一章 とある春


「好きなものは?」と、聞かれて、

「旅行と映画かな?」と、答えた。


 正直、好きなものと言われてもすぐには出てこない。旅行だって一人で海外旅行に出掛けるほど好きではないし、映画だってちょっぴり早送りして観てしまう。

 それに比べて嫌いなものなら、自信を持って即答できる。


 サッカー。

 私はサッカーが嫌い。


 まず、なかなか点が入らないからイライラする。それと手を使ってはいけないというルールが納得できない。足だけしか使えない。て、理不尽じゃない?

 ラグビーみたいにボールを持って走るんじゃなくて、一瞬でいいの。例えばバレーボールのように叩き落とすとか。一秒だけなら手で触ってもいい。て、ルールなら点も入りやすいし、もっとスピーディーになると思うんだけどね。


 なんて、サッカーが嫌いな本当の理由は、ちゃんと別にある。


「じゃあ、ハルちゃんも一緒に旅行いこうよ」

 飲み会で好きなものを聞かれて「旅行」って、答えたものだから私も参加する羽目になっちゃった。

 まあ、嫌いじゃないからいいのだけれど。


「行き先は富士山なんてどう? 山頂から見える景色は最高だよ」


 ちょっと待って。

 それは「登山」であって「旅行」ではない。凄く大きな枠でいえば同じなのかもしれないけど、全然違う。同列に扱うことがおかしい。

 まずもって登山の良さが分からない。お金を払ってまで大変な思いをどうしてするのさ。

 たしかに山頂から見える景色は最高かもしれないけど。そのあと同じ労力と時間を使って降りるんでしょ。

 降りる時のモチベーションは?


「やっぱり家が一番!」

 旅行終わりで言いたいこの台詞の究極形? て、こと?


 料理作って、食べて、食器を洗う。下山げざんは食器洗いと同じ。できれば、食器なんか洗いたくない。

 これが本音でしょ? 下山げざんの良いとこ誰か説明してよ。


 自分の歩んできた道を振り返る。


 振り返る時間長くない?

 割合5対5だよ。9対1なら許せるけど。人生を4、50歳で振り返るのと同じ。死ぬ間際まぎわに振り返るべし。まだまだ前を向いて生きるべし。


 気持ちは分かるんだけど一旦ね。区切りの良いところで一旦、振り返ってみるのも良いよね。新しい発見もあるし。


 うるせーよ!

 そもそも旅行の行き先で登山を提案するな!


「それは旅行というより登山だからね」

 誰かが代弁してくれた。

 よかったー。

 理解者がいてくれて。

 だよね。だよね。

 この人とは上手くやれる。

 直感でピンときた。


 そして、その理解者のおかげで私は激流にのまれることになった。弾丸のような水玉に顔面を撃ち抜かれた。


「ぎゃああーー!!」


 四万十川をゴムボートでくだるラフティング。びしょ濡れになった身体をタオルで拭いていると、明日は競馬場に行くと幹事が教えてくれた。高知競馬、初体験づくし。

 ラフティングも思いのほか楽しかった。登山よりは全然マシ。これから好きなものは、自信を持って「旅行」でいいのかもね。


 読み方も分からない競馬新聞を見つめていると、隣りに座った理解者が「ハルちゃんこの馬どう?」と言ってきた。


「ハルウララ」


「私の名前、ウラノハル」

 思わず苗字を言ってしまい、口を手で覆った。


「まんまじゃん! じゃあ俺もこの馬を買おう」

 二人でハルウララの馬券を買った。

 理解者はユウ君といった。

「頑張れー!」と、応援したものの、大声を張ったのは最初だけ。全然ダメだった。見せ場なし。

 運命すら感じた馬の大敗に笑いが込み上げる。

 私とほぼ同じ名前の馬。

 神様からのおぼしめし。

 見つけた時は絶対に当たると思った。

 初めて購入した馬券。

 ビギナーズラックっていうし。

 人生そんなに簡単に上手くいかない。

 やっぱり、私らしい。


 そして、そのあと、ハルウララは連敗記録更新中の不名誉なアイドルホースになった。


 

 ──運命の馬。

 幸運は違う角度からやってきた。


「ユウ君、今日ハルウララが走るよ」

「今日こそ勝てるといいな」


 ユウ君と私はハルウララを応援した。二人をくっつけた恋のキューピットでもあるし、G1馬を父に持ち、一勝もできないのに懸命に走る姿が、自分に重なったから。


 私の父は浦乃和良ウラノカズヨシ

 有名なサッカー選手。

 世間では「キング」なんて呼ばれている。

 だから私は、サッカーが嫌い。




♢♢♢


 ハルウララ

 生涯成績113戦0勝。1勝も挙げずに負け続けたことで逆に人気を呼び、ブームを巻き起こした。経営不振の高知競馬を救ったアイドルホース。

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