一章 噂

「せーの」


 僕達は掛け声と同時に指をさした。誰かの卒業アルバム。どの女の子がタイプか? 青春の一ページを下品極まりない遊びに使用していた。


「さっきからお前だけ、ちょっとズレてない?」


「な、なんだよ。別にいいだろ!」

 尾栗は川上に指摘されると顔を赤らめて狼狽した。この遊びは大盛況でクラスの隔てなく、人だかりができていた。


「噂で聞いたんだけど、Gアカデミーはサラブレッド育成機関らしいよ」


 群れの中で唐突に、脈絡のない話題が放り込まれた。


「サラブレッド?」

 一斉に顔を見合わせた。


 ※サラブレッド

 人為的に管理された血統を意味する。競馬はブラッドスポーツと呼ばれている。サラブレッドは競走馬として作り出されたもので、「純血」という意味があり、「完全に育てあげられた」ということを表わす。


「サラブレッドって競走馬の?」

 川上が食いついた。

「そう。それの人間バージョン」

 SF映画のようなスケールがでかい話題は、場の空気を一変させた。尾栗の女性の好みなど知ったこっちゃない。


「ちょっと待ってよ。俺たちがサラブレッドってなに?」


「プロサッカー選手の遺伝子を受け継いでいる……、はず……」


「どういうこと? うちの親父、寿司職人なんだけど?」

 尾栗が釈然としない様子で首を傾げた。


「それは育ての親で、産みの親は別にいる。て、話じゃないかな?」


 尾栗の父親をよく知っている。地元では有名なお寿司屋さんだ。そして何よりも顔が尾栗にそっくりだ。産みの親が別にいるはずがない。


「てか、その前にどこ情報?」


「詳しくは口止めされているから言えないけど、信憑性のある出どころなのはたしか」


「JFAアカデミーがあるのにわざわざGアカデミーがあるって、そもそもおかしいと思わない?」


「だよな、だよな。俺もそれずっと思ってた!」

「サッカー学校といえば、普通JFAアカデミーだもんな!」尾栗が前のめりになって、極太の血管を浮き立たせる。


「Gアカデミーで検索してもなんも出てこないからね。この学校は何かを隠しているよ!」


「たしかに教育機関としては不自然だな……。すべての大会にも参加できないし……」


 僕がずっと前から抱いていた違和感を各々おのおのが口にし出した。


「うわー。説得力あるわー。納得するわ! 絶対にそうだわ!!」

 不安が渦巻くなか、尾栗は動揺をおくびにも見せず恍惚とした表情をみせた。



 ・ゴッド

 日本サッカー界の立役者。アジアカップで魅せた「七人抜き」はサッカー史上初めての偉業で世界でも伝説になっている。その存在は神とまで崇め奉られている。



 ・キング

 中学校を卒業すると単身でサッカー王国ブラジルに乗り込んだ。南米仕込みの卓越した個人技が持ち味。プロサッカーリーグの一時代を築き上げたいわずと知れたスーパースター。



 ・カミカゼ

 快足を武器にヨーロッパで活躍。海外では真珠湾攻撃の事件から自爆テロのことをカミカゼと呼ぶ。日本出身の攻撃力あるフォワードを賞賛して名付けられたのが由来。



 ・マウントフジ

 日本を代表する大型フォワード。ポストプレーヤーとして海外で活躍。恵まれた体格から繰り出されるプレーは海外選手を相手にしても当たり負けない。聳え立つ勇士はまさに富士山。



 ・番長

 日本を代表するセンターバック。ディフェンダーでありながら、強靭な肉体から放つロングシュートで世界を脅かした。日本人離れしたフィジカルと威圧感ある存在は泣く子も黙ると恐れられる。



 ・イナズマ

 高速ドリブラー。日本の切り込み隊長として名を馳せる。電光石火のドリブルは無類の速さを魅せる。瞬時に抜き去るスピードは稲光りの如し。



 ・超人

 桁はずれの身体能力で世界を震撼させた。誰よりも強く、速く、高い。三拍子揃ったプレイはサッカー界だけでなく引退後には様々なスポーツに挑戦し世間を驚かせた。



 ・プリンス

 日本で初めてファンタジスタと呼ばれる。芸術的かつ独創性あるプレーは海外リーグでの賞を総ナメ。トップクラスのビジュアルから日本だけではなく、海外の女性ファンも多い。



「つまり、俺達は一流サッカー選手達の子供。て、ことだろ! 夢あるわ! 俺、プリンスの遺伝子がいいわー!」尾栗の興奮が最高潮に達した。


 百歩譲ってサラブレッドだとして、尾栗が「プリンス」の遺伝子を受け継いでいるはずがない。



「でも、一体なんのために?」

「……それは金儲けだろうな」


「競馬でいうとな……」

 饒舌に仕切り始めたのは美輪ビワだった。色白で華奢。今にも寝てしまいそうなトロンとした目。醸し出される倦怠けんたい感はスポーツマンタイプではなく、夜の商売が天職といったところ。


「まず牧場がサラブレッドを生産する。それを馬主うまぬしが購入する。馬主は厩舎きゅうしゃにあずける。競走馬がレースで活躍すれば馬主が儲かる。その流れでいくと厩舎が家族で、さしずめGアカデミーは外厩がいきゅうのトレセンか…」


「トレセン?」

「トレーニングセンターの略。サッカーでもあるけど競馬にもあるからね」

 美輪はこの歳にして競馬の知識に長けていた。


「お前詳しいな」

「まぁ、競馬だけじゃなくてギャンブル全般聞いてくれ!」


「今の話から推測すると馬主うまぬし、いや人主ひとぬし? が、存在するのかな?」


「人主か? その可能性もあるな……」

「つまり俺達の活躍によって人主が儲かると……」



 俺達が産まれる。

 セリによって人主が購入。

 人主が両親に預ける。

 両親がGアカデミーに預ける。

 今ね。


 ちょっと待て!!

 それは、ほぼ人身売買と同じ構図じゃないか!!

 僕の背筋にゾクリとした悪寒が走った。


「質問なんだけど、サラブレッドだったとしても全員が活躍できるわけではないよね? 進級テストで落ちる奴もいるわけだし……。競馬でもそうだよね? そういう馬はどうなっちゃうのかな?」


 ──競馬の場合は、屠殺とさつされる。


「……さあな」

 美輪はすべてを話さず、言葉を切った。


「アホくさっ!!」

 川上がゴロンと大の字になって寝転び、天井を見上げていた。

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