二章 死闘

 成田の感覚センスを信用していた。


 公式戦三試合目。

 成田のポジション取りが目を引いた。その先に光輝く道筋が閃く。僕のパスが芝を駆けた。

 思惑通り成田が抜け出す。ディフェンダー陣も瞬時に詰め寄る。成田はトラップと同時に、身体を反転させて鋭い切り返しで抜き去ると、その流れのままシュートに持ち込んだ。放たれたボールがゴールを射抜いた。


 一連の動作が全てトップスピードで繰り出された。全中得点王なのが頷ける。稀代の敏捷性が成田のユニークスキルだ。

「……やっぱり」

 僕は確信した。

 成田のプレイが独りよがりにみえるのは「感覚」が回りとズレているから。僕と成田の同調シンクロが得点を創出した。1対0。



 後半戦。

 1点を追いかける一組は捨て身覚悟の猛攻を仕掛けた。ディフェンダーの騎士団長を中心に後方からビルドアップで押し上げる。キープ力のある三ヶ日にボールが渡り、数的有利な状況から波状攻撃を生み出す。


「くぅー。いくら運が良くても時間の問題だな……」

 土砂降りのようなシュートラッシュにゴールキーパーの美輪が汗を拭った。


「これで終わりだ。ズシシ」

 メジロンの豪快なシュートが唸りをあげる。


 バコーンッ!

 ゴールが傾くような弾丸がクロスバーに当たり、ペナルティエリアの外まで弾き飛んだ。

「危ね……」

 あまりの強烈な弾道に硬直した身体をほぐすのも束の間。センターバックであるはずの騎士団長が詰め寄っている。

「なんでそんな所にいるんだよ!」

 ゴールキーパーの美輪が狼狽うろたえる。

 これみよがしに騎士団長が怒涛の勢いでシュートを蹴り込んだ。ゴールから20メートル以上は離れているであろうかのミドルシュート。軌道は正確にゴールを捉えている。放たれた砲撃は糸を引くような残像を残し、一瞬にしてゴールをえぐった。


「あいつディフェンダーだろ?」

 不意をつかれたキーパーの美輪は考える余地すら与えて貰えなかった。

「ナイッシュー!! よく詰めてたな」

 駆けよるチームメイトに、

「世界を目指す者として、こんな所で負けるわけにはいかない。俺は勝ち方を極めたいだけだ」そう言い残して騎士団長は自分のポジションへと戻っていった。泣く子も黙る「番長」。その姿がオーバーラップする。1対1。



 一組の攻撃が止む事はなかった。防戦一方で守備的布陣を強いられる。全員守備。戦場は常に自軍エリアで展開された。襲いかかる重装兵。矢のように乱れたれるシュートの嵐。成す術なし。

 戦火において全員が諦めかけたその時、僕のビジョンに光明が差した。一筋の光りが道標となってグラウンドに浮き上がる。


「カウンター!」

 光りの上をボールが走った。砲弾が飛び散る大地を疾走する馬の如く、カウンターパスが走る。


 それに反応して真弥野がけた。轟音をどよめかせながら、低空を飛ぶ爆撃機のように疾駆する。


「ハーフラインよりも自軍から出たパスはオフサイドにならないはず……」

 全力で走った。命のバトンを真弥野が握る。


「戻れ!」

 布陣を押し上げていたディフェンダー陣が騎士団長、新堀シンボリの掛け声によって戻される。津波のように真弥野を追いかけた。


 走れ!

 走れ!

 走れ!!


 叱咤の叫びが真弥野に呼応する。ボールの行方は遥か先。ゴールキーパーと真弥野の中間。カウンターパスは絶妙なラインに放り込まれた。駆け抜ける真弥野を全員が見守る。声援が後押しすると真弥野はさらに加速した。


 呑み込まんとするディフェンダーを、一人二人と真弥野が振り切る。しかし一つの影が真弥野に食い下がった。成田だった。


「お前は信用ならん。俺が決める!」

 後続のディフェンダー陣を出し抜き二人のマッチレースになった。追撃を押し退け二人はどんどんと加速していく。


 お前ら何やってんだ?

 味方同士だろ?


「俺は負けん」

「邪魔するんじゃねー!」

 意地と意地のぶつかり合いが味方同士の死闘デッドヒートをもたらした。二人の体が合わさる。肘と肘が剣闘士の剣技の如く、激しく火花を散らした。たまらずゴールキーパーが飛び出した。


 真弥野か?

 成田か?

 キーパーか?


 三者がボールを挟んだ。真弥野の右脚が伸び、成田の左脚が伸びる。怯むことなくキーパーが突っ込む。意地と意地と、防波堤が勢いよくクラッシュした。


 ボールはキーパーの肩上をすり抜け、ゴールに吸い込まれていった。


「うおおおぉぉーー!」

 天を突き刺すような咆哮。成田が感情を剥き出しにして叫んだ。


「チッ」

 真弥野が悔やんだ。僅か数センチの差。ボールに届いたのは成田の脚だった。

「信用に値するものはおのれ自身のみ」

 成田がトレードマークである鼻腔拡張テープを剥がし、真弥野に背を向ける。

「……余計なことしやがって! てか、お前、仲間だろ!」

 手柄を横取りされた真弥野がしかめっ面で声を湿らせた。

「この学校が終われば、俺とお前は敵。サッカー選手は個人事業主だ!」

 成田が振り向き、真弥野に刺すような敵意を向けた。


 2対1。

 試合は二組の勝利で幕を閉じた。2勝1敗。


「成田って、アニメとか好き?」

 僕は今日のヒーローに話しかけた。

「全然好きじゃないね」

 一蹴された。

 サッカーの感覚が同じでも、趣味まで同じとは限らなかった。





♢♢♢


 シンボリルドルフ

 史上4頭目の中央競馬クラシック三冠馬(無敗で三冠達成した史上初の馬)であり、その他のGI競走を含めると史上初の七冠馬でもある。額にある三日月型の模様がトレードマークで、「皇帝」と称される。競馬には絶対はないが、その馬には絶対があると言わしめた。キャッチコピーは「勝ち方を極めたい」

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