二章 Sランク冒険者


 エースストライカー成田を欠いての勝利は、チームの士気を高めた。


 成田のギブスがとれる。怪我の具合を伺いながらではあるが、チーム練習に合流するようになった。さらりとした黒髪。長いまつ毛を携えた切れ長の目。鼻筋に貼られた鼻腔拡張テープがトレードマークだ。


 中学校年代(第三種登録選手)のサッカー界は学校の部活動ではなくクラブユースが中心になっている。中学校のサッカー部とクラブユースが合同参加できる、高円宮杯全日本ユースサッカーU15選手権では1991年の第3回大会を最後に中学校のサッカー部は優勝していない。


 成田は全国中学校サッカー大会、通称全中の得点王だった。優勝校と準優勝校に参加資格がある高円宮杯でもクラブユース相手にベスト4まで勝ち上がった実績を持つ。しかしプレイスタイルは「独裁者」と揶揄やゆされた。天才的なセンスと技術を持ちながらも独りよがりのプレイが目立った。



 チーム練習。

 成田のドリブルに川上が追いついた。

 さらにゴブリンがプレスをかける。


「チッ」

 二人のマークに舌を鳴らす。


「助っ人参上!」

 ゴブリンの裏側にできたスペースに真弥野が走り込んだ。絶好の飛び出しだ。

 成田は一瞥いちべつするとドリブル突破を試みる。


「そこだ!」

 一瞬の隙を川上は見逃さなかった。


「しまった……」

 成田が天を仰ぐ。


「おい! パス出せよ! こら!」

 凄みを効かせた真弥野が胸ぐらを掴んだ。


「あん? 俺はフォワードだ。点を取るのが仕事なんだよ!」

 成田は掴まれた腕を振り払うと、切り捨てるように踵を返した。

 一丸となり始めたチームに不協和音が聞こえ始める。


 パーティーを持たないS級ライセンスの冒険者。鉄仮面で素顔を隠し、ストーリーの本線ではなく影で暗躍する。単独行動の謎めいた冒険者だ。


 チャンスメイクが役割りのトップ下と、点を取るのが仕事のフォワード。役割りは違うが、成田のプレイに僕は、不思議と「共通の本質」を感じていた。



 僕はアニメが好きだ。

 面白いアニメを見つけたら友達に勧める。

 感動を分かち合いたい。共感してもらいたい。喜んでもらいたい。そんな気持ちで勧めていたがいつの日かそれは、ただの承認欲求かもしれない。と、気付いた。


 観てくれる友達が少なかった。友達が少ないのではなく、あくまでも勧めたものを観てくれる友達だ。幼なじみの内ちんですらそうだった。腹立たしかった。勧めたものを観ないくせに、逆に勧めてくる始末。


 勧められたものはすぐに観る性格だった。趣味が合う、合わないは別として、とりあえず観てみる。つまらなかったら一話でやめる。「合わなかったわ」それで済む。観ることに意義があると感じている。


 こっちだって、むやみやたらに勧めるわけではない。本当に面白いもの。趣味が合いそうな友達。

 勧める側だって、ちゃんと選別している。なのに、だ。

 観てくれる友達は少ない。一週間、一カ月なら分かる。一年経っても観てくれない。時間はあるだろう? 物理的な問題ではない。


 厚かましい。

 余計なお節介。

 良かれてと思った行為が、そう捉えられる。


 支配したいわけではない。喜びを分かち合いたいだけ。結局、勧める側も、観ない側も、どちらも間違っているわけではない。

 価値観は人それぞれ。みんな自分勝手だ。自由にしたらいい。好き勝手にやったらいい。結論はそこに辿り着いた。


 だから、僕は芸術的なパスをゴールにしている。その先はフォワードの仕事。好きにやればいい。ゴールを外しても僕のパスは評価される。それでいい。


 僕も成田も同じ。

 人を信用していない。

 群れに答えはない。



 パスを出す時に考えていることは、まずディフェンダーのポジション。どこに出せば通りやすいか?

 そしてオフェンスのポジションとキャラ。オークとか、エルフとか、獣人族とか。それに近い。

 無闇にパスを出しているわけではない。アニメを勧める時と同じで選別している。


 成田はボールを長く持たせるとキャラが生きない。ワンマンプレイのため単調になる。反面、密集地帯でボールを受けた場合。抜群の敏捷性で抜け出す力に特化している。ワントラップ目が上手い。

 トラップとターンを組み合わせ、ワンプレイで複数のディフェンダーを交わす。繊細なタッチのボールコントロールに長けていて、ゴール前やバイタルエリアの狭いスペースでこそ力を発揮する。

 加えてパスを受けるポジション取りも上手い。ディフェンダーとディフェンダーの間、ディフェンダーとミッドフィルダーの間に潜り込み、ピンポイントでの縦パスコースを創り出す。


 アニメを勧めたらすぐに観てくれる人間だ。インスピレーションが湧いた。





♢♢♢


 ナリタブライアン

 史上5頭目のクラシック三冠馬。自分の影を恐れるためシャドーロールを着用。シャドーロールとは馬の鼻梁に装着する矯正用の馬具。そのトレードマークから「シャドーロールの怪物」という愛称で親しまれた。ライバル関係にあったマヤノトップガンとのマッチレースが有名。後続を9馬身突き放した二頭の叩き合いは伝説の名レースと語り継がれる。

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