


 アサシンが「ニッ」とした小さな笑顔で応える。


 小柄な二人は審判の機嫌を損ねないよう、素早く立ち上がり、ピッチへと散って行った。

 二人の共謀が、絶好の位置からのフリーキックを勝ちとった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る