二章 属性
「三ヶ日の属性は『光』だな」
僕は昼食を運ぶ箸を川上に向けた。含んだ味噌汁を吹き出しそうになりながら川上が答えた。
「ぶっ!! ついに属性まで例えちゃう?」
「圧倒的な存在感。気品溢れる佇まい。高貴な雰囲気は間違いなく光属性だと思う」
僕はそう言うと、とって付けたように添えられた食後のデザートを一口で頬張った。
「川上は『水』属性だな」
「水?」
「水は形を変えるだろ? 時に穏やか。時に激流。蒸気や氷にもなる。臨機応変で柔軟性がある。感情の起伏が激しい川上は水属性に間違いない!」
「ぷっ!! 感情の起伏が激しいとは失礼だな!」
川上は飲みかけた水を吹き出し、水飛沫が僕の顔にかかった。
「冷たっ! 水属性ってそーいう事じゃないからな!」
「ごめん、ごめん」
「暑苦しい尾栗は『火』で、自由人の美輪は『風』だな!」
「深井は分析するの好きだな。物事を
川上は眉をひそめてデザートを口の中に放り込む。
子供の頃から他人を分析する癖があった。悪口とか批判ではなくて分析。人には長所と短所があって、それが個性。
例えば、内ちん。求められていることよりも、自分のやりたい事に対してエネルギーを発揮するタイプ。サッカーでいえば、中央突破ではなく、サイドを駆け上がるイメージ。
真っ向からなぎ倒して突き進むタイプではなく、将棋の「角」のように、斜めに突っ切るタイプ。真っ直ぐに突き進む「香車」や「飛車」は尾栗のような人間。
自分の事を棚に上げて、他人を分析する。
自分から逃げている?
そう思うこともあるが、意識して分析するんじゃなくて、自然に湧いてきてしまうから、致し方ない。評論家や
「俺は何属性だと思う?」
別に逃げているわけじゃないから、自分がどう見られているか? 確認もしてみる。
しかし、このパスは
しばらく考え込んだ川上が口を開いた。
「……うーん。闇かな」
「闇!?」
声が
「上手く言えないけど、何かを
闇属性の代表はアンデットだ。
魂のない種族。死体だ。
川上の何気ない発言が心を
やっぱり分析される事は、心地の良いものではない。
ファンタジーの世界では、火、水、風、土、光⇔闇と表現される。二人しかいない背番号10の属性が、光と闇とは因果なものだ。
公式戦五戦目。
三ヶ日が『光属性』の真価を遺憾なく発揮して、2アシスト2ゴールと大活躍した。一組が勝利を収めた。
カリキュラムは半分を消化し2勝3敗と互角の成績で後半を迎えることとなった。
八月。僕らにとって最後の夏休み。後半戦に挑む前に英気を養う。皆が短い休みに心を躍らせた。
僕は地元に帰り河川敷のベンチに腰掛けていた。煌々と照りつける太陽が色濃い影を作り出し、蝉の声が汗を滲ませる。
ポチャン!
意味もなく小石を川に放ると、涼しげな耳障りの良い音が暑さを和らげてくれた。
幼なじみの内ちんは予備校に通っているそうだ。
「まだ働きたくないから」と、らしい理由で微笑ましい。さすが「角」だと納得する。
高校三年生にとって最後の夏。
今頃、同級生達は必死に勉強しているんだろうな。
高等学校年代(第二種登録選手)のサッカーは、クラブチームが運営するユースと、高校のサッカー部に分けられる。いずれも優秀な選手はプロ契約を結ぶ。すでにプロチームから打診を受けている同級生もいるだろう。
どちらにも属さないGアカデミー。
プロのスカウトが訪れることもなければ、大会に出場して技術をアピールすることもできない。
この先どうなる?
万が一、プロのサッカー選手になれたとしても、職業としてやれるのは、せいぜい三十代まで。
その先は?
貴重な時間を費やして、青春のすべてをサッカーに捧げて、もがいて
モデルやアイドルと同じで職業に賞味期限がある。トップ選手になって、一生遊んで暮らせるような莫大な金額を稼がないと割に合わない。
チャンピオンズリーグ優勝おめでとうございます!
