二章 理解者

 川上の夏の思い出を聞いて以来、悶々とした日々を過ごしていた。


 僕はどこかでこじらせた。

「運動神経のいい奴」はモテる。そんなに単純ではなかった。「面白い奴」はモテる。そう聞いて、お笑い芸人の真似ごとをしてみたが、これも違った。

「頭のいい奴」なんてもってのほか。なんの価値もない。大事なのはコミニュケーション能力。話す力ではなく、聞く力。つまり、良き「理解者」になれるか。


 理解者になるためには、まず相手を認めること。

 受け入れること。

 認められるほどの人間が存在するのか?

 認めたい人間が存在するのか?

 頭で分かっていたとしても、結局はそこに辿り着いてしまう。

 吸い込まれそうな瞳や、はじける笑顔。透き通るような白い肌に、豊満な胸。それらを天秤にかけたとしても、認められるほどの人間なんて、そうそう簡単には存在しない。


 自分が主人公のこの世界で、すべてを捧げる価値がある「絶対神」なんて存在するのか?

 僕は理解者になる。ではなくて、理解者を求めていた。


 だから、アニメのヒロインに恋をする。

 恋?

 語弊ごへいがあるかもしれない。

 僕の住む世界と、アニメは別世界。

 まじわらない。

 期待もされなければ、期待もしない。

 裏切ることはあっても、裏切られはしない。

 一方的にニヤニヤと楽しむだけだ。

 自分本位?

 当たり前でしょう。

 だってこの世界は、僕が主人公なんだから。


 馬の発情期は春と秋。一年に二回しかないらしい。それに比べて人間はねんがら年中。

 なにが思春期だ。なにが青春だ。

 全部ひっくるめて、ただの発情期だ。

 メスを追いかけるのならばボールを追いかける。

 発情期なんて邪魔でしかない。

 邪魔?

 そもそも生物の目的は繁殖。

 間違っているのは僕の方ではないのか?

 プロのサッカー選手になればきっと、「理解者」が現れる。悔しさを紛らわせるために、そう思い込む事にした。



 公式戦六試合目。

 案の定、真弥野と成田が揉めていた。原因はいつも同じだった。成田が真弥野にパスを出さないから。フォワード二人の連携の悪さはチームにとって致命傷だった。

 成田は真弥野を認めていない。正確にいうと、真弥野の、足元の技術を認めていない。

 自分で持ち込んだ方が確実。それが成田の本心。

 真弥野の「理解者」になるつもりはない。

 お前が俺の「理解者」にならないのならば断絶する、だ。

 そんな成田のプレイは「独裁者」と、揶揄やゆされる。

 あの選手はダメだとか、この戦術はダメだとか、他人ひとは我が物顔に批評する。サッカーには選手の活躍を採点するシステムまである。


 他人ひとの批評などクソ喰らえ!

 どんなに高尚な見解も結局のところは、悪口と同じだ。被害が及ばない雲の上からマウントを取って悦に浸る。

 中学生の頃、サッカーばかりしている僕を「フンコロガシ」と、ののしる奴がいた。ちなみに成田は極度の鼻炎のため、カメムシの方言で「コキ無視ムシ」と、言われたことがあるらしい。ゴブリンもそうだが、悪口にユーモアを乗っけて快感を得ている。人を見下して気持ち良くなっているだけだ。


 気にするだけ無駄。

 勝てば官軍。

 力でじ伏せる。

 結果がすべてだ。

 


 成田の不遜な態度に業を煮やした真弥野が、おぼつかないドリブルで仕掛けた。すぐにディフェンダー陣に囲まれボールを奪われた。

「速攻!」

 掛け声とともにシーフが駆け抜ける。

「キーーーーン!」

 耳障りな甲高い声を発して爆進した。

「カミカゼ」の遺伝子保持者。その噂は伊達じゃない。はやての如くフィールドを疾走する。

「足の速い奴はモテる」。シーフが経験済みなのかは知らないが、僕は羨望の眼差しを向けた。

 それを経験済みの獣人族、川上が追走する。シーフがグングンと引き離す。差は縮まらなかった。この学校でスピードにおいて、シーフの右に出る奴はいない。走ることが得意の川上でも同じだった。


「イェーイ!!」

 シュートを放ち、シーフはお決まりのダブルピースで川上を愚弄ぐろうした。


「川上君、遅いよ! 遅い! まるでどんがめだね! 速さこそ真理だよ! イェーイ!!」

 勝者だけに許される特権。シーフこと桜庭サクラバはスピードの頂点に君臨する。

 悦に浸るシーフを尻目に川上は押し黙るしかなかった。


 世の中は敗者の方が圧倒的に多い。

 敗者同士がペロペロと傷を舐め合っている。誰もが勝者になって美男美女と一緒になりたかったはずだ。美貌や地位や名誉、勝者のトロフィーを求める。それなのに早々と敗者になって、同じ境遇の人間で手を打つ。それを「理解者」と呼べるのか?

 圧倒的な速さを前に、経験者もフンコロガシもヘコキムシも、まとめて踏み潰された。


「ソーローヤロウ」

 罵倒ばとうしたい気持ちをグッと堪えた。





♢♢♢


 サクラバクシンオー

 短距離戦線で頭角をあらわし、スプリンターズステークスを連覇。1994年度のJRA賞最優秀短距離馬に選出された。通算21戦11勝。うち1400メートル以下では12戦11勝という成績を残している一方で、1400メートルを上回る競走は9戦して1勝もしていない。JRA史上最強でかつ、顕著なスプリンターとも評される。長きに渡り最も速い馬としてその名を馳せた。

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