一章 とある冬

 新山ゴブリンの自白を尾栗たちから聞いて、自分が特別な人間なんだと知った。


 ちょっと待ってくれ!

 そんなはずないだろ!!

 平凡な親から生まれて、

 なんの取り柄もない人間で

 それなりにサッカーを頑張って

 それなりに頑張ったけど……。

 ──それじゃダメなのかよ。


 今さら特別な人間だなんて言われてどうしたらいい? それならそれで、特別な能力も一緒に授けてくれないと辻褄が合わないだろ!


 それこそ、選ばれた勇者にしか扱うことができない聖剣エクスカリバーだとか、ギルドでの魔法力鑑定、測定不能だとか、稀少価値の高いレアスキルなんかでもいい。特別な人間は、全員そうだろ!


 それともなにか? 生まれた時は凡人でも、これから特別な出会いがあって突如として覚醒する? 神竜ゴッドドラゴンが現れて、その力を授けてくれる? バカ言え! 現実はアニメと違う。手っ取り早く人生が激変するのは宝くじに当選するくらいしかねーだろうが!


 競馬のことを必死で調べた。

 賞金の配分は馬主が80%

 残りの20%が騎手と厩舎。


 プロで活躍するような選手になれば、人主が80%で残り20%をみんなで分けるのか?


 母は?

 人主から僕を預かったのか?

 それとも産んだのか?

 すべては金儲けのために?


 ゴッドの遺伝子を受胎させます。

 無事に男の子が産まれました。


 落札額は3000万円から!

 5000万!

 7000万!

 9000万

 1億!

 他にはいませんか?

 ハイ、1億で落札。

 人主はパチンコ業界を牛耳る、パチ・スロ男さんに決まりました!


「それでは、この子を立派なサッカー選手に育てて下さい!」


 これじゃあ、まるで人身売買じゃねーか!!


 そう考えたら、涙がどんどんと溢れ出してきて止まらなくなった。必死に堪えてもむせ返る。握り潰されそうで苦しい。タオルで顔を覆いながら何度も嗚咽した。


 そうこうしているうちに、駅に着く。

 正月休み。トイレで顔を洗ってから改札を出た。


「おかえり」

 母を前にして、また涙が出た。


 ──しっかりと稼げる選手に育って下さいね。


 

 内ちんの家に居た。トカゲ顔のリザードマンみたいな奴も一緒だった。僕の前に突如として現れたのは、竜族の中で最も下等な種族だった。


 夏の風物詩が甲子園ならば、冬の風物詩は国立競技場。三人で全国高校サッカー選手権を観ていた。


「深井君はサッカーの学校に行ってるんだって? 将来はJリーガーか? サイン貰っとこうかな?」

 リザードマンの発言に少し苛立った。

 そんなに甘い世界じゃない。軽々しく言うな。


「俺もさ、将来は芸人になりたくてさ、卒業したら養成所に行きたいんだよね。でも親に反対されててさ……」

 悪いことは言わない。真っ当な職業についた方が良い。芸人もサッカー選手と同じで、気安く志すものじゃない。お笑いのコンテストでいい大人が涙を流す。その涙の裏にどんな苦労があるのか、お前分かってんのか?


「スポーツはいいよな。反対されなくて。芸人でもスポーツ選手でも、それで食っていけるのは一握りじゃん? なのに何でスポーツだけ特別扱いされるのかな? 深井君もみんなから応援されているんだろ?」

 応援されている? 心がざわつく。

 テレビには声援を飛ばす家族や生徒達が映し出された。応援されるから頑張るのか? 逆だろ! 頑張るから応援されるんだろうが!


「スポーツも娯楽産業でエンタメじゃん。なのに学校教育でも部活動とかに力を入れちゃってさ。俺から言わせるとお笑いもスポーツも同じなんだけどな」

 得点が入ると会場が歓喜の渦に包まれた。

 躍動するチアガールに叩かれるメガホン。ゴールを決めた選手の両親がインタビューに応えていた。


「こんなにはしゃいでさ。この中でサッカー選手として食っていける奴なんているのかよ! スポーツなんて所詮遊び。美化されすぎなんだよな」

 リザードマンが面白くなさそうに口を尖らせた。


「お前、なめんなよ」

 咄嗟に出てしまった。

「は? 何だよ、その態度」

「まあまあ、落ち着けって!」

 内ちんが仲裁に入る。

「スポーツとか芸人とかの前に、お前の人間性じゃね?」

 止まらなかった。

「こっちが気を使って話しかけてやってんのに、そんな言い方ないだろ!」

「なんだよ! やるのかよ!」

「おい! 二人ともいい加減にしろ!」

 内ちんの声で我に返る。


「ごめん。今日は帰るわ」

 流れ出した高校サッカーのテーマソングが心臓を撃ちつらぬいた。



 行く宛もなく公園のベンチに腰掛けていた。

 ザコキャラのリザードマンにも階級がある。

 集落には色違いのおさがいる。

 それと同じように選ばれた人間にも階級がある。


 色違い同士のおさ会議では、

 眉毛がやたら長くて垂れ下がっている奴がおさおさおさおさおさは大体アルビノ。

 さらにその上は双頭。

 同じ竜人種の上級種にドラゴンニュートが存在する。


 上にはうえがいて、どこまで行ってもうえがいる。

 嫌な思いをして這いあがっても、

 また嫌な思いをしてキリがない。

 偉そうにしているヤツも、

 どこかでは頭を下げなきゃいけない。

 世界の頂点に立つ、たった一人のヤツでさえ、親や神には頭を下げる。

 みんな苦労してるんだよ。

 簡単に言うなよ、雑魚リザードマンが。

 少なくとも、今、頑張っている人間を批判するな。


 寒さに耐えきれずホットドリンクを買った。自動販売機に硬貨を入れると、認識されずに返却口に戻ってくる。何度やっても同じだった。仕方なく違う硬貨で購入した。認識されない硬貨が自分のようで悲しくなった。色違いは不便だ。


 降り始めた雪がダウンジャケットの袖で、溶けて消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る