※チャンピオンズリーグ
欧州サッカー連盟が主催する優勝賞金が最も高額な大会。
ありがとうございます…。
いやー、儲かって仕方がありませんわ! がははは! ねえ、お母さん!!
そんな声がよぎる。
人よりもサッカーが得意だったから続けてきた。
Gアカデミーで上には上がいると知った。
それでも意固地になって必死に食らいついて、ここまでやってきた。プロになったらなったで、また同じことの繰り返し。しかも賞金の80%を人主にぶん獲られる。
サラブレッド?
サッカーをするためだけに造られたサイボーグ。
それが「決められたレール」。
これまで生きてきた時間すべてが、自分の意思ではなかったのか? チート勇者くらいの能力があれば、サッカーが楽しいだろうな。
自分の将来をなんとなく真剣に考えてみたが、漠然とした不安がのしかかるだけだった。
目を落とすと蝉の死骸に蟻が群がっていた。何年もの間、地中でもがき、ようやく成虫として羽ばたいたにも関わらず、僅か一週間の命で朽ちて食われる。サッカー選手と同じだ。
もしこの学校に来ていなければ、進路相談の用紙に書いたように、
──僕は就職していたのだろうか?
僕が、Gアカデミーに入学した本当の理由──
中学二年になった頃、
進路相談の用紙を渡されるようになった。
三年生になれば受験勉強が始まる。
真剣に自分の将来を考えなければならない時期。
用紙には将来の夢という項目があった。
内ちんは「ミュージシャン」と書いたらしい。
進路相談の用紙に書くのには、あまりに大きな夢だけれど、やりたい事がある内ちんを偉いと思った。
僕はサッカーが得意だったが将来の夢に「サッカー選手」と書けるほど厚顔無恥な人間ではない。
「キング」は、この時期の進路相談の用紙に「ブラジル」と書いて、本当に行ってしまったというんだから驚きだ。それくらいのエネルギーがないとプロのサッカー選手になんか到底なれないだろう。
将来の夢の模範解答はきっと、
「美容師」「パテシエ」「接客乗務員」「看護婦」辺りなんじゃないだろうか? 現実味もあり夢もある。職業に優劣はないが、流石に「スーパーのレジ打ち」や「工場勤務」では、夢とは言わない。
逆に「ミュージシャン」や「サッカー選手」は、現実見ろ! と言われてしまう。第二希望も書かされて、そちらを本命視されるだろう。
ちなみに尾栗は「大統領」と書いて怒られていた。百歩譲って「内閣総理大臣」。昔から話題だけは絶えない奴だった。
僕は地元の学校にだけは行きたくないな、
そんな風に考えていただけで、将来の夢なんて今まで一度も考えたことがなかった。
サッカー推薦の話もちらほらあった。強豪校にでも行ってひと花咲せるか? あとは野となれ山となれ。まあ、考えていたのはそのくらいで、本音を言うと別に高校なんか行かなくてもいいと思っていた。
僕は平和主義者で争うことが嫌いだ。
つまりスポーツ選手に向いてない。
資本主義と社会主義を授業で習った時、指導者さえしっかりしていれば、社会主義の方が良いと思った。
先生は勝者と敗者を作らないと、怠けてしまって発展しなくなるからダメだと言った。
本当にそうだろうか?
好きで発明する人や、人の役に立ちたい人、
たくさんいるんじゃないかな?
そもそも争う必要なんてまったくないはず。
食べ物がなければ、作ればいい。
人間が譲れないのは、いい女の奪い合い。
生物の
戦争反対を謳いながら社会は勝者と敗者を作る。
学芸会で複数の桃太郎役を配役するくせに。
矛盾している。いや、矛盾じゃない。
戦争反対は建前で、裏では推奨している。
なぜ武器を提供する? 止めるのが筋だろ!
人は争いを好む。スポーツ興行は争いをみせる事で成立している。僕は争いが苦手だ。
──そんな僕は、ある事件をきっかけに、
何者かにならなくちゃいけなくなった。
戦って勝者にならなければならなくなった。
「Gアカデミー」それは僕自身への挑戦だ。
『闇属性』
その響きに
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