二章 10

 背番号10の重圧。

 僕の心配をよそに、無情にも公式戦の火蓋は切って落とされた。赤いユニフォームを纏った一組が襲いかかる。


 公式戦一戦目。


「ズシシシ……」

 開始早々、不気味な笑い声に見送られて、成田はタンカで運ばれる羽目になった。


「ちょっとは加減できないのか……」

 一組の担任が頭を抱える。


「へなちょこなんだよな……、ズシシシ」

 精気のない三白眼は、素性の知れない怖さがある。巨体の大型フォワード目白メジロ。丸坊主頭の巨漢は、思春期特有の浮ついたチャラさが一切ない。首筋はどっぷりと盛り上がり、筋肉なのか、ぜい肉なのかも識別しがたい。敬意と畏怖いふの念を込めて、怪物メジロンと呼ばれていた。アニメ視点でいえば巨人族に間違いない。


 コーナーキックからのセンタリングに合わせてメジロンが飛ぶ。190センチ100キロの巨体はまさに空飛ぶ要塞。成田がマークにつきブロックするも、フィジカルの差は歴然。いとも簡単に跳ね飛ばされた。メジロンのヘディングシュートが炸裂する。


「どかーん! ズシシシ」

 放たれたシュートは形容通り、砲撃の如くネットを揺らした。トラックとの正面衝突。交通事故を目撃したかのような衝撃が走った。


「うっ」

 成田がうずくまり顔を歪める。

「タンカだ! タンカ持ってこい!」

 コーチ達が慌てふためいた。

「ズシシシ……。お前もっと肉を食えよ…。飛び出してきたお前が悪い」

 圧巻のパワープレイは「マウントフジ」の遺伝子を受け継ぐ者として噂された。子供のサッカーに大人が混じる。メジロンの存在は違和感すら覚えた。

「ズシシシ……」

 地の底から響く、うめき声のような笑い方に恐怖を感じる。対戦相手にとっては、最恐最悪のフォワードだ。


「弱っちいな……、ズシシシ」

 絶対な強さは時に人を退屈させる。



 実質のエース、成田を欠いたチームに第二の刺客が襲いかかった。メジロンとツートップを組む桜庭サクラバだ。スルーパスに対して流星のように走り込む。同じく走ることが得意の川上が追いかけた。


「俺に任せろ!」

 ライバル登場。川上の闘争心を焚きつけた。


「う、うう……、はえぇ……」

 桜庭はとにかく初速が速い。一歩を踏み出してから、瞬時にトップスピードにのる。持続力で伸びる川上とは、そもそもスピードの質が違う。


「ダメだ……、追いつけない」

 ジリジリと伸びる川上の脚に対して、桜庭の脚はカミソリのようにキレる。桜庭は快足を飛ばしてあっという間に、ボールに追いつきファーストタッチでシュートを決めた。


「イェーイ!」

 童顔で天真爛漫な性格。落ち込む川上など気にする素振りもなくダブルピースを披露した。

 ユニークスキル、神速を持つ男。スピード特化型のシーフ担当。そのスピードは「カミカゼ」の遺伝子を受け継ぐ者と囁かれた。


「くそ……」

 得意分野で負けた川上は苦渋の表情を浮かべる。


「イェーイ! イェーイ! イェーイ!!」

「やっぱ俺って天才! イェーイ!!」

 走ることに関しては絶対の自信を持つ。それもそのはずシーフは中学生50m走のタイトルホルダーでもあった。全国ナンバーワンのスピード。自惚うぬぼれではなく実績からの裏付けがあった。


「川上くーん! 相手が悪かったね! イェーイ! ダブルピース!!」

 子供が躊躇なく生き物を殺すように、幼稚さゆえの残虐性が垣間見える。負けん気の強い川上が容赦なく踏み潰された。



 防戦一方だった二組にチャンスが訪れる。

 待望のボールが僕へと送られた。落ち着いてトラップしゴール前に流した。

「どりゃあぁぁ」追いかけるのは真弥野だ。サッカー未経験も身体能力は高い。


「全員前!」

 迷いのない的確な指示が飛んだ。一組のディフェンダー陣が整然とラインを上げる。

 副審のフラッグが上がった。審判がホイッスルを鳴らして詰め寄る。オフサイド。

 指揮したのは新堀シンボリだった。意図的に仕掛けたオフサイドトラップだ。

 張りのある声に精悍せいかんな顔つき。ひたいには殊勲の証、三日月型の小さな傷がある。「ナイス! プレイ」仲間を拍手で褒め讃えた。統率するすべも熟知している。リーダーシップ溢れ、指揮する姿は王国騎士団の団長のようだ。信頼のもとに隊列を自由に操る。聡明でクレバーなプレイが新堀の持ち味だった。

 その存在感は「番長」の遺伝子か。オフェンスに絶対はないが、ディフェンスには絶対がある。


「オフサイド? このルールよく分からん……」

 真弥野が納得しない様子で首を傾げた。


「一点もやらん! 守備は任せておけ! 死守してみせる!」

 騎士団長がそう鼓舞すると、相手チームの士気が高まっていく。凛々しい眉と黒目勝ちな力強い眼差しは、自信に満ち溢れていた。そしてその自信がチームメイトに伝染していく。


「速攻!!」


「えっと……、ディフェンダーより前に出ちゃダメなんだっけ? なんで?」

 ど素人の真弥野が困惑している間に、騎士団長からのパスが三ヶ日へと渡る。


 一組のエースナンバー10を背負った三ヶ日は、華麗な足捌きでディフェンダーを交わすとシュート体制に入った。。僅か数秒の出来事だった。


「ちょ、ちょっと……」

 攻守の切り替えの速さにゴールキーパーの美輪がたじろぐ。


「とりあえず右!」

 勘だ。ヤマを張って右に飛んだ。三ヶ日は打ちかけたシュートを止め、美輪の動きを見てからゴール左隅にボールを押し込んだ。


「ったく……、今日はツイてないな……」

 美輪はこの日、5点目のゴールを献上していた。

 卓越した技術におごることなく、冷静に対処する姿はエルフでもハイエルフ。高貴な気品すら感じる。と、僕は肩を落とした。


「背番号10。同じじゅうでもサラブレッドとモルモットだな」ゴブリンが茶化した。


 ゴブリン、お前は味方チームメイトのはずだよな……。





♢♢♢



1組 監督 宝塚


FW11 目白メジロン 巨人族

FW9 桜庭  シーフ

MF10 三ヶ日 ハイエルフ

MF8 大和

MF7 毛利 

MF6 黒野

DF4 北斗 

DF5 新堀 騎士団長

DF3 万波 

DF2 稲荷 

GK1 羽阿津 

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