二章 有翼人

 5対0

 記念すべき開幕戦は大敗を喫することになった。


「えっと……、自分より前にディフェンダーがいないとダメなのか……」

 難しそうな顔で真弥野がルールブックを開いていた。彼ほど勉強する姿が似合わない人間はいない。


 真弥野の特技は喧嘩だ。なんでも中学生の時に一人で暴走族を壊滅させたらしい。

 ちなみに彼は暴走族を「珍走団」と呼ぶ。昔、暴走族という響きがカッコ良すぎるため、若者達が憧れない呼び名に変更しよう、世間でそんな働きがあったそうだ。

 過去の遺産。浸透することなく淘汰された代物「珍走団」。それを未だに使っている。律儀というか、鈍感というか。本人いわく喧嘩屋であってもカタギの人間。だ、そう。


「今さらルールブックか……」

 ギブスをつけた成田が呆れる。

「あん? やんのかコラ!」

 真弥野が睨み返した。


 仲間割れしてどうする?

 慣れっこになった二人のいざこざも、これからは状況が違う。今までは個人戦。これからは団体戦だ。放っておくわけにいかない。チームメイトは運命共同体。喧嘩している場合じゃない。険悪な雰囲気が流れた。


「二人ともやめろよ!」

 川上が割って入った。


「まあ、ケガ人と喧嘩しても仕方ないしな」

「クソが……」

 成田が目を伏せた。全治一か月のケガ。次の試合には間に合いそうにもない。

 苛立つ気持ちも分かる。しかし、それはチームにとっても同じだ。エースストライカーを欠いた状態で次戦を迎えなければならない。成田の足に巻かれた大きなギブスが、険悪なムードの代わりに焦燥感を募らせた。



「オフサイド、分かりやすく教えてくれねぇかな?」

 懇願する真弥野の視線とぶつかった。横柄な態度の彼が低姿勢で頭を下げている。彼なりにフォワードとしての自覚と責任を感じているのだろう。川上と目配せをすると大きく首を縦に振った。



「飛び出すタイミングの練習をしよう」

 パスに対して川上がディフェンス。真弥野がタイミングを測る。

 この日から三人での特訓が始まった。成田がいない今、真弥野に託すしかない。身体能力の高い男だ。コツさえ掴めば……。藁にもすがる気持ちだった。


 残された時間は一ヶ月。



 特訓を始めて気づいたことがあった。

 真弥野はヘディングが得意だ。得意というレベルを通り越し驚異的とまでいわしめる。

 まず、跳躍力が尋常ではない。バスケット選手やバレーボール選手のように滞空時間が長い。

 地面を蹴り上げてから一歩、二歩、三歩と、階段を歩くように空中を駆け上がった。最高到達点に達しても落下することなく滞在する。全身がバネ。ゴム鞠の如く跳ねた。強靭でフレクシブルな筋肉が高反発の跳躍を生み出していた。その姿はダンクシュートを決めるNBA選手を彷彿させる。


 それでもってさらに首の力が強い。ヘディングシュートをねじり込むように左右へと打ち分ける。首の筋力だけで強烈な弾道を広角に放つのは至難の業だ。力が強いうえに身体の使い方も上手かった。

 流れるボールに対してもミートが的確。寸分狂わず芯を捉えた。へディング技術はすでにプロでもトップレベル。そう感じざるを得なかった。



 まさか真弥野が「超人」の遺伝子保持者なのか?


「ヘディングめちゃくちゃ凄いな!」

 トッププレイヤーを間近で拝見するような衝撃に声が震えた。


 得意のスキル鑑定が発動した。

 ユニークスキル

 ・無重力

 滞空時間の長いジャンプができる


 ・百発百中

 的確にミートすることができる



「昔からヘッドバットが得意だからな!」

「ヘッドバット?」


「ああ、頭突き。ケンカ殺法よ! 相手のこめかみに食らわせれば一撃でノックダウン奪えるぜ」

 真弥野が得意げに鼻の下を擦った。


「コツは視界に見えるリーゼントの先っちょをボールに合わせる、だな!」

 予想外な秘訣に唖然とする。前方にせり出したリーゼントを照準器として使用していた。時代遅れの髪型の、意外な活用法には驚くばかりだ。


 喧嘩では百戦錬磨。それが虚言ではないと思い知った。ズバ抜けた超人的な身体能力。ひとたび空を舞えば制空権は彼が支配する。とんでもない化け物だった。翼の生えた有翼人。超人というより鳥人。ガーゴイル、ハーピー、天使族の類いで間違いない。これは使える。そう確信した。



 グラウンドの端で黙々と筋トレをする成田の姿があった。

 クソ、クソ、クソが……。

 上体を起す腹筋を鍛える動作に合わせて、心の声が聞こえる。身体からもうもうと立ち昇る蒸気の柱。地獄釜のようにもみえる。言葉を交わさなくても、その姿はチームメイトの闘志に火をつけるトリガーとなっていた。



「次の公式戦、どっちが勝つか? 誰か賭けない?」

 孤軍奮闘する成田を尻目に、美輪が新たな火種を撒こうとしていた。


「お前の頭の中は、ギャンブルのことしかないのかよ!」


「深井! お前はそう言うけどな、プロのサッカー選手を目指すこと自体がすでにギャンブルだろーが!」

 美輪の独自の理論は、ズレているようでいつも正論だった。


「俺達はサッカーでギャンブルしてるんだから、せめてそれ以外のことは堅実じゃなきゃダメだろ!」


 さらに正論を川上が被せる。


「……面白くない奴らだな」

「ニャーー!!」

 川上が冗談混じりで飛びつき、美輪の腕にかじりついた。


「いてぇーな! おい! やめろ! こらっ!」

 多種多様の情熱が交錯するなかで、刻一刻と時間は流れていく。汗の匂いと重なった希望の香りが、ふと一瞬、鼻先に漂った気がした。




♢♢♢


 マヤノトップガン

 ナリタブライアンとの名勝負は伝説のレースと語り継がれる。勝利を射程に収めると一気に加速する決め手はマッハの衝撃波。トップガンの由来は戦闘機を題材にした映画「トップガン」から。

 勝利後に鞍上が胸で十字を斬り投げキスをしたというエピソードが有名。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る