二章 不意打ち


 高架の上を轟音が響いた。

 振動が川の水面に伝わり小さく細波をたてる。懐かしい色合いの電車に目を奪われていると、体が浮いた。襟首を掴まれ持ち上げられる。不意をつかれ動揺した。


「久しぶりじゃん」

 背後から聞こえる刺々しい声に覚えがあった。爬虫類のような目で覗き込まれた。リザードマンは水辺に生息するか……。


 属性が、火、水、風、土、光⇔闇に分類されるなら、人の顔は、犬、猫、タネキ、キツネ、トカゲに分けられる。


 犬顔。

 大型犬タイプは凛々しい。小型犬タイプは愛くるしい。


 猫顔。

 可愛くてキュート。


 タヌキ顔。

 癒し系。女性は巨乳が多い。


 キツネ顔。

 凛々しい。大型犬タイプよりも塩顔。


 トカゲ顔はタチが悪い。女性の場合、女郎相じょろうそう

 しかも今回は群れだ。一対二。


「こいつか? ムカつく奴って?」

 体躯のいい金髪が敵意を剥き出しにして迫り来る。馬顔? 魚顔? いや総じてトカゲ顔。金髪のトカゲ。悪趣味なドクロをジャラジャラと首から下げていた。群れのおさだろう。怯むわけにはいかず食い下がった。


「なんだよお前ら!」

「ケケケッ。やるのかよ!」

 二匹のリザードマンが舌なめずりを見せた。金髪のトカゲによって、僕の空威張りは地面に叩きつけられた。胸元をつかまれ腰を入れられる。そのまま宙を反転して背中から落とされた。一本背負い? 柔道経験者か。


「痛っ!」

 激痛が背中を襲った。素早く起きて臨戦態勢をとる。平和主義者の僕でもこの場は引くに引けない。正当防衛、やらなければやられる。武術の心得などあるはずもなく感情任せに突進した。


「やりやがったな!」


 威勢を逆手に取られた。みぞおちに足を当てられ、推進力を利用して投げられた。巴投げ?

 勢いそのままに空を舞った。景色がスローモーションのように流れ、体がロケットの如く空間を切り裂いた。空中を遊泳し、頭が真っ白になった。


 バシャン!


 腹から水面に落ちた。

 ゴボ!

 ゴボゴボゴボ……。

 冷たい水温が瞬時に、興奮状態を覚まさせる。

 マジかよ……。泳げないんだけど。


 焦った。水中で上下が分からなくなった。死に物狂いで手足をバタつかせる。張り付く衣類に恐怖を感じた。


 やべ。死んだ。

 もがけばもがくほど、体が沈んでいくのが分かった。


 ここまでか……。

 どうせ、大した人生じゃない。

 他人ごとのように諦めた。足掻あがくのをやめて死を覚悟する。ぶつかり合う気泡の音が消えた。


 不本意だが、裏を返せばチャンス到来か……。

 ゲームでも育成が上手くいかない場合、

 リセットして最初からやり直した方が早いもんな。来世はチート勇者でありますように…。


 死を受け入れた時、プクっと体が浮いた。

 浮力の邪魔をしていたのは、ジタバタする僕の手足だった。


 ぶはっ!


 顔を突き上げ息を吸った。青空が見える。

 肺に取り込まれた酸素に感謝の念が湧いた。

 注がれた光に映える黄金色の風景。

 生きることへの執着が、爆発した。


 ──まだ死にたくない。

 ──やらなければいけないことがある。

 がむしゃらに酸素を頬張った。もう一度、足掻あがいた。生きることにしがみついた。

 落ち着いて力を抜く。ゆっくりと手足を、見よう見まねに動かしてみる。冷静に、冷静に。平常心を装い漕ぎ出した。火事場のクソ力ならぬ、水場のクソ力。


 はあ、はあ、はあ……。


 犬かきと呼ばれる不様ぶざまな泳法で対岸に辿り着いた。向こう岸でリザードマンが手を叩いて笑っている。


 無茶苦茶やりやがるな……。

 これがお前の目指すお笑いかよ。

 面白くともなんともねー。

 芸人なんかを志すヤツはアホだ。

 社会の歯車になろうともせず、自分勝手に生きる。サイコパスと同じ精神状態だ。

 根底には狂気がある。

 人のため、社会のためじゃなく、自分のため。

 自己満足の自己陶酔。

 そしてそれは、リザードマンが言ったように、サッカー選手を目指す自分も同類だと思った。

 子供達に「夢」を与えるために。聞こえはいいが、「夢」自体が狂気の覇者の戯言じゃねえか。

 頂点に君臨して、分厚い札束で弱者の頬をひっぱ叩きたいだけだ。薔薇の華を浮かべたバスタブに、金髪美女をはべらかしたいだけだ。どデカいサングラスに葉巻をくわえて、ピンク色のファージャケットを羽織りたいだけだ。金粉入りのシャンプーを使って、カジキマグロを釣って、女性の裸体でオッパイのサイズを当てる神経衰弱をやりたいだけだ。

 命拾いした安堵感と、悔しさが一緒くたに混じる。したたる水なのか、涙なのか区別がつかなかった。



 夏休みが終わりGアカデミーに戻った。

 意欲に満ちた仲間達の顔を前にして、目頭が熱くなる。


「女優や女子アナとばかり結婚しないで、アスリート同士で結婚すればいいと思うんだよな」

 スポーツ選手と女子アナの結婚ニュースに川上が噛みついた。

 美女との結婚はアスリートの夢でもあると思う反面、本当にそれが夢なのか? と疑問も湧いた。


「その方が素質ある子供が産まれる可能性は高いだろ?」

 サラブレッド育成機関の道理と同じで、理には適っている。ただ、アスリートは恋愛の自由も許されないのか? 人生の目的はなんなのか? 複雑な気持ちになった。


 川上に彼女がいることを知った。中学校の同級生だそうだ。ずっと遠距離恋愛を続けていたらしい。

 そしてこの夏、初体験を済ませたとの報告。


「えーーーー!!」

 不意をつかれた。

 可愛い顔してやることやってんな。

 こっちはリザードマンとデュエルしてたっていうのに。


 最後の夏。

 思い出の相違に泣きたくなる。




♢♢♢



2組 監督 安田


FW11 成田 Sランク冒険者

FW9 真弥野 有翼人

MF10 深井 最弱勇者

MF7 須定

MF8 英進

MF6 木関 

DF5 川上 獣人族 経験済み

DF4 中山 

DF3 里乃 

DF2 新山 ゴブリン

GK1 美輪 勝負師 

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