二章 雷鳴
雨が降っていた。遠くでは微かな稲光もみえる。
芝状態を確認した川上が「重馬場だな」と、意味深な表情を浮かべた。
川上に伝えた戦術はこう。
右サイドを無駄にオーバーラップしてくれ!
公式戦八戦目。
右サイドバックを務める川上は、豊富なスタミナを駆使して縦横無尽にピッチを奔走した。ボールを追いかけるわけではない。フリーランニング。
試合時間のほとんどがオフ・ザ・ボールであるサッカーにおいて、フリーランニングはマークを外す、相手の注意を惹きつける、スペースを空ける、パスコースを作る、様々な効果を生み出す。
川上は僕の作戦通り右サイドを無駄に走った。
思惑通り、一組は左サイドから攻撃を組み立てる。
左に寄せたディフェンス陣が踏ん張った。
川上はチームメイトの三倍は走ったのではなかろうか?
降り注ぐ霧雨が体温で蒸発し、白いオーラを放っていた。無駄を積み重ね、好機が訪れるのをひたすらに待った。ユニークスキル、無尽蔵が為せる技だ。
中央から僕が仕掛けた。
視界の端に川上を捉えた。さっきまで自軍でディフェンスしていたはずの川上が、右サイドをオーバーラップしパスコースを作る。
ディフェンダーが右サイドの奥を警戒してポジションを下げた。僕は瞬時に川上ではなく、アサシンへとパスを流した。
水しぶきをあげながらボールがアサシンへと渡る。後方に振られたディフェンス陣は反応が遅れた。
アサシンがドリブルで突っ込んだ。高速ドリブルは電光石火。稲妻の如く切り裂く。止められるものは誰もいなかった。
「ぶちかませ!」
僕は疾走するアサシンの背中めがけて声を張り上げた。
バチコーン!!
雷が落ちたかのような痛烈なインパクト音が響いた。ジャストヒットした弾道がゴールネットを刺す。まさに仕事人。一撃必殺の殺し屋。
「しゃあーー!!」
「ナイスシュート!」
最後の一人がピラミッドの頂点に乗っかると最下層からうめき声が聞こえる。
「う、う……、俺を、殺す気か……」
下敷きとなっているアサシンが真っ赤な顔で悶えていた。
「……窒息す……る……」
殺し屋ならぬ殺され屋の活躍で貴重な先制点を勝ちとった。1対0。
弱肉強食の食物連鎖。
小動物は群れることで生き延びてきた。
チームプレイ。
その要が司令塔、テイマーの役割。
努力や無駄な走りは福引きの補助券と同じ。
10枚でチャンス一回と引き換えだ。
川上の献身的なプレイが導いた、
アサシンと川上が生んだゴールだ。
アサシンは影に潜む。
その影を創ったのが川上だった。
リードを許した一組の逆襲が始まる。
黒魔道士の裏にパスが放り込まれた。
追え!
声援だけが虚しく響く。
黒魔道士が早々に足を止めた。
諦めるのが早いんだよ…。
「ズシシシ。くたばりやがれ!」
巨人族が持つ棍棒のような太い足が振り上げられる。
ズドーン!
振り下ろされるやいなや地響きが鳴った。メジロンのシュートがゴールネットを突き上げた。ボクサーのアッパーカットのように地を這い、そして上昇する。ボールはネットに到達してもなお回転していた。シュルシュルとした摩擦音が唸りをあげて、しばらく鳴り止まなかった。
1対1。先取点をとったのも束の間。振り出しに戻される。
「調子にのるなよ、雑魚どもが。ズシシ」
「主役は俺様だ。その座は譲らねぇ。ズシ」
メジロンが不適な笑みを浮かべ、ゴールを背にした。一線を画した
引き分けでも勝ち抜けられる一組はディフェンスラインを下げた。こうなるとスペースが見つけにくい。
成田が果敢に個人技でこじ開けようと試みるも、さすがにチェックは厳しい。
僕がこぼれ球を奪う。たちまちディフェンス陣に包囲された。生け簀に放り込んだ餌のようについばまれる。僕は振り向くことなくノールックでパスを後方に送った。苦し紛れのバックパスか? はたまた、全方位に目でもあるのか? と、ディフェンス陣が困惑した。
どうせいるんだろう? そこに。
左斜め45度。
黒魔道士が待ち構えていた。
そこが玉座の如く。
「
「サンダーボルト!!」
放たれた
「深井あと1センチ右よりで頼む」
こまけーよ!
2対1。
ユニークスキル、豪脚。
校内随一のパワーシューターでもある。
後半に入り雨足が強くなった。時折り聞こえる雷鳴が湿った空気を揺るがす。
地面がぬかるみ始め、緩んだ芝が体力の消耗を激しくさせた。
拮抗とした試合も残り時間僅か。このまま逃げ切れるかという時間帯。鉛のように重くなった
その隙を三ヶ日は見逃さなかった。一本のパスが放たれる。
「いっくよー」
ボール目掛けて、疾風の如くシーフが駆けた。
降りしきる雨を突っ切る。
残酷なほどに体が動かない。
走るシーフを目で追いかけるしかなかった。
無情にもシーフがピッチを駆け抜けていく。
絶体絶命のピンチ。
気力を喪失した
絶望の淵からただ一人、這い上がったのは川上だった。
諦めの念を断ち切るように追走する。
あれだけ走り回って、まだ体力が残っているのか?
ぬかるんだ地面をものともせず、泥を跳ね上げながら力強く川上は走った。
その差は5メートル。
スピード自慢のシーフとの勝負は無謀にもみえた。差が縮まることはない。
無慈悲なまでにシーフが加速していく。
浮かんだ水溜まりでボールが止まった。
追いついたシーフがドリブルで切り込む。
川上がジリジリと伸びた。
シーフのドリブルよりも、川上の足の方が速い。
僕は瞳孔が開いた。
鼓動が高鳴った。絶望から希望へと変わる瞬間。
……イケる!
イケる!!
届け!!
届けぇー!!
差せぇーー!!
差せぇーーーー!!
差せぇーーーー!!
中団追走からの末脚一閃。川上が追いついた。
お互いに肘を使いながらの叩き合いになる。
川上が体を入れてボールを奪取する。
「もらった!」
シーフが両手を開いて掌を天に向けた。
雨を味方にスタミナがスピードを凌駕した。
川上は勝ち誇るようにボールを大きく蹴り出すと、「ピッ、ピッ、ピィーー」試合終了のホイッスルが鳴った。まさに背水の陣で貴重な1勝をもぎとった。
秋雨のシャワーを浴びながら川上が大の字になって寝転んでいる。ひと仕事もふた仕事もこなし満足げな笑みをみせる。
「ナイスディフェンス!」
体を引き起こし、抱きしめるしかなかった。
赤く潤んだ目がすべてを物語っていた。
何も言わなくてもいい。
よくやった。最高の
デカパイだけがオッパイじゃない。
形の良い美乳こそが、僕にとってはナンバーワンだ。
川上は無言で親指を突き立てた。
2対1。 3勝5敗。
♢♢♢
カワカミプリンセス
優駿牝馬、秋華賞を無敗で制し、牝馬二冠を達成した。※
気性が荒く厩舎の壁に、足蹴りで穴を開けたエピソードが有名。馬房には「猛馬に注意」の看板が掲げられるほど。負けん気が強く、ライバルとの競り合いで真価を発揮する馬だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます