二章 衝撃

 十二月。公式戦九戦目を前日に控え、全国高校サッカー選手権のテレビ中継をみんなで観ていた。


 高校サッカー部の頂点を決める大会。通称「冬の国立」。1999年までは延長戦で決着がつかなかった場合、PKで勝敗を決めるのではなく、両校の優勝としていたそうだ。過程よりも結果が重要視されるようになった近代。ルールは改正され、勝敗をPKで決めるようになった。勝負の世界は勝ち負けがすべてだ。


 チアガールや応援する生徒達が映し出される。

「可愛い子しか映さねぇーな」誰かが呟いた。

「カメラマンの趣味だな」。その発言に、当たり前のように切り取られた青春の一ページに、突如としてカメラマンのいやらしい目が重なった。チアガールの太腿が艶めかしく映る。


 出場チームが紹介され、一回戦が始まると教室に衝撃が走った。


 あっ!!

 一斉に声をあげた。

 画面に釘付けになった。

 そこに、坊主頭の尾栗がいたからだ。


 なにやってんだコイツ?

 笑いが起きた。

 困惑した視線が交錯する。

 状況を理解するのに時間がかかった。

 入学初日に坊主頭にされた尾栗だったが、それ以降は髪を伸ばしていた。

 目の前のピッチには、ストライカーの証、背番号9を輝かせた坊主頭の尾栗が立っている。


「結局、また坊主になってるじゃねーか!」

 誰かが茶化した。懲りねー奴だな。失笑が漏れる。

 試合が進むにつれ教室の空気は一変した。全員が全力で尾栗を応援するようになっていた。たばになった視線が画面に注がれる。


 懐かしい顔が勇ましくみえた。

 感情を剥き出しにしてフィールドを駆ける。

 吠えて喰らいつく。激しく身体をぶつける。

 汗と情熱がほとばしる。

 汗っかきのオークらしい。

 尾栗らしさが、すべてそこに詰まっていた。

 僕らは公式戦の試合に出られないもどかしさを、尾栗に投影した。


 尾栗の良いところはガムシャラなところだ。

 常に全力。決してスマートではない。

 転んでも、転んでも、立ち上がる。

 這いつくばってでも前を向く。

 僕にはない物を持っている。

 サッカー少年が憧れる華麗なプレイではない。

 なのに、尾栗のプレイは心を打つ。

 かっこよくないのに、かっこいい。

 僕が知るなかで、尾栗は誰よりも胆力が優れている。


 あとで聞いた話だが、尾栗は退学後、転入という形でサッカー名門校に入学したそうだ。

 そして尾栗はこの試合、得点を挙げ勝利に貢献した。新天地で躍動する旧友の姿。魂に訴える高校サッカーのテーマソングと相まって、僕は涙腺が崩壊した。


 なぜ連絡をよこさない?

 出たよ。思い出した……。

 自分のことだけ秘密主義。

 感情と視界が歪んだ。


 テレビには尾栗の親父さんがインタビューに応えていた。寿司職人に相応しい気合いの入った坊主頭で、アナゴのような口をパクパクさせている。


「そっくりじゃねーか!!」

「遺伝子、特濃すぎるだろ!」

 久しぶりに見る尾栗の親父さんは、少し老けたように思えたが、とても嬉しそうな表情をしていた。




 公式戦九戦目。

 年の瀬の冷たい風が肌を突いた。僕達は寒さを断ち切るように円陣を組んだ。


「負けたら終わり! 悔いのないよう全力を出し切ろう!!」僕は精一杯の声を出した。


「野球は9回裏2アウトからって言うしな!」

「野球の話じゃねーか!」

 真弥野と川上がみんなを笑わせた。

「ファウルした奴は罰金な」

 美輪がまたもやギャンブルにこじつける。

「逆にファウルをもらった奴には金払えよ」

 ゴブリンが得意げに言った。


 後がない。そんな状況下でも不思議と緊張はしなかった。前日の尾栗の勇姿が後押ししてくれたのかもしれない。寒風にさらされたチームメイトの肌には、銭型模様の赤い斑点が浮かんでいた。※体調の良い競走馬には銭型の紋様が現れる。



 コーナーキックからの球筋にメジロンが合わせた。巨漢が飛ぶ。成田がマークについた。鮮やかな緑の芝を巨大な影が潰した。脳裏に初戦の成田のケガがよぎった。


「ズシシシ。先制点は貰ったぞ」

 飛空挺のような大きな図体を僕は下から眺めるしかなかった。


「おらっ!」

 真弥野がフォローに入った。

 メジロン、成田、真弥野。空中で三人がぶつかる。まんじどもえと絡まり、開花するように弾けた。

 メジロンはバランスを崩し、ボールが流れる。

 僕はボールを奪うとサイドを駆け上がる川上に送った。

 フォワード陣が一斉に押し上げる。

 川上が中央の僕へと折り返す。

 さらに僕から成田へとくさびが繋がる。

 ディフェンダー同士の間でパスを受け取った成田は、ハーフターンで裏へと抜け出した。

 二人のディフェンダーをワントラップで交わすも、三人目のディフェンダーに阻まれる。成田がパスを出した。


 相手は真弥野だった。

 チーム始まって以来の、成田から真弥野へのパス。一驚を喫する。


 僕達にとっては衝撃的な出来事だった。


「おりゃあぁぁーー!」

 フリーでボールを受けた真弥野が、渾身の一撃をお見舞いするべく脚を振り上げる。ここぞとばかりに力がこもった。


「成田! ナイスパスや! これでもくらぇぇぇーー!!」

 咆哮と共に吐き出された鋭い弾道がゴールに突き刺さった。


 ズバーン!!

 目を疑った。ボールは真弥野の脚元に鎮座していた。


 ディフェンダーが素早くボールをコートの外へと蹴り出した。フィールドがフリーズする。

 ゴールに突き刺さったのは真弥野のスパイクだった。

 振り抜かれた右脚は虚しく空を切っただけだった。真弥野の足元には白いソックスがまぶしく輝きを放っている。吹きすさぶ木枯らしが頬を撫でると、沈黙が大爆笑へと変わる。フィールドがこれでもかというばかりに湧いた。前代未聞の珍事件。


 ペガサスナイトは、地上での活躍は期待できない。


「ぬぬぬぬっ……」

 真弥野が白目をむいて悶絶した。


「お前が決めないのならば、俺が決めてやる。これでさっきのフォローの借りは返したからな。二度とお前にパスは出さん」

 成田は呆然と立ち尽くす真弥野にいい放った。

 二人は仲が悪い。

 ただ二人の公約数は、勝ちに執着すること。

 そこだけは一致している。衝撃的な幕開けも試合はまだ始まったばかりだ。

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